第11話 ゴブリンさんと馬車の中
学園には年に4回、10日間の長期休みがある。
この休み期間に学園は施設のメンテナンスを行い、生徒たちは実家に帰省したり、自己を高める鍛錬にあてたり、ギルドの仕事を受けて小遣いを稼いだりと様々な使い方をされている。
最も2年生時の学園の登校はほぼ自由なので、この長期休みは1年生達のためにある休みである。
去年ミューは早々に自分の武術と魔術に見切りをつけていたので、長期休みは鍛錬ではなくギルドの採取依頼や、小さく弱い魔獣の討伐などでお金を稼いでいた。
特に勉強だけは人一倍していたので、採取依頼の薬草や毒草など見分けをつけにくい植物の特徴をしっかりと覚えており、普通の人よりも効率的に採取する事ができた。将来は採取依頼をこなしながら余った薬草でポーションを作る仕事をすれば、食いっぱぐれる事はないとミューは採取専門の冒険者になる事を決めたほどだった。
去年のミューが今のミューを見ればきっと驚き、
どうしてそうなったのか!?と聞いた事だろう。
あの貧弱な自分がわざわざ魔獣を討伐しに行ってるのだから。
ナーコの相談?依頼?を受けてミューとゴブリンさんはナーコと共に馬車で移動していた。道が舗装された学園がある都市とは違いナーコの故郷の村は都市から馬車で大体2日かかる所にある。
平たい草原の道を進んでいくのだが、ガタゴトと揺れる馬車に全く慣れて居なかったミューは早くも今回の"依頼"を断りたくなっていた。
「ば、馬車ってこんなに揺れるんですね」
『そうだナ。馬の魔獣には乗った事はあるガ、馬が運ぶ箱になるのは我も初めてダ』
「うぅぅぅ、辛いです。お尻も気分も辛いです」
『冒険者になり、我と世界を回ることになれば、この箱での移動も増えるだろう。今のうちに慣れておく事ダ』
馬車に乗った事がなかったミューはその"揺れ"に
思わぬダメージを受けながら、今後のゴブリンさんとの旅の事を考え「この揺れは慣れるものなんでしょうか」とゲンナリした。
「ご、ごめんなさい。馬車たいへんだよね?」
「あっ、大丈夫ですよ!慣れてないだけですから、、、この2日間は馬車に乗るんですから、まだまだ根はあげられません!」
「む、無理はしないでね?魔獣退治を一緒にしてくれる気持ちだけでも私は嬉しかったから、、。」
『ふム、ナーコはミューを甘やかしているな』
「ゴブリンさんは私に厳しすぎですよ!」
明らかに馬車に慣れていないミューを心配してナーコが声をかけた。自分の村で起きている魔獣の被害を解決する為にミューに声をかけたが、まさか着いて来てくれるとはナーコは思っていなかった。
もともと内向的なナーコは仲の良い友達も居らず学園内の成績も真ん中位の課もなく不可も無い生徒であった。ミューのことは1年生の頃から知っていた。ミューは【魔術も武術も上手くないが、知識だけは抜群にある少女】として有名だった。普通であれば魔術と武術どちらかに才能が無ければ、仕方がないと諦めて大半の人が学園を去る中、知識だけで食らいついているミューはそれだけで特異な存在だった。
そんなミューが召喚の儀でゴブリンさんを召喚し、ディスクとの模擬戦を経て、その評価を変え始めた。ミューの召喚獣はかなり強力である。そしてその召喚獣との大人でも逃げ出したくなる様な容赦のない訓練を受け続け鍛えているミューも成長し、
強くなっている。そう評価されるようになった。
たまに行われる生徒の合同授業でも、ミューのその成長の片鱗は表れていた。明らかにミューの武術の展開スピードが上がっていたのだ。未だ通常の展開速度ではあるが、昔のミューと比べれば亀と兎。ミューの事を馬鹿にして見下していた生徒もこの頃には何も言えず、呆然とその姿を見るだけになっていた。
ナーコはミューその姿に"憧れ"の様なモノを抱いた。あれだけ馬鹿にされていたのに、その声を跳ね除けて新たな力を吸収して大きな成長をしていく少女に憧れた。自分ならきっと馬鹿にされた時点で泣いて田舎に帰ってしまったはずだ。内向的な自分も変わりたい。その気持ちから今回の件で思い切ってミューに声をかけたのであった。
