僕 / Α 第一章 存在確認
第14話「錯乱寄航」
世界とは、人間の脳髄が作り出した遊び場
幸せや不幸を感じて楽しくなる
だが、それは人間の脳髄であり人間ではない
人間は脳髄に非ず、その逆もまた然り
世界を見ている人間は皆、自分である
自分以外に見える者はいない
自分以外の全てのモノは脳髄ロボットである
そのロボットは脳髄的には意識的に動かしている
人間的には無意識に動かされている
脳髄は人間が胎児の頃から寄生しているモノである
脳髄が無ければ世界は無く、何も産み出されない
脳髄は人間でできている
人間は脳髄でできている
理不尽に生かされ
理不尽に死んでゆく
それが世界
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僕はイツもの様にベッドで寝ている。眼球に引っ付いた瞼をこじ開けると、真っ白な天井を理解する。仰向けに寝ていて……ベッドが気持ち良く身体を囲ってくれている。
「……っ! ん……っ! ーーーっ!」
甘い吐息が混じりながら千ヘルツ往くか往かないか程度の少女の喘ぎ声を理解する。全神経が股間に集中し、ソコから生えている突起物がまるで剣と鞘の様に粘つきながら出し入れを繰り返している。なぜ鞘に納めない?……僕が腰を浮かすと彼女は逃げる。僕から逃げるな、ナゼ僕を除け者にするのだ? 剣は役割を果たさず鞘の中で折れる。あんまり乱暴するからだ、僕の剣は鍛錬されているが故に切れ味が薄く鋭いのだから。
「はあ、はあ……。なんだ、早かったわね……」
「なにをいっているのだ、僕は出してもいない」
「『僕』……?」
声の主を知る為に上体を起こし、奇麗な長い黒髪を纏う少女を理解した。秘部は長いスカートで隠れているので、理解する為にスカートを捲ろうとすると何故か遮られる。無駄な抵抗、ソンな演技は飽き飽きだ。少女は僕の要望に応じる如く折れた剣を無視し立ち上がった。そのすらりとした姿を理解すると、ゲインは妙な事を口走るのだった。
「妄想代理……どうだったかしら? 楽しかった? 辛かった?」
「は?」
妄想なんて言葉はただ定義を付ける為だけに使われるものだ、現実に定義は有るか?無いだろう。おかしいだろう、まるで今まで総て妄想だった様なクソ舐めた言い分だ。
「おかしいなあ……もとい、可笑しいなあ……。今、妄想なんて言葉を久しぶりに耳にした気がするけれど、現実というものにイレギュラーなど無いから気の所為だよね?」
次にこの少女が口を開く時、気の所為だよという一言を極自然にいってくれるのだ。
「なにボソボソいっているのよ、アナタらしくないわね。まあお疲れ様! コーヒーを淹れてくるから、まだ横に成っていた方が良いわ」
この世界は純粋ではないという事からパターンが掴めてくる、僕が想定する逆の事がこの世界に、またはこの少女に反映するのだろう……ということを想定するという事は『第三の選択肢』に成るかもしれない。そんな世界は面倒だ、この世界は無かった事に
……と眠ろうと瞼を閉じるが、何だか目が脳髄が、スッカリ冴え切っていて……世界が溶けていかない。無かった事に出来ないとは随分と面倒な世界だ……。第三の選択肢がまかり通る世界は未だパターン化できていない。選択肢が実質無限大に在るのだから、パターン化するにはかの円周率を解いたスーパーコンピュータ並の頭脳が必要だが……僕の知能指数は七十しかない……確かそれは決定して淀んでいる。だがまずは古典的に第三の選択肢がまかり通っている世界でも経験を生かして一つずつ一つずつ細部に至るまで、今すっている空気は酸素であるだろうかだとか、今すわっているベッドは本当にベッドなのだろうかだとか、そういった思考を披露して脳髄様に定着させるしか現在は余儀無い。まずは空気から……鼻から胸一杯に息を吸い込めば少女の匂いと、
「あれ、どしたのさソンナに眼を赤くして。酷いクマだよ……はい、コーヒー」
肩に掛らない程度のフワフワとした金髪で、男物のシャツをワンピースみたいに着て居る奇抜な少女を理解する。少女が二人も居るのか、困ったな、未だ世界のパターンを探っている所であるのに極めて稀な二人の少女が居るという世界であるという事が判明してしまうと判断が急かされる。そんな中、タバコ少女は当たり前にコーヒーをベッド脇に在るテーブルに置くのだ。忙しなく試されている様な焦燥に駆られてしまう……。
