第9話「シュレーディンガーの猫の様々な解釈」
「馬鹿馬鹿しいな、極めて無駄な話だぞ。現実的にするなら簡単、箱を開ける前にその箱の横をトントンと叩いてやればそれでネコの粒子化なんて、観測せずとも無くなる」
「どうしてそれが現実的だと思う?」
「なんだ、お前マジメだな。良いか……確率が完璧に一対一になる事は有り得ないし、その上、こっちの眼や頭の都合も、猫の都合も考慮しなければならない……。こういう現実を省いた上辺だけの話を御伽噺というんだよ」
「確率が完璧に一対一にならないという理由は?」
「……俺の存在だ」
……そうきたか。あの子なら必ずここでコペンハーゲン解釈の否定からまず入るが、彼は自分が理由という。私の嘘、多重人格説をも否定する短い一言で締め括ろうとする
彼の今にも泣きそうな表情を一変させてやろうと少し間を置いて考える。人が知る事を止めれば、それは一生モノの損失になるのだし……知らなくて良い事なんて無いのだ。
「試すような事をしてごめんなさい、私はアナタが恋人の居る温かい家へと帰る方法を知っているの。きっと……役に立つわ。先に結論だけいえばきっとアナタは耳を塞ぐと思って、シュレーディンガーの猫なんて机上の空論のお話をしたの。でもそれが後々と効いてくる、それを伝って出てきた面白い解釈があるの」
「……いってみろ」
「多世界解釈。エヴェレット解釈ともいうんだけどね?」
今度は思惑通りいった、彼は眼をまん丸く、あんぐりしながらコッチを見てくれた。エヴェレット解釈はあの子が大好きで良く聴かされていた、順序良くマネをするのだ。
「確かに、俺が元の世界に戻る手立てになりそうだ。だが――」
「アナタは自らを以ってしてコペンハーゲン解釈の否定が出来たかもしれない。では、エヴェレットさんもそういう人だったかは知らないけど多世界解釈を提唱して広く知れ渡るほど高く評価されたお墨付きがあって、そこから前のアナタはこう考えた。重なり合う状態の猫を上から見れば一匹に見えるかもしれない。だが横から見れば二匹の猫が斜めから見れば中に入っている猫は猫ではないも何かなのかもしれないと。人間の眼で二次元のものを三次元に捉える事は出来ない、それならば眼を瞑ってしまえば良いと。脳髄でものを見る事こそが、人間が世界を三次元視できる唯一の方法だと。その総ては想像力がものをいう。脳髄以外の全ての細胞も、想像に集中させる。さすれば想像上に創造された世界が三次元に見えることだろうと。ソレを手で持てば世界を自在に操る事が出来、バスケットボールのように人差し指でくるくると回転させる事すら容易いと。世界を横から見ると、札束のような薄い紙が集まっている事に、ペラペラと捲ればその巨大さに、良く見れば沢山の落書きがあることに気付くはずだと。一枚一枚、凝視するごとに恐れ戦くことだろうと。既視感の連続で腰が抜ける事だろうと。総て夢で見た事があるのだと。夢の中で、どうして自分が自分の姿形をしていないのか……好きだったあのコの格好をしているのか不思議になるのは必然、それは自分があのコである世界が存在しているからであり、虫や猫であったり傍観しているだけの木であったりしている世界が存在しているから他ないと。夢とは一時的な世界移動により、違う世界の自分と入れ替わることによっての、脳髄の息抜き、気分転換、軽い運動または遊びなのだと。世界とはカンタンだろうと……人間とはスゴイだろうと……見ること操ることだけではなく、作り変えることだって容易いと。更には……っ――」
「ソレ以上はやめておけ、ガキがそんな事を考えるんじゃあない!」
殴られ蹴られ続けても私の口は留まる事を知らなかったが舌を噛み千切られ一時的に喋れなくなってあの子の憑依は止んだ。だが丁度良い、このトンデモ話を私が纏める。
「……つまりね、あの子がいいたかった事は妄想もいき過ぎれば自分だけ見える世界を創る事なんてカンタンということ。そうやってあの子は私もこの世界も産んだの……。世界の壁というものは大層なものでなく、紙ペラ一枚で出来ているものと考えてみて」
「……お前らみたいに狂ってしまえといいたいのか」
「そう。どんな世界も現実界もホントの所は悲しいかな自分だけ認識できる世界なの。ただ焦らないで……次にアナタに考えて欲しいのは、その紙ペラ一枚を破るキッカケ。腕力や武器なんて要らない、脳髄が欲する必要性にアナタは答えなければならない……その一番カンタンな方法がソレってだけなの。どう? 世界なんてカンタンでしょ?」
彼は何か吹っ切れたようにお腹の底から、ゲラゲラと笑い出した。その笑顔がとてもスッキリとしていて、私もつられて笑ってしまった。私も甲斐があったというものだ。
「ここはアダムとイヴの世界というのか」
「そういう解釈も出来るわね。どうする、狂ってみる?」
「…………」
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