第15話

「九十九さん……」

部屋に帰るなり、心配そうな顔をした春奈さんが出迎えてくれた。

「大丈夫……大丈夫だから」

何度も何度も、俺はつぶやく。

自分に言い聞かせるように。

何かに祈るように。

何度も何度も。

「……大丈夫です。九十九さんが信じた、導いた答えを信じます」

「春奈さん……!」

「犯人に、たどり着いたんでしょう?」

「ああ……だけど、いまだに自信が持てないよ。俺は探偵じゃない、売れないフリーライターなんだ」

「九十九さんは私を救い出してくれたじゃないですか。今度も、きっと誰かを助けられますよ」

「……できるかな、俺に」

「出来ます」

俺の問いに春奈さんは即答した。

まるで確信があるかのように。

もう逃げないって決めたじゃないか。

自分を信じよう。

間違っていたとしても、俺が信じた道を行こう。

それに向井さんの頼みもある。

ここで目を背けたら、俺はたぶん後悔するだろう。

「……ありがとう、春奈さん」

「いいんです。お礼を言うのはこっちの方なんですから」

「そんなことないよ。いつだって君に助けられてる」

「それなら、うれしいです」

「さぁ行こう」

「はい!」

俺は食堂に向かって歩き出す。

その隣を春奈さんが歩いた。

ちらっと横を見る。

これが終わったら……。

いや、今は考えるのは止そう。

大丈夫、時間はまだある。

焦ることはない。

今は目の前のことに集中するんだ。


* * * * *


食堂には向井さんと椿さんを除いた全員が来ていた。

俺は目当ての人物をみつけると、真っ先にその人の元へ向かう。

その人物は俺の顔をみると、すこし真剣な顔をした。

「竹富さん、お願いがあります」

「なんでしょうか?」

「椿さんと向井さんを呼んできてほしいんです」

「……本当に解けたのですね」

「いえ、これはあくまで俺の想像です。何一つ、科学的な証拠なんてない」

「……わかりました。あなたにかけましょう」

そういうと竹富さんは椿さんと向井さんを呼びに席を立った。

その直後に真田さんが俺の元へと駆け寄ってくる。

「恭介君……もしかして」

「確証はありません。でも、俺がたどり着いた答えを信じたいんです」

「わかったわ。お手並み拝見といこうかしら」

いつもの笑顔で真田さんは笑う。

そしてゆっくりと席に戻っていく。

その直後に、たどたどしい足取りの向井さんと、厨房からエプロンを脱いだ椿さんが来た。

「呼んできました」

「ありがとうございます」

俺は周りを見渡す。

春奈さん、真田さん、樋口さん、竹富さん、向井さん、椿さん。

全員が俺を見ている。

大きく深呼吸する。

大丈夫だ。

「……すみません、食事の前にお時間をいただきます」

「……」

全員の視線を感じる。

大丈夫だ、信じろ。

俺を、春奈さんを。


//―― 証明開始 ――

「今回、この洋館の宿泊客である本庄 怜という一人の男性が遺体で見つかりました。

第一発見者はこの洋館で働く向井 葵さん。

発見時に悲鳴をあげ、その悲鳴を聞いた俺と竹富さんで、彼の遺体にブルーシートをかぶせました。

その時は、事故か殺人事件かわかりませんでしたが、今は断言できます。

これは殺人事件です。

しかし、これは計画的に行われた殺人事件ではなく、突発的に起きた事件だと思います。

計画的に行われたのなら、遺体を放置するということは考えられません。

それに、犯人にはその計画を準備する時間ですらなかったはずです。

彼は突然やってきたのですから。

雷が鳴り響くあの夜に、この食堂へ。

そこで彼は、この事件の犯人と出会った。

いえ、尋ねたと言った方が正しいかもしれません。

彼の行動を目撃した人物がいないため、どうして彼が3階から転落したのか、それに至るまでの経緯はわかっていません。

彼の部屋で話そうとか、そういう話になったのだと思っています。

そして、犯人は彼を後ろから抱え上げた。

彼はその際、抵抗したのでしょう。

そのまま彼をたたきつけるように突き落とした。

きっと、冷静ではなかったのでしょう。

犯人はとある物を残してしまいました。

それは彼が抵抗した証でもあり、犯人がそこにいた証でもあり、彼がその場所から落ちたという証拠でもあります。

犯人は冷静になってから、焦ったでしょう。

それは犯人にとって替えがきかないものでしたから。

犯人は機を見て、それを回収するつもりでした。

しかし、俺というのが動き回っている最中、変な動きはできない。

行動ができないまま、その証拠はとある人に拾われてしまいました。

この洋館のメイドである向井さんです。

犯人はとても焦ったでしょう。

これでは自分が犯人だとばれてしまう。

そして犯人は証拠と一緒に、向井さんを隠した。

それが誰なのか、向井さんはわからないといっていましたが。

ここまでで、犯人がどこで、どうやって彼を殺したのか、わかりましたが、どうして彼を殺したのか、それだけはさっぱりわかりませんでした。

なにしろ、この島で彼と接点があったのは、樋口 小百合さんだけだと思っていたからです。

でも、彼と接点があったのは、もう一人いた。

それが本庄 怜を殺した犯人であり、向井 葵を殺した犯人でもある。

ですよね……」

俺はその人物をはっきりと見つめる。

ゆっくりと、そしてしっかりと、その名前を呼ぶ。

「椿 啓太さん!」

「……!」

「つ、椿さんが……!」

「啓太がまさか、そんな!」

春奈さん、竹富さんが驚いた声を出す。

真田さんは冷静に、樋口さんはうつむいていた。

「……」

「俺は向井さんに、このボタンを渡されました。これは、あなたのコックコートのボタンですよね。違いますか?」

「……」

「貴方はこう証言しています。『その日は、ルームサービスもなかった』と。そして、こうも言っている。『厨房以外ではあまり着ないんですよ』。つまり、あなたの証言通りなら、このボタンがあの場所に落ちていることなんてありえないんです!」