「そう言えばナーコの村はどんな所なんですか?」
「えっ!えっと、、普通の村だよ?裕福じゃないけど皆んな優しくて、、。悪い魔獣を倒した勇者様が泊まった事があるって事くらいしか自慢がないそんな村」
「魔獣の勇者と言えば1番古い伝説じゃないですか!!凄いです!!魔獣の始まりと最強の魔獣を倒した勇者!!その人が泊まったことがあるなんて!!」
「あ、ありがとう。で、でも本当に大昔の話しだから本当のことなのか分からないの。本当だったら良いなって思うけど、、、」
「きっと本当ですよ!!凄いです!!楽しみになってきました!!」
馬車の揺れで項垂れていたミューは思わぬ収穫に元気を取り戻した。魔獣の勇者は亜人決戦や術の賢者よりも前。まだ魔獣という存在が無かったとされていた時代の伝説である。かなり有名だが、古すぎてあまり詳しい事が分かっておらず、ミューはもしかしたら村で何か聞けるかもしれないと心を躍らせた。
『勇者カ、懐かしイな。いろんなモノがいタ』
「そっ!それって亜人決戦の頃の話ですか!!」
『そうだナ。この話はミューがもっと強くなったらしてやろウ』
そういうとゴブリンさんはニヤリと笑った。以前に訓練を頑張ったミューに昔話を聴かせた所、ミューは以前よりも訓練にしっかりと取り組む様になった。それ以来ゴブリンさんはこうして書物になっていない本物の知識を褒美とミューのモチベーションを維持させていた。
「ぐぬぬ、、、亜人決戦の勇者の話しぃ、、、
今すぐ聴きたいですぅ、、、。」
『ハッハッハッ』
よほど聞きたかったのであろう、ミューは暫く聴きたいです!聴きたいです!聴きたいです!とゴブリンさんにお願いをしていた。もちろんそのお願いが叶えられる事はなかった。
「そ、そういえば。ミューさんはそのゴブリンさん?とお話しできるんだよね??さ、さっき亜人決戦のときの〜って言ってたけど、、、」
「あっ!!そうでした!!今ゴブリンさんと2人っきりじゃないんでした!!すいません次から通訳しますね」
「あっ、いや、、、そんな通訳なんて大変だろうから大事な事があればそれを教えてくれたら、それで大丈夫だよ。そ、それでゴブリンさんは亜人決戦の時の亜人なの?」
「ありがとうございます!!そうなんです!!
ゴブリンさんはなんと亜人決戦の時のゴブリンさんなんです!!しかも亜人決戦を戦い抜いて生き残ったゴブリンさんなんです!!」
「そ、そうなんだ!!すごい!!私初めて亜人をみた!!」
『ふム、、』
亜人。それは失われた種族であり伝説。本当に居たかもよく分かっていないモノであるが亜人決戦の伝承がとても有名なため、歴史をあまり詳しくないナーコさえ、そのゴブリンさんの存在に驚いた。
「す、すごいね、、、。よ、よかったら、、、
そ、そのゴブリンさんのお話し聴きたいです、、」
内向的な自分からは珍しく、ナーコはゴブリンさんに声をかけた。不思議なもので、いざ目の前のゴブリンが亜人決戦を生き抜いた英傑と分かれば、不思議とその姿も普通のゴブリンの何千倍も気高く誇り高いモノに見える。「ディスクくんが勝てない筈だ」とナーコはあの日の授業の出来事を納得する事ができた。
『我は構わン。話そウ』
「ゴブリンさん話してくれるみたいですよ!!」
「ほ、本当!!」
そうして、その日はナーコやミューがゴブリンさんに質問し、ゴブリンさんが答えてミューが通訳をしナーコに伝えるという会話劇が繰り広げられた。
馬車の御者はその奇妙な行為に初めは何をしているんだ?と眉を顰めたが、暫く続くその声に「まぁ、これはそう言うモノなんだろう」思い気にしなくなった。こうしてミュー、ゴブリンさん、ナーコの3人の旅の1日目が終わるのであった。
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