僕 / Α 第二章 存在主張

第20話「表面だけを信じ眠った町」

実験とは、成功して成果を得る行為

実験での失敗は成功である

こうすることがダメだったという事実が実験の極み

実験は成功なり

成功は成長なり

成長は意味あり

実験をしなければ成長はせず、疑わしきは罰せず

失敗は失敗の素で、成功は成功の素である

意味が無いモノは意味が無く、意味の有るモノに意味が有る

しかし意味が無いモノのなど無い

疑えるモノは疑え

疑えないモノは疑うな

そうやって人間は出来たのだ

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 僕もお酒を飲めるようになった様で赤ワインの味を嗜みながら今日を振り返る……。


 男の強い寝汗の臭いで眼が覚めたのが今日の始まり……二人はとっくに起きていて、居間でタバコを吸っていたゲインは「妄想代理をした」といわれたが心当たりは無く、妄想代理という仕事が在るとは聞いたが、どういうものか判らなく、悪夢を見たのかもしれないと眠り眼でいうと何故か安堵したような表情を浮かべていた。チキがソファに寝そべりながら「アヌさんの所へ行こう」というので、僕の脳髄容量は三人が限度なのかもしれないという不安があって、一人で親元に行きたいと踏み込んだ提案をすると、チキも安堵の表情でアヌのバーまでの地図を簡単に描いてくれた。チキが描いた簡単な地図は本当に簡単で、距離も方向も解らなかったが、文字を忘れた僕にとっては有難い地図であった。昨日、外に出て不安定だったからか下ばかり向いて歩いていたらしく、お洒落な色の家や店を全然みていなかった様で地図に有る目安の屋根の色でどこで道を曲がれば良いか気楽に判断できた。その里親さんに怒られた記憶が在るので不安になりながらも初めて一人で外を出れば、やけに話し声も生活音も無く、起きたばかりなのに外は昨日と同じくらい真っ暗で一日中ねていたのかと思うとどうやら違うようで太陽が昇らない事に、月がずっと同じ位置に在る事で、空は月の輝き雲の動きだけと気付く。 


 僕はその所為で更に不安になってしまうが夜目は人並みに効いてきた様で屋根の色をちゃんと判別が出来た。バーに行った記憶が「そういえば」……と外が静か過ぎるので無意識に到着点を思い出してホッとした……バーはアソコしか知らない、シャッターの降りたあのバー……裏口が入口というのも思い出し、鈴の音と共に到着するとお洒落なロウソクが壁一面に置かれた明るい場所でおぼろげな記憶と一致し涙が溢れ出した……

子供が初めてお使いをし終えた気分を味わうと二階からリンゴの様に赤い髪の印象的なウエイトレス少女が笑顔で降りてきて、名前を呼ばれると緊張の糸が全部きれて、親のアヌの薄い胸に顔をぐしゃぐしゃに押し付けて泣き喚いた。頭を撫でられ泣き終えると自分の汗臭さに気付いて風呂を借り、ぬくいシャワーを浴び、着替えが無かったので僕の子供時代に買ってやったのに大きくて着られなく取っておいたという衣服を拝借した。女っぽい柄で気恥ずかしいが何故かサイズがピッタリでほんの少し不自然さを感じた。


 僕の着ていた衣服を洗濯してくれる其の華奢な背中を見て親心を感じるそんなアヌを母さん等と呼ぶと、何だかヤな衝動に駆られるので二人が慕って呼ぶアヌさんと敬称を付けて呼べばアヌも気分そこねず、コッチもヤな衝動に駆られないのでウィンウィンと成り、ふうっと椅子に腰を下ろせば「なに飲む?」とアヌはいきなり酒を勧めるので、その上「チャームはいま無いけれどねえ」と笑っていうので、お酒を全く知らない僕は


「おすすめを」というと嬉々として少し古い赤ワインがグラスに注がれ今に至る……。


「どうだい? ワインならブランデーより飲みやすいだろ、あん時は酷かったよ」

「そうですね、ぶどうジュースを飲んでいるみたいですが、良い気分になれます」

「でさ、その敬語やめてくんないかねえ……そんな他人行儀なのは好かん」

「あ、忘れてまし、忘れていた。僕はどうやら記憶を失ったみたいで……」

「やっぱりか……ソレ、ぶどうジュースみたい、じゃなくてぶどうジュースだよ」


「え、ええっ!」

 早々に見透かされていた……が……アヌの言い方は、このぶどうジュースをグラスに注いで、僕が判らず飲んで酔うということでその仮説を証明したような言い方であってチキやゲインが、僕が寝ている間にいう筈は無い。前々から知っていた様にいうのだ。


「……どうして、僕が記憶喪失だと知っていたんですか」

「これはアタシの失敗、大失敗なのさ……アンタらは新聞とってないからねえ……まあ新聞とるくらいならソノ金をアタシの所へ返せって話になるけれど、まあ話は長くなりそうだ。これが本物のワインだよ。コレはアンタが好きだった銘柄だ」


 味が移るからなのか、飲みきったぶどうジュースが入っていたグラスではなく新しいグラスにそのワインを注ぐ。血のようなワインで温度も人肌なので少しビックリしたがアヌは片手間の様にそれを僕の前に置くので、これがホンモノということなのだろう。 