「勝手に動くな、気が散るじゃないか。少しでも判断を怠ってはならないのだ」
「ハハ、すごい! そういうのが狂人学なんだ、本当に意味わかんないね」
「意味、解んない?……その一言の意味が解らない……知的意欲の乏しい馬鹿な発言は控えてくれないか、コッチまで馬鹿になりそうだ」
「ハハハハっ、それ、さっき会った狂人のマネ?」
「邪魔になっている事が解らない様なら殴って黙らせた方が良いな」
「やめてよーっ! 何いってんのさ。ほら、コーヒー飲んで落ち着いて?」
「コーヒー位で落ち着けたら苦労しないね、僕は正しい、お前が間違えて――」
パンっと肌が鳴った瞬間、少女は消えて左頬に痛みを感じジワリジワリと眼から涙が溢れて痛みを癒すが如く頬を濡らす。これで少女が消えてくれれば良かったものの横を見ればタバコ片手に全く同じ姿形の少女が頬を膨らまして怒りを露わにしている……。
「ーーー、もう仕事は終わったんだよ! もう現実なの! もう良いのそんなの!」
「ア、アア、ああ、ソウだ……仕事はもう終わったのだった。僕はまだ慣れないのだ、仕事が無いという状態を受け入れられにくい性質が災いしているからして……」
僕は既に仕事を尽くして、成し遂げて、完了したのであった。であるからもう疲れもしないし、努めなくても良いし、怒られもしないし、もちろん仕事をしなくて良い……自由過ぎて身体が勝手に動いてしまう職業病みたいなものだ。いってくれて助かった。
コーヒーを飲むとより頭が冴えた。そう、僕は世界を渡り歩いて旅をしている……。行く先々で幸せを貰い、時には困難を共にし、友情や愛情等を分かち合う旅人なのだ。だからこの場所に、この世界に居る。逃げようとしたって無駄、背後は崖。という事は僕は旅をしながら其の世界を崩壊させている?……ダメだ道理が合わない。僕の存在が矛盾していると? そんなワケが無い、イツだって僕の存在は確かであった。辛い時、楽しい時だってこの存在と共にした。僕は……僕というものは一体……何なのだ……?
「嗚呼……僕という存在が薄れていく……早く……チキ! 僕は誰だ……っ!」
僕は無意識に少女らに仮名を付けているが、その名前が自明的な少女らであるからでその判断が出来ている僕の存在は了解されている。苦いコーヒーを一気に飲み干した。
「落ち着いたかと思ったらアタフタして……何いってんのさ、ーーーはーーーだよ」
さっきからあった、思考盗聴の為と考えていた脳髄を劈く三回連続の長音正弦波で、僕の存在が示されている?……僕の存在はモールス信号によって出来ているのか或いは俗称であるのか。いや、愛人が僕のことを俗称で呼びはしないだろう……僕はちゃんと「チキ」と呼んでいるのであるからして僕の名はーーーという事に帰結するのである。
「僕はーーー。理解した。君はチキ、そして初見の淫乱少女がゲインという事で――」
「えっ! ちょっとゲイン何したのさーっ!」
会話が本題に入る前にチキが闇の中へ消えていった。電気のスイッチは自分で探そうと……月明かりに頼るが柱まで光が届かない。怖い……ドアの向こうに行くという事が恐ろしい。世界を……新世界を隔てる壁の向こう側へ行くのという事に成るのだから。僕は、僕の脳髄はこの世界に滞在したいと思っている様に、脳髄から電気信号の命令により右足が上がり、床を蹴り、前進する形になっていた。待ってくれ! 僕はまだ――
「ゲイン、約束を忘れたの!? 先駆けは許さないっていったじゃん!」
「ごめんねチキ……欲求が勝ってしまったのよ……。ごめんなさい……」
……脳髄は心に非ず……ということなのだろうか、一歩一歩だんだんと蹴っていく内に左の方からボンヤリ火の灯りが見えてくるじゃないか。テーブル、ソファ、台所、便所そして暖かな火の灯りを放つ暖炉の前にチキとゲインが椅子に座りテーブルに肘をつきタバコを吸いながら向き合って口論している。この家にはそれ等くらいしか無い様だ。
「も……もう知らない!」
チキは暖炉に吸いかけのタバコを投げ、ドアを開けて去って行った。ドアから零れる寒気が物凄く身体に染みて凍えるので暖をとるために暖炉の前に行くと語りが始まる。