「俺が本庄 怜を殺す動機は? 見ず知らずの人間を殺すなんておかしいだろ」

「貴方は本庄君と初対面ではないですよね。高校生の時に、同じクラスだったことはわかっているんです」

「……そこまでばれていたか」

「貴方がコックコートをきて出てこないのは、ボタンが外れてしまっているから。そして、それを交換することができなかったから。そのボタンは、本庄 怜の手によって引きちぎられた。違いますか」

「はぁ……。あと半日で、おさらばできると思ったんだけどな」

「啓太……」

「ああ、そうだ。俺がやつを殺した」

「どうしてそんなことを!」


//―― 独白 ――

「昔の話だ。俺の両親は小さいころに離婚して、母親と二人で暮らしていた。

弁当の具は少なかったり、靴とかはボロボロになるまで履いたり、貧しい家庭だったが、苦じゃなかった。

だが、当時の奴らから見てみれば、格好の餌食だったのだろう。

よくいじられたよ。

本当に、いじめのようにな。

毎日毎日、複数で寄ってたかっては馬鹿にして、こちらが言い返すと、またひどくなっていく。

その中心核だった人物が、本庄 怜だ。

俺はやつと小学校から一緒だった。

母親のこともあり、学校はすべて公立だったからな。

奨学金を借りながら、がんばったさ、こらえたさ。

12年間ずっと。

高校卒業して、俺は調理の専門学校に入学して、コックになるために必死に勉強した。

母親には、美味しいご飯を食べさせたかったからな。

奴とも会わなくなった俺は、本当に平穏な生活をしていた。

卒業後、なぜかオファーを受けてここに就職することになったが、それはそれでよかった。

給料もいいし、生活費が浮く分、母親に仕送りできるからな。

もうやつのことを忘れかけていたよ。

だが、奴は俺の目の前に現れた。

それも、あの時のまま。

奴は俺に、部屋に来て料理を振舞えと言いやがった。

俺は、またこいつに振り回されるのか。

そう思ったとき、俺の中で殺意が芽生えた。

そこからの記憶はあいまいだ。

気付いたら、奴を突き落として、自分の部屋にいた。

自分でも、よくわからなかったよ、何が起きたのか。

パニックになってる頭で、警察に連絡される前に電話線を切断したところまではよかった。

冷静になってから、コックコートのボタンがちぎれていることに気がついた。

お前が言う通り、焦ったよ。

あれが見つかってしまえば、おしまいだとね。

だから早めに回収したかったのに、死体で騒ぎになるわ、お前のような探偵気取りが出てくるわで、動けなかった。

その時、葵にボタンを拾われてしまった。

葵はすぐに、このボタンが俺のコックコートのボタンだと気付いたみたいだった。

そして俺にこう言ってきた。

『昨日、3階へいってないよね?』ってな。

その時は行っていないと答えたが、すぐに葵を隠すことにした。

お前たちがいなくなった後に、葵を解放すればいいと思っていたんだが……。

もう何もかもが、終わったよ。

結局、俺は最後まで、あんな奴に振り回されていたんだな」

「貴方がしたことは立派な犯罪だ。たとえ、あなたがどうであれ、彼がどうであれ、人を殺すことはいけないことなんだ……!」

「九十九さん……」

ぎゅっと手を握り締める。

春奈さんは、寂しげな声で、そうつぶやいていた。

「明日の朝には警察が来ます。それまで、おとなしくしていてもらえますね」

「ああ、ここまで来て逃げるつもりはないよ。もう終わったんだ」

椿さんは適当な椅子に座る。

そして、がっくりとうなだれるかのように、ただうつむいていた。

「終わった……? 終わったって何よ、この人殺し!」

突然、樋口さんがナイフを持って立ち上がる。

あのナイフは、危ない!

俺は駆け出す。

そして次の瞬間、ぼたぼたと血が流れていた。

「ぐっ!!」

「ど、どうして俺なんかを……!」

ナイフは俺の手の中にあった。

刃の方を思い切りつかんでしまったため、手に激痛が走る。

「九十九さん、離してください!」

「君も人殺しになるつもりか!?」

「怜君もいないのに、怜君を殺したやつが生きているなんておかしいよ!!」

「おかしくなんてない! 犯罪者がみんな死んだ方がいいなんて、そっちの方がおかしいよ! 俺はもう……目の前で誰かが死ぬのなんて、見たくないんだっ……!!」

「離して! 離してよっ……!」

カランカランという音を立てて、ナイフは床に落ちる。

それと同時に、樋口さんも膝から崩れ落ちた。

彼女は大きな声で、泣いていた。

「九十九さん!」

少し離れた場所にいた春奈さんが、血相を変えて駆け寄ってくる。

「傷口を見せてください!」

「いや、でも……」

「いいから!!」

「は、はい……」

俺はゆっくりと、右手を出す。

血で真っ赤になった手は、今も血があふれ出ている。

このままだとやばい気がする。

医学の知識に疎い俺ですら、それくらいわかった。

「ちょっと待っててください」

「っぅぅ!?」

春奈さんはハンカチを取り出すと、俺の手を縛る。

ものすごく痛い、すさまじく痛い。

「もう、無理はしないでください……! あなたもいなくなったら、本当に私は一人になってしまうんですから……!!」

「……ごめん、春奈さん」

ぽろぽろと涙を流しながら、手当てをしてくれる彼女に、俺はそれしか言えなかった。

こうして、短くも長い事件は幕を閉じた。

たくさんの涙と共に……。

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