第12話
「出てこない……!」
民家をかなり調べたというのに、日記の類はほとんど出てこなかった。
それどころか、家具が残っていない民家もあり、一番最初に入った民家が少し異常だったようだ。
他の民家は、家具が残っているところもあれば、全くないところもある。
真田さんの見解では、「引っ越した家庭とそうでない家庭の2パターンあるのかもしれない」ということだ。
つまるところ、まだ断定はできていない。
片方の家は畳すらないのに、もう片方はすべての家具があるといった状況だ。
どういうことなのだろうか。
その後も、調査は進めたが、めぼしいものは見つからなかった。
「どういうことだ……!? まるで痕跡を消されたかのように何も残っていないぞ……」
思わず、そんな言葉が口から零れる。
今までも、調査して何もでなかったことはある。
こういう職業だ。
あることもないことも調べる。
だが、ここまで”何もでない”というのは初めてだった。
ないことでも、何かしらの文献や写真はあった。
今回は先ほどの日記以外、何も出てこないのだ。
むしろ、先ほどの日記が存在していたこと自体が奇跡だったのかもしれない。
……白百合の花畑に向かってみるか?
そう考えた俺は、真田さんたちの元へと向かった。
* * * * *
「百合の花畑に向かう?」
「はい。日が落ちる前に行っておきたいんです」
「なるほど。わかったわ。春奈ちゃんは任せて」
「ありがとうございます」
例を告げると、俺は百合の花畑に向かう。
対sか、この森を抜けた先、海に面した岬にあったはずだ。
長い草をかき分けながら進む。
草で足を切らないか、少し心配になるほど、足場は悪い。
その広い草むらをかき分けること数分、俺はついに森を抜けた。
広い海を目の当たりにすると、なぜか開放感がある。
森や民家の中にいたからかもしれないが、閉塞感がないというのはいい。
俺は地図を広げると、白百合の花畑へと向かう。
幸い、抜けた場所からそう遠くはなかった。
「ここか……」
行ってみると、更地に石碑のようなものがぽつんと立っていた。
百合の開花時期は5月から8月。
今は2月だから、花は咲いていないだろう。
俺はカメラを構えて、写真を何枚か撮る。
撮れば撮るほど、石碑が気になった。
「何が書いてあるんだ……?」
ゆっくりと、石碑に近づく。
潮風に当てられた石碑は、苔が生えて緑がかっていたが、石で出来ていることはすぐにわかった。
よく見てみると、文章が書いてある。
幸い、読めないほど劣化していなかった。
「えっと……」
その石碑に書かれた文章に、俺は驚きを隠せなかった。
『白百合の幻影に魅せられて、黄泉へと誘われる』
その一文がしっかりと刻まれていた。
「なんでこんな場所に!?」
ここは白百合の花畑。
この花畑は海難事故で夫を亡くした妻が作った。
その後の妻の詳細はわかっていない。
そんな場所に伝承の碑文、そして石碑。
これらが意味することを一つずつつなげていく。
まずは、花畑から。
花畑は、海難事故で夫を亡くした妻が植えた、百合の花でできている。
その後の妻の詳細は日記がかかれていないため、わからない。
この二つをつなげるためには、この石碑が必要かもしれない。
黄泉へと誘われる……。
あの世……。
「まさかっ!?」
白百合の幻影に魅せられて……夫の幻を見て。
黄泉へと誘われる……あの世へと連れていかれる。
”この白百合の花畑で、夫の幻を見た妻が、あの世へと連れていかれた”。
「この石碑は墓石なのか!!」
つまり、この伝承は……!
「村の人たちが……とある夫婦を祀った伝承……!」
俺の勝手な想像だが……。
―― 恭介の想像 ――
夫を亡くした妻は、毎日ここへ百合の花を植えに来ていた。
きっと、花が種になっても植え続けただろう。
そんなある日、妻はなにか病気にかかってしまった。
自分の体調よりも夫の帰りを待つ妻は、そんな状態でもここに花を植えていたに違いない。
そして、百合の花が咲き誇る6月頃。
妻はここで夫の幻を見た。
それはきっと、最後に見た幻。
夫の帰りを待った妻は、この場所でようやく夫に出会えた。
そして妻は、百合の花が咲き誇るこの花畑で、その生涯を終えた。
それを見た村人は、さぞかし恐れただろう。
亡くなった夫が妻を呪い殺した……と言った風に。
そしてこう思ったはずだ。
『今度は妻も誰かを呪い殺すのではないか』
村人は石碑を立てることで、その呪いを断ち切ろうとしたはずだ。
それがこの石碑だろう。
だが、村人たちはただ石を置くだけでいいとは思わなかった。
もう二度と、こんなことが起きてはならない。
妻の最後を記しておかなければならない。
そんな風に思ったはずだ。
だからこそ、石碑に『白百合の幻影に魅せられて、黄泉へと誘われる』と記したのだろう。
こんな感じだろう。
どうして村人がそう思ったのか、そのあたりは謎だ。
民家に記録が残っていれば……。
空を見てみると、もう日が落ち始めそうだ。
俺は少しの謎と、伝承を解明した達成感を胸に、二人の場所へと戻った。
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