第5話「片思いのライトさんは神様に成りました」

「ほら、これで泣き止んでくれ……女の泣き声はどうも苦手で、もう良いだろう……」

 私の頭を優しく撫でる。そんな事をどこで知ったのか……この行為で湧き出た仮説。

良く考えれば……本当に誰か違う世界の健常者が憑依したか何かして人格が豹変した。

悪く考えれば……今までの第三世界の恋人達の泣き声に嫌気がさして人格が豹変した。

どちらとも無さそうで有りそう、逆もまた然り……。私としては前者なら悲しい、後者なら嬉しい、違ったらムカつく「なりすまし」。私も元に戻りこの世界をゆこう……。


「ばあっ! なりすまし返し! でも嬉しかったわ。ありがとう、優しくしてくれて」

「……こんなヤツ放っておいて早く、チキとゲインを見つけ出さねばな……離れろ!」


 ちき、げいん……さっきからその名前なのか『知己と外院』なのか、ワカランことを何度もいっている。流す様な事をしてしまったけれどソレなりに重要な助け舟だったりするのか、それとも『院外に出て知っている人に会いたい』という意味なのか。いや、そんな遠回しな助け舟は不自然だ。言葉付きに名前だろうが……過去の愛人だとしてもあの子なら名前など必要としない。出会い頭にもう何人か呼んでいた様だったが……。


「いや、これは大きな進歩……? ふむ……なるほどね」

「……お前、せめて辻褄の合う会話は出来ないのかよ?」

「辻褄を合わすより、補完し合う会話をしたいんだけど」


 支離滅裂でも、そのチキとゲインとやらを説明してくれたら憑依でも何でも異世界を股に掛けた会話が出来るのだ。異世界コミュニケーション、素晴らしい事この上ない。


「何を補完するかいってくれないと、補完しようがないよな?」

「ぐっ……まず先に、その嫌らしい口調はどうにかしてくれないものかしらね……」

「心外だな、口調は生まれつきのものだ。それよりもお前の口調をどうにかしろよ」

「どうしてよ! 私だって……生まれつきよ!」

「ゲインと口調がまるで同じだ。ゲインが『ヒス』を携えた様で聴いて居られない」


 ゲイン……予想外だったけれど情報を漏らしてくれた。私の様な口調は今時珍しいと思うが……。こんな口調、自分でもババ臭くてヤだけど自分なりには意味あるもので、生まれ付いたようなものだ。その上この状況なら尚更、立場を解り易く出来るだろう。

 ゲインとやらも私みたいな翻訳モノの本に登場する女のババ臭い口調だという事は、この子はこの口調を好いているとも考えられるし、或いは其の世界では一般的な口調かと、そしてこのポンと出た異世界情報漏洩はかなりの成果になるのかとも考えられる。


「まあ、容姿まで似ることはないでしょうね。こんな痛みが全く無い長髪、それも緑の黒髪と呼ぶに相応しいのキレイな頭髪はこの世界ならではのものだから」

「いや……ゲインもそれ位キレイな黒い長髪だった……少し記憶が混同してきたのか、俺は……? おかしいな、次は何だか顔がチキに似て見えてきたぞ……」


「それは絶対、いや……多分……違うから安心して」

 私は元々、この子が片思いしていた「ライト」という女性のコピーとして作られた。でもあの子はライトとまともに話した事が無く、口調は想像で補って喋らされていた。叙々に私がこの子の頭の中に胎児となって出来てきて、脳漿を飲み脳髄を食べ成長して頭蓋骨を帝王切開するが如くいつの間にか生まれた。こう例えると私はこの子にとって悪魔のような存在だけれど私にとってライトとこの子が親で容姿は母似、性格は父似、子離れできてない父と介護生活で親孝行していたけれど、いきなり父が実は双子で入れ替わったのがバレましたといわれたような状態が今で……。つまり何がいいたいのかと問われれば一つしかない、なぜこうも大胆に入れ替わろうとしたのかが聴きたいのだ。しかし本当の父親が人質に取られているかもしれないから突き付けられた銃が暴れぬ様慎重に会話で外堀を埋めてゆき安全に救出すべく刺激しないように気長にやっていこうと考えていたが、やっぱり私は知的探究心に負けてしまいワザと口を滑らせてしまう。



「アナタ……『ライトさん』って……憶えているかしら……?」


 こんなことをいうのは今まででは禁句中の禁句だったが、今なら聞けるはず……と、つい魔が差してしまったのだ。私はライトの容姿も当時近所に住んでいた時に話しかけられたらしい口調すら知らない。知る機会は今しかない……ほら、知的探究心は馬鹿にならない秘訣とか夏目漱石が書いていたじゃない。なんて言い訳を喉元に秘めらせれば

