第16話「異世界へ来たなら染まらねば成らぬ」
「まあ……じゃあ……ゲイン、少しおいとまするよ」
「ええ……お互い、落ち着いたほうが良いわね……」
僕の立場はコンニャクではなく、とりもちで出来ているのかもしれない、くっ付いていないと自分を見出せない。チキは華奢な手で強引に僕の腕を引っ張り、外に出るのを急かす。手を繋ぎながら外に出ると、さっきは無かった肌寒さを感じた。そういえば、僕は何を着ている/履いている? 歩いている足元に視線を泳がすと、白いサンダルと黒いズボンの裾が見えて僕の存在の不確かさを表しているようだった。繋いでいる腕を被っているのは黒い袖で、黒が勝っている。腕や足を見る限り中肉中背ではあるが……
顔は……?……気になる所だ、でも、彼女を二人も従えているのだからきっと格好良い顔だろう……断定ではあるが、そう思えば気持ちが楽になった。何故ならばこの世界に鏡が存在しないからだ。鏡が映し出す姿は虚像であるとしても確認して安心したい所。もしや頭髪は!……と一瞬不安になったが、太い髪の毛を触って更に気持ち良くなる。
「もーねー。ゲインの石頭には困っちゃうよねーっ」
「あっ……ああ、そうだな……いや……どうだろう」
そうだった、少女の冷たい手の感触が二度目だからか当たり前に受け入れていた……
僕は今回チキと外出しているのだ。ゲインは石頭の少女なのだろうとは言い切れない。あんなに少ないアリバイから決定的な名推理をするのだから可なり頭は良いのだろう。
「ゲインはあんなこといってたけど、私が保証するよ、ーーーは狂人でもないし女でもないよ。ちゃんと立派なのもついてるし、ゲインと言い合いできる頭もあるんだから」
何かの合図みたいに、チキもゲインと同じ様にタバコを吸いながらそう僕を勇める。二対一の同調圧力を感じ僕もタバコに火を点けて煙を肺にスウっと入れフウっと出す。
チキは僕の事……いやまず『僕』とは何だ?……ゲインの推理は正しいとは思うが、なぜ正しいと思うのかも解らない。チキの言う通り僕は立派なナリをして産まれたての赤子に知性は「こんなには」無いだろう……自分に対しての蓋然性が乏し過ぎるのだ。
「チキ、僕は本当に『ーーー』という名前なのか?」
「ーーーはーーー以外に居ないよ?」
「いや、その前に僕は何故、チキやゲインの名前を知っている……?」
「そりゃあ憶えててくれないとねー」
「チキとゲインは……申し訳ないが余り似ていないけれど……姉妹なのか……?」
恐る恐る訊き出す……なぜなら自分について確かな事などひとつも無いからだ……。
「記憶を失ったのは本当なのかなー? ゲインと姉妹なワケないじゃん」
「ないじゃん。といわれても解らないんだ……記憶を失ったのかさえも……解らない」
「……分かった! じゃあ記憶を取り戻そう!」
「……どうやって……」
「私がこの町を案内するの! そうしたら記憶が戻ると思わない?」
……盲点だった、その通り記憶が無いなら回復を試みれば良い。絶望の縁に立って、ボンヤリ下を覗き込んでいた僕はチキの華奢な腕で抱き付かれながら落ちてゆく様だ。
「まず今あるいてるココら辺は住宅地だよーっ。こんな所に思い入れなんて無いと思うからウチまで戻ろっか!」
「え、もう帰るの……?」
「違うよ、ウチの前から案内したほうが効率的じゃん!」
「あ……そうだね、そうだね!」
ちょっとワクワクしている自分が居る、そりゃそうだ、記憶を失くした僕にとっては何もかもが新鮮で、少しでも把握して落ち着きたい。思い出深い所を見れば記憶なんてたちまち復活するかもしれないのだ。それにしても暗さは前外出時と同じだ……こんな深夜に御足労ねがうよりも、視覚的にも朝に出なおした方が効率が良いのではないか?
