第21話「だから酒を飲む人は絶えない」

「ばーんっ!」という黄色い音がしたので僕は死んだと直感し、せめて死ぬ時は綺麗に死にたいという美学を実行できたら地獄へ行っても辛い時にソレを思い出して、最期の誇りを思い出せられたら何とか頑張れると女々しくとも瞼を閉じて僕は死んだ。全身が脱力して背の高い椅子を倒しながら、その痛みを堪えながら言葉なく死んだのだった。



 やっぱり死後の世界は真っ暗で何も無い闇の中なんだ。と安堵して伸びをすると……

確かにさっき倒した椅子の足の形状を感触した。僕は息を吸っている、死んだのだから生命活動の必要は無いだろうと息を止めると、苦しい。死後の世界に不服を感じるが、最大の不服はこの触り憶えの有る椅子の感触……僕はこの永遠の闇の中でずっと最期を思い出しながらこの地獄の中を生きねば、存在し続け苦しまなければ……あの恐ろしいアヌという僕を救った少女が僕を殺す皮肉な死を以って恨み辛み悲しみで呪ってやる。



「おい」

「ひっ! ごめんなさいで済みません、申し訳ございません!」


 僕は蹴られて、死んでも詫び続けるのかと落胆し、せめて少しでも楽になろうと眠るように床に沈むと瞼に力が異常に入り続けていたことに違和を感じ恐る恐る力を抜く。


「うわあっ! ごめんなさいっ! すいませんっ! 申し訳ありませんっ!」


 生きていても、死んでも、僕は何も変わらないのだった。ずっと何かに恐れて罪悪を感じながら僕は存在するのだ。だってそんな眉間に皺寄せ怒った表情で見下ろされたらそれを沈静させるために僕は謝るしか知らない。そこから笑顔に通ずる事が無い事は重々承知している……でも、少しでもその顔の強張りをほぐそうと、僕は機械的に謝り続ける。それしか知らないので謝り続ける。ズルイのは解っていても……謝り続ける。


「うるさいね! 謝ったって何も解決しないんだよ、そんな幼稚な考えは捨てろ!」

「じゃあ僕はどうすれば……え、えと……」

「まずね……ああ、コレは仕舞うから! まずな、アンタはアタシが何に怒っているか判ってないで謝っているだろう! その姿勢が余計に腹立つんだよ!」

「あ……すみま……えと……えと……」

「口より先に行動だ! 椅子を戻してちゃんと座れ!」


 激昂している……。僕はあまり音を立てないように慎重に身体を起こし椅子を戻す、アヌの「怒っている事」を考えながら。話をちゃんと聞いていなかったから? 違う、僕が親に対して怒ったから、アヌも怒った。納得はいかないが解決して椅子に座った。


「……アンタ、アタシの怒っている事が『そんな事か』と思っただろう。心底キライだアンタのその甘ったれた考え方! 『アンタのお仲間』の方がよっぽど良いヤツだよ」

「じゃあ帰りますよ。嫌いなんでしょ、僕の事。嫌い同士いてもヤになるだ……」

 コイツの考え方の方が嫌いだ。また銃を見せ、僕を脅して黙らせるのだ。僕が喋れば何かと癪に障るようなので、しかも帰ることも出来ないので下を向いて黙るしかない。


「…………」

「やっと立場が理解できた様だな。ここはバー、アンタは利口で上品で面白いヤツか?違うだろう、アタシも同じだ。ここはな……馬鹿で下品でくだらないヤツが来る所で、しかもそんなヤツらが許される場所だ、だからアンタもアタシも許さているんだ……。アタシらはそういうもんだろう?……さっきの死んだフリ、最っ高に馬鹿だったよ!」

「…………?」

 どういうことだ?……どう捉えれば良い?……着いていけない、けれど、その正直な汚い言葉を笑いながら、顔を上目でチラリと見ると腹を抱えて本当に笑っていう様は、最高に馬鹿で、僕も笑いを隠し切れなかった。この人は、アヌは善い人だと直感した。



「銃を出して悪かった、アタシにはアンタほど力が無いから武器を使ってしまった事を謝るよ。でもソレにはちゃんと理由があるんだ、さっき領収書を見せたのにもちゃんと理由がある。……アンタもヘルと同じで、この領収書の青ざめる程の甚大な金額すらも読めない。つまりアンタはこのバーにアタシの気が済むまで拘束されなければ成らないという事だ。解ったかい?……大丈夫、絶対に楽にするからさ」


 アヌは尚も笑顔で、三次元化しようとしていた僕を宥めるように出来るだけ優しく、ゆっくりはっきり言い聞かせる。楽にするというのは拘束という言葉から殺されるのかとも読み取れるが、その母性を声に表した様にいわれると……どうやら本当に僕を楽にしてくれるみたいだった。僕をーーーで無いという断言もしているが、果たして……?


