第8話「彼には闇より深い事情が有る様だ」

「この畜生が! ド畜生が! その名を……いうな……思い出させるな!」

「ううっ……ぐっ……!」


 彼は私の首を両手で絞めながら充血した眼を私の眼にくっ付く位に近付けハアハアと犬みたいに息を荒げて、やめろやめろと怯えている。その形相はまるで泣いた赤鬼……

犠牲になった青鬼の置手紙を何度も読み耽る顔の様で……怒りではない、遣り切れなく堪らない後悔の念を帯びた血眼をぎょろぎょろさせているが私にはその様に成る理由が解ってやれなくて、涙が乾いてゆく内この子も自分が何故こんな事をしたのか解らないみたいにハッと我に帰ってゴメンと、絞める手の力を緩めながら思い出したかの様に、

「……さっき……いったばかりだろう……俺は女の泣き声が嫌いなんだと……」

というが、ビルの屋上で泣いた時はここまで必死に泣き止ます事なんてしていなかった事から発端は女の泣き声ではなく別の何かで私が無意識に思い出させてしまったと考えられる。確かな事は、彼は深い事情を持った人で、あの子は本当に消えてしまった事。



「ごめんなさい、私はヒステリーだから教えて欲しくて堪らないの。年下のは好き?お願い、真面目に答えて。これ以上は詮索しないし、泣かない事も約束するわ」

「……年下のコなんて周りに居なかったから好きかどうかは判断しかねるが……ああ、ヘルは一つ下だったがゲイで、年下に良い思い出は皆無といって良いだろうな」

「じゃあ、そのゲイ男ヘルのひとりしか、年下の人間は居なかったという事ね」

「ああ、そうだが……なんだ?」


「ありがとう。真面目に答えてといえば真面目に答えてくれるのがアナタの良い所ね」

「な……お前、いい加減にしろよな! だから年下は嫌いなんだ!」

「私はアナタより何歳くらい年下なのかしらね」

「お前は年下というか、見るからにガキだろう。だからピーピー泣かれると――」

「それなら先輩って呼んだ方が良いかしらね! それともお兄ちゃん? お父さん? おじさん?……どれが良いのかしらね! 私は一人っ子だから憧れていたのよ!」

「ありがとう答えが出た。年下の人間にロクなヤツは居ないとな」

「まあまあ!」

 まるで彼氏彼女みたいに、父と娘みたいに――実際、父と娘だが――腕を組む。だが私は年下の立場で居る可愛いやり方を知らない。少し強引で、うざったくて自己中心的でも愛でる部分があるという中々に歪んだこの知識しかないので勉強させて貰うのだ。


「俺に触るな! ガキ風情が調子に乗るな!」

 うーん塩梅が難しい。でもさっきまでの居た堪れない感情は無くなって調子が戻った様なので安心した。元はといえば自分から蒔いた種だがやってみるものだとお天道様、もといライト神様に会釈こぼして感謝する。私の眼にはまだ強すぎる光を眼球に繋がる神経を通り脳髄へと運ばれ、くらっとクるほど脳内物質と過覚醒を正常化してくれた。


「……あの怒り猛る神を見て、なにか思う所があるのか」

「感謝していたわ、アレがなかったら私たちはずーっと平行線だったんだからね」

「一体なにを仕出かせば燃え盛るみたく光るというんだ」


 やたらと太陽光線を気にするがソレは自分が明るみに出るべきでないといいたげで、また少し異世界交流を……今度は感情的にならないよう魔が差さぬよう優しく応える。



「アレは大昔からずーっと燃え盛っているの。今は昼だから余計に熱く照っているけど夜になれば日は沈んで月が昇るわ。たぶん月の光を見たらアナタも優しくなるわよ」

「また何をいっているのか意味が全く解らない……さっきみたいなのは止めろよ?」


 どこからどこまで説明すれば良いのか、いっていて『教える』という事は難しいんだなと思いつつ、全身を使って子供にも伝わるようなボディランゲージで交流を図るが、

「えーと、今! この青空の時に神様が光り輝いているこれが太陽! でも段々と暗くなって黒い空の時、神様が入れ替わって光が……こう、ぼんやり穏やかな光が月!」

「神が入れ替わる? は?」

難しい、難し過ぎる。歴史的に違う言語、違う宗教での交流というのは必ずあったはずだがどうやって異言語を解読し話せるようになったのか……数撃ちゃ当たるという方法ではないはずで、それこそ知的探究心あふれる人間が居たから出来たはずで……。多分異文化交流の中では共通点を探し合い名称を呼び合うという『同感』から始まるはず!


「そう、神様が二人いるのよ! これがライト神様だから月は――」

「あのなあ、神という存在は唯一無二であって、二元になればそれはもはや神と呼ぶに相応しいとはいえないだろう。例えばどっち付かずで優柔不断な人間でも良い、そんな人間を慕おうとするヤツは居るか? この例えは間違っているか?」


 例え一神教であっても、皆が皆、一神だけを崇めるということは可能なのだろうか?あえて道からはずれ行く者や自分が神だという者だって絶対に居るはずだろうし全員の思考がロボットみたいに電波か何かで通じ合って一致させていなければ不可能だろう。



「まあ……世界が違うから法則諸々アベコベになっていてもおかしくはないがな……」

「そう! こっちの世界に来たからには、こっちの法則諸々を受け入れてくれないと」

「……まだまだ道のりは長そうだ。この世界のアベコベ性を解りやすく教えてくれよ」


 神の存在に共通点が無い訳ないと無闇に首を突っ込んで失敗したかと思ったが意外に素直になってくれた上に基準をゼロとしてくれた。初めの様な攻撃性のある猫が突然に去勢され驚き尻尾の毛を逆立てていた彼が嘘みたいに落ち着き私にチャンスをくれた。

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