「ねえ、案内して貰おうとしている所わるいけれど、家に帰って寝た方が良いんじゃ」
「眠いの?」
「いや、眠くは無いけれど……チキは……?」
「さっき寝たから全然だけどー、やめとく?」
「いやそういうことでは……ホラ、暗いと危ないでしょ?」
「ちょっと暗くなってきたかもねー、もうそういう季節かー。あ、暗くなってきたってことは雪が降る日も近いってことだよ」
「いやー……暗さは変わって無い……」
「えーそっからーっ? 骨が折れるよーーー、細かい所は省略する形でお願いーっ!」
暗い事は大前提なのだろうか……チキの口振りからは、明るくなる事は無い、だからみんな夜目が利いて、雪が降る時はもっと暗さが深まる……と解釈できる。だけど僕は眩しい真っ白を知っている……矛盾している。この事から矢張り僕は悲しいかなチキに自分をツイさっき認められたというのにゲインの推理が濃厚と成ってしまうのだ……。
「チキ、僕を案内してもムダみたいだ……。今さっきのチキとの会話で、自分で自分を『自分じゃない』といえてしまう。何を見たって……記憶は復活しないと思う……」
「ーーー、答えを出すのが早過ぎると思うよ? じゃあ外堀から埋めていこうっ!」
「……どういうこと?」
「この町はアシンメイクって町なんだけど……その意味は判るかな?」
アシンメイク……響きから何故か不思議と「新しいモノを作る」という意味だと窺うことが出来る……が……アシンメイクという町の名前は初めて聴いた。頭のドコを探しまわっても類名も見当たらない。チキとゲインの名前もニュアンスでいったら当たったのは確かではあるから、正直にいおう……なんだかクイズ形式みたいだが、真面目に。
「新しい……何かを作る……とかそういう……?」
「やっぱり喋れてるし、記憶喪失って完全に記憶が消えてるワケじゃないんだねーっ」
当たったみたいだ……釈然としない、総てフンワリとしか理解できていない。記憶の断片があるから当たってしまうのか、不自然に偶然が重なって当たってしまうのか……
どちらにせよ気持ちが悪い。そして今わかったのは……ゲインは『僕』をマイナスと、チキはプラスとして、僕は自分をゼロとしている……。その犇めき合いがコンナ悲劇を生んでいるのだろう。更に舞台はその三人というのがネックだ、話し合いで解決しようにも意義や賛成が僕の右耳左耳を通し、ゼロの地点に居たい自分が迷ってしまって頭を抱えてしまうという状況に在る。であるからして、ひとつチキに解って貰いたい事を。
「チキ、良く聴いてくれ、タバコは吸っても良いから。これは真実で大切な事なんだ。
……僕はこの世界、総ての歴史、事柄、何もかもを解っていないものとしてくれ」
「……それはどういうこと?」
「つまり『僕はーーーだった』という事で……僕は過去を知らないも同然であり、今の僕はーーーではない何かだという事……。今までのーーーに対する総ての記憶をチキもゲインも真っさらに、皆一様にゼロとして僕に接して欲しいんだ」
自分にも言い聞かせ問い質す。我ながらナイスアイデアだったのではなかろうか……
チキにもゲインにも協力して貰わねば僕はいつまで経っても自分を理解できないのだ。
「それは難しい相談だよーっ。二百年間の記憶を真っさらにするなんて――」
「に、二百年!?」
ハハっ、そんな、吸血鬼じゃないんだから……といいそうになったがチキは他に類を見ない程マジメな顔してウンウン唸っている。それがもし本当ならば、僕たちが二百年という途方途轍もない関係だったならばそれはそれは無理な話。……だが、ゲイン同様僕を試している可能性も、並外れたケタが真面目な顔をしていう所から浮上している。
「僕たちが二百年間の関係だとするのなら、証拠! そう、証拠が無いじゃないか!」
「ーーー、人の話は良く聴かないとダメだよーっ。ゲインがさっきいってたでしょー、私たちは教会でーーーと百歳の契りを交わしたっていってたよ。あんな大胆な契りを、忘れちゃったんだね……。仕方ないけど、ちょっと悲しい」
「それは常識なのか?……何かその、お薬でも飲んでそう思っているとか、まだ酔いが抜けていないだとか……ち、チキはだけなんだろう……?」
「私たち三人共ちょうど二百歳。宗教上で百歳ちょっきりで神様またはソレに相応しい関係に在る人と区切りとして何かしらを誓わなきゃなんないんだっていう一般的常識。
……うーん……常識的な事を思い出させるっていうのは骨が折れるねー」
「い、いや……もうドコから聞いても分からないよ……わからない……」
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