第11話

「これを見てちょうだい」

そういって真田さんは一枚の地図を広げる。

それはこの島の地図のように見えた。

「で、これが借りてきた地図」

もう一枚の地図を広げる。

さきほど見た地図だ。

二枚の地図を見比べてみると、現代ほど精密な地図ではないが、同じような形をしている。

「それでここなんだけど……」

「……! これは!!」

毛筆で書かれた文字。

それは確かに、俺が探していたものだった。

「白百合の……花畑……!!」

「私も少し聞いたことがあってね。”白百合の幻影”……だったかしら、この村に伝わっていた伝承は」

「はい。俺もそれを調べにここまで来たんです」

「ここに行ってみれば、何かわかるかもしれないわよ」

「そう……ですね。あとで行ってみます」

「なら、次は日記を見てみましょうか」

「これです」

春奈さんが出した日記は、古びていて表紙の字は読めないが、虫に食われていないのが奇跡というほどだった。

「これはどこで?」

「あそこです」

春奈さんが指さした方には、少し影になっている場所があった。

「ここは風通しもいいから、本を食べる虫があまり寄らなかったのかもしれないわね」

そうは言うが、触るのには少し抵抗がある。

「読んでみましょうか」

真田さんはためらうことなく、本に手を触れ、開く。

……幸い、虫は出てこなかった。

「ふぅ……」

「九十九さん、ため息漏れてます」

「……っ!」

「ほら、びくびくしてないで。えっと、なになに……」


―― ■■■の日記 ――

五月十日

百合の花が咲いたころ、夫は漁に出ていった。

すぐに帰ってくるといっていたが、帰るのは明日の朝になるだろう。

早く帰ってきてほしいと願っているが、大切な食べ物を獲ってきてもらうのだ。

わがままは言えない。


「漁に出た夫の帰りを待っているように見えますね」

「この村は漁が盛んだったからね。でも、一日かけるなんて信じられないわ……」

「次のページをめくってみよう」


―― ■■■の日記(2) ――

五月十二日

夫が漁に出てからすでに2日が経った。

こういうことは珍しい。

いつもならば、昨日の朝にはもう帰ってきている。

なぜか嫌な予感がする。

私は、夫を見送る場所に一輪の百合を植えた。

夫が無事であることを祈ってだ。


「夫が帰ってこない……ね」

真田さんが物憂げにそうつぶやく。

「今じゃ、大の大人が2日帰ってこなかったというだけなら別におかしくはないですが……」

「昔は街灯もなかった時代だしね。漁に出てっていう話を聞くと、何かあったんじゃないかって心配すると思うよ」

「そうね。この日記の著者も同じようなことを思っていると思うわ」

「私、続きが気になります」


―― ■■■の日記(3) ――

五月十七日

一週間が経ったが、夫は帰ってこない。

もう百合の花もかなりの数が植わっている。

私はまだ、夫のことを信じているが、村人はもう諦めの色が見えた。

こんな簡単に死ぬことはないと言っていた夫だ。

きっと大丈夫だろう。


「これは……確定だね」

「そうね。……難破したかもしれないわね」

「……」

「まだ続きがある。もしかすると……ことの顛末がわかるかもしれない」


―― ■■■の日記(4) ――

五月二十三日

砂浜に船の残骸が流れ着いた。

はじめは、それが船の残骸だとは気づかないほど、状態が悪かったらしい。

それでも船の残骸だと特定できたのは、木に船の名前が書いてあったからだと聞いている。

その船の名前は、白波丸。

夫が乗っていた船だ。

まだ、船の残骸が流れ着いただけだ。

もしかしたらどこかで生きているかもしれない。

そんな願いを込めて、今日も百合の花を植えた。


「現実逃避ね。百合の花を植えることで自分を保とうとしている」

「なんだか悲しいです。こんなにも想われているのに……」

「彼女は悲しかったというより、悔しかったんだと俺は思うよ。……手が届かずに守れなかった気持ちは、悲しいよりも自分の無力さを痛感するから」

「……そういう……ものなんですかね……」

「さてね。彼女が実際どう思っていたかなんて、本人には聞けないんだし、わからないわよ」

「ここで日記は終わってますね。続きがあると思ったんだけどな……」

「もともと不定期に書かれているから、こまめにつけていたというよりは、気になった出来事を書いていたみたいね」

「忘れないように……ということかもしれませんね」

「そうね。この日記を書くことが彼女が夫を想う時間だったのかもしれないわね」

「でも、百合の花畑ができた理由がわかりましたよ。これで俺の調査は進むかもしれない」

「どうして?」

「この花畑が天然なのか、人工なのか。これだけでも大きく違います。前者は自然災害にかかわってきますが、後者は人が造り出したもの。伝承の発生を探りやすいんです。それこそ、この日記のようにどこかに書いてあるのかもしれない」

「他の民家も調査した方がいいわね」

「そうですね。九十九さんのお仕事も核心に迫ってきましたね!」

「ああ! もうひと頑張りするぞ!」

おお!!と大きな声を上げる俺達。

この伝承の謎に近づけた気がした、そんな時間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る