第10話

「すごいな・・・・・・」

立ち並ぶ民家の数々。

それだけでも、規模が大きかったことがうかがえる。

「予想していたよりも、規模が多いわね」

「手入れがされていない分、荒れていますね・・・・・・」

春奈さんと真田さんも口々にそうこぼす。

草が生い茂っているため、地面が見えないが、明らかに人の手が加わっているのがわかる。

規則的に並べられた民家は、どこか時間の流れを感じさせ、すこし寂しくもあった。

「適当な民家に入ってみましょう」

「適当なっていっても……大丈夫ですかね。上がった瞬間、床が抜け落ちたら洒落になりませんよ」

「そこは……運ね」

ここまで来てそれはないだろう……!

心の中でぼやく。

「大丈夫ですよ。九十九さんなら、床が抜け落ちた程度じゃ、怪我しないと思いますし」

「それ酷くない!?」

「ほら、行くわよ」

真田さんは、俺を追い越してすたすたと民家へと進んでいく。

俺達もそれに続いていこうとするのだが、なかなか前に進めない。

みるみる真田さんとの距離が離れていく。

「ちょっ……! 真田さん! 早いですよ!!」

「恭介君が遅いのよ」

……そんなことあるかっ!!

ここにきてから内心で、突っ込んでばかりな気がしてきた。

なんていうか、真田さんは自由だ。

自分の好奇心に正直というか、嘘をついていないのだろう。

だからこそ、こういう状況で動ける。

どこかその姿を、うらやましいとも思ったし、頼りがいがあると思った。

なぜだろうか。

彼女を見ていると、”あいつ”を思い出す。

俺についてきてくれと頼んできたあいつを。

結局、助けることはできなかったが、大学時代はあいつもこんな風に自分の道を進んでた。

思い出すたびに、胸が痛む。

あの事件で消えてしまった命の数々が、俺の胸を締め付けていく。

もっと早く動けていれば。

もっと俺に知恵があれば。

もっと……もっと……。

それだけが頭の中で反芻する。

時々、どうして俺はここにいるのだろうと考えてしまう。

あの業火で焼かれていた方がよかったのかとも。

そしてそのたびに、声が聞こえるんだ。

「九十九さん、大丈夫ですか?」

「春奈さん……」

この人を守らないと。

それが俺が今ここにいる理由。

春奈さんの顔を見るたびに、そう思える。

やっぱり、情けないな……。

「大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけだから」

「無理はしないでくださいね」

「わかってるよ。急がないと、真田さんに置いていかれるぞ!」

「ですね!」

俺と春奈さんは同時に笑い出す。

あんなことがあっても、こうして平穏を感じられることに、どこか安心していた。


* * * * *


「おかしいわ……!」

「一体、何がおかしいんですか?」

真田さんの姿をみつけたが、当の本人は考え込んでいるようだった。

「家具が一通りそろっているのよ。まるで、生活していたまま放置されていたかのように」

「……どういうことですか?」

春奈さんがゆっくりと尋ねる。

俺もその話には、すこし興味があった。

「普通、引っ越しするときって一通り持っていくわよね」

「ええ、まぁ」

「江戸時代ってそれがちょっと特殊でね。引っ越しをする際には、全ての家具を売り払って、引っ越し先ですべての家具をそろえるの」

「えっ!?」

今じゃ考えられないことだ。

今は引っ越し業者が、重い荷物から軽い荷物まで運んでくれるため、俺たち自身が荷物の負担が少なくて済む。

しかし、江戸時代はすべて自分が運ばなければいけなかったと考えると、それはそれで納得する。

「長屋っていう特殊な環境に住んでいたからだと思うけど……ここは少し違う」

「少し違う……?」

「今の話をするなら、家具はすべて売り払っているはず。それなのに、ここには家具が一式、そのまま放置されている」

どこがおかしいのだろう。

ここの住民が島を出たのは明治だが、江戸時代には家具はすべて売り払って、そのお金を引っ越しの資金にしていたらしい。

ということは引っ越しの資金なしで、それも家具をすべておいて引っ越したということになる。

それが意味すると事は……。

「……まさかっ!?」

「ここの住民は引っ越したんじゃない……! 追い出された、もしくは逃げ出した……」

「一体、どうしてそんなことに!?」

「私にもわからないわ……! 聞いていた情報と違う……!」

真田さんが信じられないといった様子だ。

確か、この島の住民は、明治政府から役人が来てから移住をしたと聞いた。

その話を聞いただけだと、別段おかしいところはない。

だからこそ、真田さんもそういう風に考えていたのかもしれない。

多分、彼女が見たかったのは建築物や宗教といった跡だったと思う。

それが予想以上のものがここから出てきたということだろう。

何度か経験したことがあるが、想像以上に頭が混乱する。

少なくとも、真田さんよりも冷静でいられるのは、情報が少なかったからだ。

ある程度、情報があった真田さんよりは「こんなものが……!」程度で済む。

「少し気が退けますが、とりあえずなにかないか調べてみましょう」

春奈さんが、混乱している真田さんを落ち着かせるように、そう問いかけた。

「ええ……そうね。そうしましょう」

すこし落ち着いたのか、ふぅっと一息吐くと、いつもの真田さんに戻っていた。


* * * * *


数十分後。

俺達は、それぞれ調べた結果を報告していた。

「それじゃあまずは、恭介君から」

「俺ですか。そうですね、タンスの中からいくつか着物をみつけました。サイズ的に子供用だとは思いますが」

「着物ね。春奈さんは?」

「私は日記をみつけました。中はまだ見ていません」

「和紙でできているわね。こういうものはどうやって手に入れていたのかしら……」

「わかりません。でも、この一冊だけしかありませんでした」

「わかったわ。私は、ちょっと気になるものをみつけてね」

「気になるもの?」

「恭介君が探し求めているものだと思うわよ」

真田さんはあの笑顔を浮かべる。

俺が探しているもの……。

真田さんは一体、何をみつけたというのか。

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