「あの……『ヘル』とは……」

 僕はどうしてもその単語を地獄と捉えてしまい、アヌに殺意が有るのなら態度も何も変わってくるので其の有無をまずハッキリさせておきたいのだ。死んで楽になれという意味であれば自ら僕より力が無いというのだから、見た目も当たり前に華奢な少女だ、銃を仕舞っている場所は把握したので強姦してから……等という考えを捨てたいのだ。


「アンタの仲間だよ、『ヘル』というのは元々の、いわゆる『器』の名前さ」

「……それって……」

「心当たりがあるだろうねえ。自分がーーーだという事を未だ疑問に思っているけれどみんな自分をーーーと呼ぶから自分はーーーなんだと思い込んでいる……違うかい?」

「で、でも……僕はーーーという名前でしか呼ばれないですし――」

「そのーーーという異名を他に聞いたことが有るのかい?」


「……無いです……こんな信号で出来た名前……」

「……よりによってそんな珍しい名前だからヤヤコシイんだよねえ。でもね、アタシはアンタがーーーでは無いと断言できる。育て親であるからともいえるが、もっと確かな

……まあ、論より証拠だ。アイツ、そろそろ来る筈なんだけど……」


 するとまた不自然に丁度良くアヌの後ろからあの鈴の音。現れたのは少女ではなく、つなぎを着た大男であった。身長も力も絶対に僕より勝った身体の男、先刻のヘル……

地獄という名前が出てきたのも相まって処刑人と直感した僕はアヌの銃を奪ってアヌがしたみたいに力で勝てないなら武器を!……とアヌの隣にある棚まで自分でも驚く位に素早く身体が動いてくれて行こうとアヌを吹っ飛ばせば既にアヌが携帯していた……!


「や、やや……やっぱりお前らは、僕を殺す気なんだな! もう死んだ方が楽だ!」

「簡潔な自己紹介ありがとうーーー。ずっとドアのそばで盗み聞きしていたんだろ?

アンタがこんな巧い演出できるワケないし、お陰さんで服が酒臭くなった」

「バレたか! まあ、大体の話は解った。ーーー、俺がヘルだ。お前の心強い仲間!

アヌ、とりあえずウイスキーだ。ずっと我慢してたんだぞーっ?」


 ヘル、地獄……ガタイからは想像もつかない陽気さに、仲間だと信じて良いか迷う。僕が吹っ飛ばしたアヌは怒らず、ただ頭を掻いて服に染みたワインを払い立ち上がってグラスに琥珀色のお酒を――既視感――半分だけ入れ、蛇口から水道水を入れる……。



「ーーー、アンタ猫みたいだねえ、アタシと喋っていた時も感じていたけれど、ずっと臨戦態勢というか……。懐くまで時間が掛かりそうだが、可能性は有るのかもねえ」

「ネコが人間になるってすげえな、俺とノゾミのどっちが早くお友達になれそうだ」

「そりゃ手前だ、手が掛かるがな。まあーーーも座って、ワインはまだ有るからさ……飲んで落ち着きな。ここはそういう場だよ。タバコも遠慮なく吸っても良いんだよ」


 本当は水を飲みたい……といおうとするも、アヌが乾いたグラスにワインを注ぐ方が速かった。それとほぼ同時に、ヘルはウイスキーとやらを一気に飲み干したので、僕も負けじとワインを飲み干すと、喉がイガイガしてもっと水を欲してくる。でも、思考がなんだか……形容し難いが良い塩梅に巧く機能しなくなり、何だかバカみたいになって少し怖い。タバコに火を点け吸うと、タバコの煙が清涼剤のように喉を潤してくれた。



 そんな葛藤をしている中、二人はタチとかネコとか言って笑い合っているが……僕がネコ?……ネコが人間になるってすごい?……思考力が鈍っているからか意味もワケも分からない。思考力が僕の唯一の武器だといっても過言では無いのに……僕の頬は意に反し緩んでいる……。僕は拘束されていて、アヌの手の上で弄ばれているというのに、僕が笑っている……。もう何が嘘か本当かどうでも良くなりワインをラッパ飲みする。


 頭が悪い状態を良しとするこの異常な場で二人の拍手の中でワイン瓶を半分空けても吐き気は無くただただ気持ち良くなって照れ笑いを浮かべながらタバコを吸っていた。

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