第9話

その日の午後。

俺は真田さんと春奈さんの三人で、草加村を探すことにした。

「地図はもらってきたんだけど……」

「どうかしたんですか?」

春奈さんが、真田さんの手にある地図を見る。

するとみるみる顔がこわばっていった。

「どうしたの?」

「えっと……とりあえず九十九さんも見てください」

春奈さんに促され、俺も地図を見た。

「げっ」

その地図が本物だとするならば、俺たちは草をかき分けていかねばならないだろう。

森ともいえる多さの木々が広がっているのだ。

並大抵の道ではない。

「ここにいても仕方がないわね。とりあえず、この分かれ道を目指しましょう」

真田さんの提案に俺たち二人はうなずく。

こうして、草加村を探す冒険が始まった。


* * * * *


「……見つからないぞ」

「……見つからないわね」

「……見つからないですね」

洋館から続く道を歩いてきたのだが、分かれ道など一向に出てこない。

まっすぐな道が一本あるだけだ。

そろそろ海も見えてくるころだろう。

「……もしかして、草で道が消えてしまったのか?」

「その可能性は否定できないわね。明治時代にあった村が、今も放置されているのなら、道がなくなってしまっていてもおかしくはないわ」

「本当に草をかき分けて進むしかなさそうですね……」

「春奈さん、大丈夫?」

「大丈夫です! これでも、山育ちですから!!」

「……」

変な自信がある春奈さんが心配になったのは、言うまでもない。

だが、せっかくやる気を出してくれたのだ。

それでも俺が止めるというのは、野暮というものだろう。

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもないよ。蛇とかに噛まれないようにしないとね」

「ですね……」

その一言で、春奈さんのテンションが、ガクッと下がる。

……失言だったか。

「この島に蛇がいるという話は聞いたことがないわ。でも、用心はした方がいいでしょうね」

「そうですね、先に誰かが行ってくれればいいんですけど……」

ちらちらと二人が俺を見る。

……本気で言っているのだろうか。

「ああ、もうわかったよ! 俺が先に行くから、二人とも、ついてきてよ!!」

「はい!」

「お願いね」

俺は、足を踏み入れると、草を踏みつけて、道のようにしていく。

一歩進むたびにかなりの負担がかかってしまうため、なかなか思うように進めない。

「やっぱ、難しいですよ!!」

俺がそう声を出し、後ろを振り返る。

そこに二人の姿は見えなかった。

「おいおい、嘘だろっ……!!」

焦りが心の中に生まれる。

遭難した?

どっちが?

難しいことを考えるな、落ち着け!!

俺は来た道を引き返す。

分かれ道の場所に二人はいた。

だが、その顔は険しい。

一体、どうしたんだ?

俺は息をひそめて、様子を見ることにした。


* * * * *


「大丈夫? 無理してない?」

「大丈夫です。九十九さんに、心配をかけるわけには行きませんから」

「どうしてそこまで……? さっきも、無理してテンション高くしてたみたいだし……」

「……赤月村の事件のことは知ってるんですよね」

「ええ……」

「私、そこで殺されそうだったんですよ」

「えっ……!?」

「お母さんも目の前で殺されちゃって……。私も捕まって、燃え盛る旅館から私を助け出してくれたのが、九十九さんだったんです。燃え盛る炎の中、たった一人で私を救い出してくれた恩人なんです。……できるわけないじゃないですか、これ以上負担をかけるなんて。ただでさえ、あの事件のことを気にしているのに、私のことを心配してくれるのに、これ以上迷惑をかけたくないんです。今日の事件だって、九十九さんがまた事件に巻き込まれるのは嫌なんです。だけど、私は足枷になりたくないんです」

「それであんな……」

「内緒にしてくださいよ。これでも私は、フリーライター・九十九 恭介の助手なんですから」

「……わかったわ」

……息を殺していた自分が情けない。

やっぱり、春奈さんは無理をしていたか。

わかってはいた。

だけど、そこまで思い詰めていたとは思っていなかった。

あれだけ一緒にいたのに、俺はどれだけ彼女に気にかけられているのか知らなかった。

いまでも赤月村の事件から立ち直れてはいない。

だけど、立ち直ろうと努力してきた。

それは、彼女も同じだったようだ。

俺が気づかないところで、彼女は立ち直る努力をしてきた。

俺だけじゃなかったんだ。

でも、乗り越えられない壁に春奈さんが直面していることは確かだ。

一人で乗り越えられないなら、俺も乗り越えられるように手助けしよう。

それが俺の罪滅ぼしになるだろうから。

「もう二人とも! ついてきてって言ったじゃないですか!!」

「ごめんなさいね。ここで待ってたら恭介君がどんな反応するかなって」

「だいたい予想通りでしたね」

「ひどっ!?」

俺は先ほどの話を聞いてないふりをする。

……これでいい。

そう思いながら、俺は春奈さんや真田さんと一緒に笑っていた。


* * * * *


「すごいな……」

目の前に広がる草、木。

それらすべてが自然のものだと考えると、それはそれで感動するものがある。

いまはそれを楽しむ余裕はないが。

後ろを振り返ると、今度はちゃんとついてきていた。

それにしても・・・・・・一体、どこまで進めば村の跡地にたどり着けるんだ?

もう1時間ちかく歩いている気がする。

「ふぅ・・・・・・」

さすがに体力もなくなってきた。

ここら辺で一息つこう。

そう思い、二人の方へ振り向く。

そのとき、俺は自分の目を疑った。

二人がいなかったわけではない。

そこに、この島の謳い文句通りなら存在しないものが、そこにあったからだ。

茅葺き屋根の、民家がそこに建っていた。

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