「はあぁ……またヤってしまった……。ーーー、アナタは悪くないわ。これっぽっちも
……私が全部悪いの、私のこの……性欲が……。このままではチキがアル中になる……
……なにか喋ってよ……」
「慰めて欲しいのだろう」
「……いや別に、そういうワケじゃ――」
「いや絶対そうだよね。察するに僕が無言だったからバツが悪くていったんだろうが、こういう場合の『何か喋って』は『私を慰めて』と同義であることは既に知っている。修羅場をするという人間的感情は素晴らしい、そして甘えるという行為も人間的であり且つ能動的だ。甘えられると甘え返してしまう僕の感情を良く理解しているよ」
「それって……良く分からないけれど、甘えているの?」
「そうだ、これ以上に無いくらいに甘え返している。だって自分の考えを自ら口にするという行為はどう考えても自殺行為だろう。だから僕はあえてこの第三の選択肢の中で第三の選択肢である『甘え切る』ということをしてみたというワケだが、どうだろう」
「アナタ……何か変よ?……妄想代理で狂人学がどうたらにしても程があるわよ……」
「ヘン? 妄想? 狂人? これはもう滑稽でしかないね、ははは、はっはっは……っ
そんなに……そんなに笑わせないでくれよ、腹がよじれるよ!」
僕をこんなに笑わせる少女、ゲインは良い少女だ。すっかり恐れなんて吹っ飛んだ。この世界は視覚的には暗いが割と開けていて、この僕にビンタをしたチキも良い少女。それも二人とも吹っ切れているから楽なものだ、僕も肩の力を抜いてゆける。更には、この身体の使い勝手の悪さがあるからして天秤が釣り合いバランスも中々で、もう少し悪と成るものが有れば、いや、無いワケが無いだろう。この様な世界は稀なものだからぷんぷんと直感的に臭ってくる……僕はこの世界でやっていく事を決意したのだった。
「お薬を飲んだか何かで変なトリップをしているのかしら……ああ、もう! どうしてこういう時にチキが居ないのよ……っ」
「じゃあゲイン、これからよろしくね」
「よろしくじゃないわよ! 握手もしないわよ! もうこんなのーーーじゃないわ!」
「え? 僕はーーーなんでしょ?」
「違う、アナタはーーーじゃない」
「じゃあ、僕は誰なの?」
「アナタは よ!」
アレ、既視感……。こんな会話を以前した様な気がする……なんだったっけ……僕はこの世界に来た事が有る?……何か怒鳴られているみたいだけれど、ボーッとして耳が声を認識しない。ゲインの周りが明るくなったり、暗くなったり……繰り返していく内僕は、世界に選択を迫られているのだと感じた。明るい世界か、暗い世界か……。僕は
……暗い世界がお似合いだよ……。だってこんなだもの、ヒールがお似合いだよ……。善い事も、悪い事も、偽善だってやってきた僕みたいな失敗作が明るみに出ちゃあ……
いけないよ……。僕は誰? ーーー。名前を与えて貰ったんだから、二人の少女から。
「ほらゲイン、大切なチキを探しに行かないと」
「……行ってお酒でも飲んで落ち着きたいわね……お互い……」
「サケ……お酒か……」
お酒は飲んだこと無いけれどチキやゲインの様な少女が飲んでも良い世界という事。それなら僕だって……お酒ってどんな味がするんだろう……? ゲインは大声を発したお陰でストレス解消できた様子、さっきの見覚えのあるヒスっ気が元から無かった様に消えた。吸い終わったタバコを暖炉に捨て、一緒に、共同作業のようにドアを開けると真っ暗な世界。夜なのだろうが街灯も無い世界。夜目が利いているから、深夜に途中で眼が覚めた時みたいな感覚で家を見やると屋根が赤く見えて、何だかヤな感じを纏ってしまっている。寒くて暗い見知らぬ住宅街の中をチキを探しにゲインと共に歩む……。
「さっきはごめんなさい、仕方ないわよね仕事柄……。私らしくも無くヒステリックになっていたわ。今でもなんだか動悸が……妙に、落ち着かないの……」
「……女なのに、タバコ……吸うんだね」
「何いっているのよ、でもアナタは少し落ち着いた様で良かった……」
いいながら咥えていたタバコにマッチで火を点ける。少女がタバコを吸うという事が見ているだけで不思議で、少女なのに大人っぽく背伸びしている様が……カッコイイ!