「ライトさん……? 聖母ライト様の事か?」

もうこんな次元になっちゃっているワケ。声を震わして損した。でも安心はした、私はまだまだ、イヤ、全く捨てたもんじゃないということが判って。緊張の糸が解れ切ってしまって近くにあったベンチに座り背もたれにもたれ掛かると、太陽がもう真上にあることに気が付いた。これはお天道様の恵みだ……作物のように伸びをしながら花開く。



「神……ライト。そうですよねえ、聖母ですものね……へええぇ。ライト様……ほぉ」

「なんだ、その含みのある言い方は。まあ、聖母ライト様なんて呼び方は古いか。この世界にも居るという事はオカシイのはそれ以外の、この世界の有相無相……だな」

「ここは完全に私たち二人ぼっち世界なんだから神様なんて居るワケないでしょ」

「神が人類に入るかは微妙だな。だがどうして神はあんなに怒り狂っているんだ」

「アナタにはライト神様が見えるの? 私にゃそんな高尚なものなんて――」


 いきなり隣に座って首を鷲掴み強引に太陽を直視させられて脊髄反射で目を瞑るが、爪で瞼をこじ開けられ、この子の身体力の向上を感心するや否や、彼はこういうのだ。


「視覚に訴えかけているのが解らないのか! 無神論者で認めたくないとでも!」

 まるで燦々と眼を焼き付けるこの太陽を神と指定するように、太陽がこの子の憧れのライト様と定義するようにと、昔からそう畏れていた信仰者の如く私に解らせるのだ。


 手を振り払うと案外アッサリ放してくれたが太陽の丸が眼球にひっ付いて離れない。この子は神自体を自分と定義していて、それも忌み嫌っていたのにナゼ急に太陽が神という事になったのだ? 異世界と記憶が混同しているにしても安直で逆に未だこの子は私に訴えたいことが有るだとか、この世界を舞台として演技する為に「なりすまし」を解かず定義変更を促し分からせようとしているのではないかと怪しくなってくる……。


「痛いほど眩しいだろう怒りを感じるだろう。この世界に俺ら二人しか居ないのなら、お前の所為だ。神はこういいたいんだ『お前はイツになったら白状するのだ』……と」

「ふざけないでよ、私が何をしたっていうの? 白状も何も、コッチが聴きたいわ!」

「自分の胸に聞け、俺が知るワケが無い。世界の終わりの様に熱さすら感じるんだぞ」


 やっぱり怪しい……設定が出来過ぎている。この子があんな、ただ頭をドンドン壁に叩きつけていた時間だけで、ここまで新しい設定を練り上げるワケがない。今まで何か企んでいる素振りなんて私から逃げようとした時しか見ていないし、私がこの子の傍に居ない時なんて「有り得ない」のだ……。だからこその怪しさが溢れ返って考え込んでしまい何分か会話が途絶えている事に気が付かなかった。考え込んでいる内こうなってしまった発端を思い出していた。あの子は壁に頭を叩き終えて、第三世界の事かどうか判らないけれど笑いながら「僕の息子娘たちよ安心なさい」と、親に成っていた事を。


「やっぱり子供を持つ親のいう事は違うわね。白状するわ、私は神を信じない無神論者だったけれど今、初めて神から怒りが感じられたの。でも私は罪を犯していないのよ」

「……それはどういう意味だ? 俺に責任転嫁か?」

「いいえ、私の親である『前のアナタ』が大罪を犯したの。アナタに責任は無いのよ」

「……それは、どういう――」

「アナタが多重人格者というのは、憶えているわね? もう一人のアナタはこの世界を私と一緒にとある罪から逃れる為に創造したから二人ぼっちなワケで、私はそれを見て来たからこの神の怒りの意味が解る。もう一人のアナタはとんでもない過ちを犯した。でもアナタはその過ちを全く憶えていない……ソレで良いのよ。迷宮入りで良いのよ」


 考えに考えた末、経緯が余りに残酷だから知らない方が良い……と、ただの親殺しを大袈裟に且つ思い出す事は危険で再犯する可能性を神妙な声色で漂わせて煙に巻いた。だってもう虫が良すぎる。元からこの世界はこの子と私だけの舞台みたいな所なのに、急に今更おもい出したみたいに舞い始めて、ホラ、お前も舞え!……といわんばかり。私は穏やかにこの子と、いつもの様にあの病院で暮らしても良かったのに、まあ街並は感動して思わず涙する位に綺麗で嬉しかったけれど自分勝手なのは果たしてどっちか?



「明らさまだな、青二才といった所か」

「私は仮にも女なんだけど……。はあ、私が何か嘘や隠し事をしましたですかい?」

 大物舞台役者様にソンな事はしませんよと一笑に付そうと顔を見ると、笑顔がいう。


「『肩を持て』といいたいんだろう? だが俺は神を鎮める方法は解らないからな」

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