 僕の好きだった銘柄……タバコの銘柄とは違い、僕の脳髄の深くに在る海馬に染みているはず、飲めば記憶がたちまち復活する……という期待をしたが直ぐに裏切られる。一口のむだけで口内に土の味が広がり出して台無しだ、こんなのを旨いと思える人間が理解できないと思う位の酷さだ。これでは記憶復活の見込みなんて気配すらもう……。



「これはメディアをとれない、或いはとりたくない貧困層や若者も同じメに遭っているであろう『妄想代理の弊害』なんだとアタシは新聞で知ったんだ。アタシが妄想代理という仕事をアンタに勧めた……ということを前提に聴いて欲しい……。妄想代理はこのアシンメイクで、今思うと不自然に、爆発的な広まり方をした。アタシの人生の中でも他に類を見ないおかしな仕事だ。まず妄想代理は仕事に就いて初めて仕事内容を知る。最初は新聞に『寝るだけ!仕事経験が無くても出来る画期的な仕事!』という見出しで無職や親不孝者とかに友人や親が勧めやすい仕事として胡散臭く巧い宣伝をしていた。


 その頃はアンタらがまだ、ざっと五十年前位だったからアタシは『こんなの富裕層のする小遣い稼ぎだ』と思って、鼻で笑って読み飛ばしていたが次第に、周りが『報酬が結構ある』だとか『寝るだけで仕事に成るんだったらそれ以上のモノは無い』だとか、アタシはその頃まだコノ店がそれなりに繁盛していたから『あの子らの将来の保険』と位に考えていた。免許も資格も要らないから骨のある仕事で男を見せて貰いたかった。


 するとどうだい、アシンメイクは名前の通り画期的な町になってしまった。人間ってホントにバカだなと感じたよ、いつの間にか『画期的』という言葉の所為か国民性か、妄想代理という流行の波に呑まれていったんだ。それだけならまだ良い、ソレにおまけが有って『妄想代理は極度の依存性が有る』と……その胡散臭い宣伝をして流行らせた新聞が手の平を返したんだよ。周りはそれを知らず、こんな楽な仕事は無いと思ってか次々と転職して行ったさ。……もう解っただろう? 若者の働き先が妄想代理しか無くなってしまったというワケだ。妄想代理は寝るだけの仕事、だからアシンメイク全体が妄想代理を誰かに勧めながら眠っていった。裏を返せば寝る事に依存して布団なしでは生きていけないってワケ。ウチに飲みに来る常連もみーんな温い布団の中さ、そりゃあシャッターも降りるワケだよねえ……まあタダより高いモンは無いって事さ。誰も解んなかったのさ、異常な文明進化、裏と表……カネの事しか考えてないからだよ」



 やはりここはバーであるから、アヌは職業病なのか饒舌に不満を滴らすが歳なのか?

僕のグラスの中のワインが空くとすかさず丁寧に注ぐがその小さな唇は止まらないし、段々と脱線して愚痴染みてきた……。ワインの味に慣れてきて、僕も酔いを感じてきたから同情は心の中で出来るけれど言葉を挟む隙がなくて落ち着けなく動揺してしまう。


 矢継ぎ早にそんな事いわれても僕は仮にも客であり、いくら少女が可愛らしい格好をしていても、その黄色い声でペラペラ喋られると僕が何かしたのかと思い、いや実際、僕が何かしたからこうなっているので、こんなにいわれるのは僕の所為で当然なのだ。


「ごめんなさい……すみません……申し訳ありません……それでは――」

「……やっと本性を現せたようだねえ」

「え、えと……申し訳ありません……」

「謝らなくて良いよ、アンタの悲しみは何となくだが……分かる。辛いだろうねえ」

「はい……辛いんです……本当に……」

「ウン……。でもーーーもーーーだな、あの二人を置いて行くなんて思わなかった」


 ん?……会話にズレが生じている事は僕の名前の信号をアヌの口から発せられたから気付けた。まるで、それこそ他人行儀な名前の使い方であった。僕は先刻の矢継ぎ早な一人喋りから耳を背けざるを得なくて、結論はまだまだ先だろうと踏んでいたのだが、既にそこまで至っていたようだ。謝ればその毒を吐く口を抑えられると思い条件反射で謝罪を繰り返して、気が済んだなら帰りますと言葉を被せられた時アヌは何といった?



「あ、あの!……酔っ払ってしまったのか、意識が遠退いており、あ、あの……」

「良いんだ良いんだ、落ち着いたみたいじゃないか。酒ってのはそういうもんだ」


 アヌはいいながらに一息ついたようでタバコに火を点け旨そうに煙を吸って、吐く。大人って汚い。みんなそうだ、自分の仕事にしか眼中に無くて自分が解決すればソレで終わりと格好付ける……自らの手を汚したくない、世間体だけ良ければソレで良いと。



「ああ、もう良い。帰る。こんな僕かもしれないけど、帰る場所はちゃんと在るんだ。酒なんてのはな、馬鹿で下品でくだらないなヤツが、それを隠す為に飲むものだ」

「…………。はい、領収書」

「解っているだろう、文字は読めない! こんなもん! どけ! ……えっ……」


 拳銃を持っていやがったコイツは、捨て子であった僕を拾って育てた身であるのに、冷酷な眼で……僕を殺そうとしている……手を上げろともいわずに……面倒くさそうな表情はもう既に何人も撃った経験がある様で、ふうっと息を吐き左耳を掻きながら……

領収書の意味は? と僕に問いかけながら近づいてくる……鈍色の銃を片手いっぱいに持っているアヌは引き金を耳垢のついた手に持ち替えて、僕の心の臓に当て、引いた。

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