「一本ちょうだい!」
「自分のが有るじゃない、メンソールは嫌いでしょ」
ズボンのポッケを弄ると左前にタバコ、左後ろにマッチが入っていた。……銘柄とか全く解らないけれど何だか物凄く高尚なものに感じる。僕は興奮しながら火を点ける。
「あれっ……アレっ……オカシイなあ。このタバコ点かないよホラ、焦げるだけだよ」
「ふふふっ! 面白いわねそれ……甘え切るってそういうことね!」
ゲインはタバコを僕の口に強引に突っ込んで、マッチの火をタバコの先にやると……点いた! 一寸カッコ悪かったけれど憶えた。……けど、これは思っていたのと……。
「ゴホッ! ケホケホ! カーッ! なにこれ、不味いし煙い!」
「フフッ! 今日のーーーは一段と面白いわね、でもこういうのは程々に。ふぅ……」
いいながらまたゲインはタバコを慣れた手付きで胸一杯に吸い、煙を吐き出す……。体裁が悪いので僕も少しずつ吸ってみると、人間とは怖いもので直ぐに慣れた。味は、決して美味しくはないが頭がクラクラして気持ちが良い。これがタバコというものか!
と感銘を受けながら歩きタバコをしていたらどうやら件の場所に着いたようで……でもシャッターがピシャリと閉まっている。それでもお酒を出してくれる程の常連なのか。
ゲインはシャッターを無視し、まるでそこが入口かの様にスルスルと店の裏に回る、僕はより暗い中でゲインの後ろ姿を、クラクラしながら追い掛けるしかなかった……。
裏口みたいなドアを開けるとカランコロンと小気味良い鈴の音と共にチキの笑い声と少し掠れた黄色い声が混ざって溢れ出す。火の点いたロウソクが壁一面に敷いてある。
「やっと来たかい!……チキがもう酔っ払って大変なんだよ、助けてくれ」
アルバイトの人だろうか、赤毛のウエイトレス少女が顔を出す向こうのカウンターにのっているチキの丸い顔が見える。少女が酔っ払っているという事もカッコイイ……。
「僕もお酒飲みたい!」
「『僕』!?」
チキとウエイトレス少女が同時に驚く。そんなに変か、自分の事を「僕」というの。
「アヌさん、今日のーーーはそういう感じにしているみたいよ」
「あ、ああ、そういう事かビックリした。でも気持ち悪いから家に帰ってしてくれよ」
「子供かーっ……子供ねーっ……ちょっとアヌさんグラス空いたっ!」
「ほら、お迎えが来たよチキ。ほんっとにチキもーーーも、なあ……」
「まあ……たまには良しという事で……」
「じゃあボクちゃんにお酒を飲ませてあげましょーっ」
「うん! 飲ませて飲ませて!」
小走りでチキの隣に座ると、ウエイトレス少女がグラスに琥珀色のお酒を少し注ぐ。臭いを嗅ぐと、くしゃみが出そうな程キツイ臭いで飲めるかどうか不安になったけど、意を決して口に含む。……喉が痛い!……。お酒は喉を通り過ぎる前に拒絶反応する。
「おえーっ!……おえ、えーっ!」
「よしよしっ、上手に出来たねっ」
チキは頭を撫でてくれるが、吐いたことに変わりは無い……吐瀉物には肉片に混ざる今さっき飲んだお酒の色……少女が飲めて僕に飲めないワケがあってはならないのだ。
「もう一回、もう一回、飲まして!」
「頑張るねーっ! えらいえらい!」
「バカ! ここはそういう場所じゃないんだよ! 床にぶちまけやがって……」
ウエイトレス少女が何かいっている様だが耳が声を認識しない。本気になって意地というものが湧いて来たからだ。まず鼻を抓まんで舐める……舐める……少し臭いを嗅ぎながら舐める……臭いに慣れるまで繰り返す……慣れた……慣れたな口に含むぞ……。
「……飲めた!」
「ぱちぱちぱちぱちーっ!」
「ちょっと二人とも! というかーーー、アナタそんな事して恥ずかしくないの?」
「え? だって飲めたじゃないか、もう恥ずかしくないだろう」
「もう良い! 飲めたんなら帰りな、見ているコッチが恥ずかしいんだよ!」
「ウエイトレスにそんな権限があるのか」
「アタシのどこがウエイトレスに見えるっつんだバカ!」
「え……じゃあ店長?」
「早く帰れ馬鹿野郎!」
店長少女の怒声で自分の眼がまん丸になっているのが判る、怒られるのはヤだ……。僕はこの場所が怖いので逃げる様にソソクサと外に出た。怖い……なんで僕を怒るの?
……僕は何も悪い事なんてしていないのに……身体が震えている……冷静に成らねば、と目を瞑り頭を抱えながら震えが止まるのをジッと待っていると瞼の裏の無数の星々がグラングラン揺れていて焦点が合わずジッとしなく……ダメだ……このままだと……。
「ーーーっ!」
胃の中のものを全部だすと一寸だけ楽になった気がする。あの酒はダメだ、不味い。無理して飲むものではない……でも僕は男であるからして少女らに常に
「アナタ……本当に今日はどうしちゃったのよ? ブランデーはアナタが勧めてくれたお酒じゃない。舐めた位で吐いて、アヌさんも首を傾げて掃除していたわよ?」
「これは……アノ……。怒られたから……僕……怒られるとヤだから……」
「絶対オカシイわよ! 甘え切るってのはもう禁止!」
「う……うーん……」
少女が少女を負んぶしている、夜目がまだ利いていないがゲインが負んぶしている。その言い分じゃチキは吐かずに酔い切って気持ち良く眠ってしまったようじゃないか。
「じゃあ負けた僕がチキは負んぶするよ……」
「ああ、お願い……。でもまだ口調が変よ、優し過ぎて何か企んで居るみたい」
「うるさいなあ、これが『僕』というものなんだ。存在は証明されたんだから、僕だ」
「そもそも自分を『僕』っていわないじゃない、いつも通りにして『俺』といって!」
俺なんて……自分を俺とは呼びたくない。あの頃を思い出す……自分を『僕』とすることで、あの頃との決別を意味しているのだ。であるからしてコレばかりは譲れない。
『僕』が大前提であるから、ココに存在しているので、ココに居るのは僕であるのだ。
「僕は僕だ、僕であるのは僕以外ありえないんだ。僕は僕で成り立っているから僕だ」
「…………」
ゲインは口角を下げてまたタバコを吸って黙り、歩を速める。どうして? どうして僕を認めてくれない。僕はこの世界に定着した筈なのに今までにこんな事象などは一切無かった。記憶は薄ぼんやりとしているが確かにこの場合は逆に僕を世界に浸透させる少女が居て、世界は成り立った筈だ。現世界は僕を否定し僕を世界のプラスアルファとするゲインという予測し得ない少女が居るという事は、僕はこの世界に居ちゃいけないという事だろう、僕という存在は邪魔といっている様なものだ……でも僕はこの世界で五感が揃って生きている、という事はこの男の身体の何らかの特徴について行けてないという推論に落ち着くが、僕をこの世界のプラスアルファまたは異分子、邪魔者、穢多非人といった証明をしようとする現世界のプラスアルファのゲインに如何にかしてでも説得しようにも僕自身が自身を把握できていないから、脳髄はオーバーヒートしながらぐにぐにと回り出し混乱し錯乱し、だから世界は低迷するというのに隣でタバコを吸いながら眉間に皺寄せているソレは何ら怖がる素振りを見せず、この僕に向かって面倒を起こそうとする気が知れない。この少女ゲインと、僕が負んぶしているお酒臭い吐息を吹きかける少女チキの二人の少女に加えて赤毛の少女……ああ……酒を飲むという事は愚行だった、自棄を早まってはいけなかった。僕は覚えたてのタバコを吸って文字通り煙に巻きたかったがゲインは住処のドアを開けると共に……恐い顔して低く唸るのだ。
「説明してよ」
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