第7話

「これが彼の荷物……?」

部屋に入った俺の第一声がそれだった。

その理由はいたって簡単。

この旅行は二泊三日。

当然、服もそれなりに持ってくる。

だが、彼の荷物は異様に少なく、服も一着だけという感じだ。

「もともと怜君はあまり服とか気にしてなくて……」

「同じ服を着まわせばいいやっていう感じか」

そういう俺も人のことは言えない。

一人暮らしが長いと、どうしてもそういったところは適当になってしまう。

といっても春奈さんが来てからそういうわけにもいかず、ちゃんとするようになったが。

何枚か写真を撮る。

服と下着が一着ずつ。

後は本か。

ちょっと出かけてくるという感じの荷物だ。

二泊三日の旅行に来たという感じではない。

彼女の方の荷物と比べてみると、雲泥の差があった。

「えっと、ちなみに君の名前は……?」

「私は、樋口 小百合です。怜君は、本庄 怜っていいます」

「樋口さんか。えっと……申し訳ないんだけど、昨日の夜のことについて教えてくれないかな」

「……なんでですか?」

「一応、メモとっておこうかなって」

明らかに向けられる嫌悪感。

疑われている、そういう風にとらえられたのだろう。

「ごめん。でも、俺は君が犯人だって思っていないよ」

「えっ……」

「この島で、人がなくなったとしたら、確実に顔見知りの犯行っていうことになる。今回の場合は君だ。そんなわかりきったリスクを冒してまで、君がやるとは思えない。それに、彼がこの洋館から突き落とされたと考えた場合、女性は明らかに不利だ。雨が降っていたから、彼が窓を開けて外を覗き込んでいたとは考えにくい。そうなれば、窓から彼は突き落とされたと考えるべきだ。そう考えると、犯人は君じゃない」

「……」

彼女は、ぽかんと口を開けている。

う~ん、ちょっと失敗だったかなぁ……。

でも、俺自身がそう思っていないことは確かなのだから、それが伝えられたのなら良しとしよう。

伝わっている保証はどこにもないが。

「お願いだ。彼の行動を知っているのは君だけなんだ」

「……」

彼女は目をぎゅっとつむる。

何かを考え込むかのように。

「……わかりました」

「……! ありがとう!!」


―― 樋口 小百合の証言 ――

昨日は夕食を食べた後、すぐに部屋に戻りました。

怜君は、ずっとなに思い出そうとしていましたが、しばらくして何か思い出したのか、部屋を出ていきました。

帰ってくるまで待とうと思っていたのですが、寝てしまいました。

怜君が部屋を出ていったのは、雷が鳴ってからしばらくした後ですから、10時から11時の間だと思います。


「11時まで彼は生きていた……!?」

「はい。あそこで寝てなければ……!」

「いや、自分を責めることじゃないよ」

それにしても、その時間まで彼が生きていたとするならば、この洋館にいる人間のアリバイがことごとく意味を為さなくなってしまう。

向井さんが、竹富さんに報告したのが11時。

その時間、彼は部屋から出ていき、”どこか”を目指した。

そして、この洋館から転落して死亡した。

だが、彼が死んでいたのはこの洋館の入り口。

つまりこの3階から、彼は突き落とされたのだ。

そして、向井さんを除いた全員が証言した時間は午後10時まで。

そのあとは全員が、寝ていたと証言している。

くそっ! こうも話がややこしくなるとは!!

「彼は一体、何を思い出したんだ……!」

「わかりません……。何も教えてくれませんでしたから」

彼はこの島で、できることを思い出そうとした。

しかも、それは洋館の中……。

「竹富さんと、椿さんにも話を聞かなきゃいけないかもしれないな……」

彼が何を思い出そうとしたのか。

彼がどこへ向かったのか。

この事件の謎を解くためには、それを知る必要があるだろう。

だけど、彼は一体どうしてそれをしようと思ったのか。

彼女である樋口さんに、一言も告げなかったというところが引っかかる。

……言えないことなのだろうか。

とにかく、今は焦っていても仕方がない。

そう考えた俺は、樋口さんにお礼を告げると、竹富さんの元へと向かった。


* * * * *


オーナー室は1階にあり、向井さんの案内がなくても行ける場所にあった。

ドアをノックすると、中から返事が聞こえた。

どうやら、竹富さんは中にいるようだ。

俺は部屋の中に入る。

オーナー室は書斎のような風貌だった。

「おや、九十九さん。どうかしましたか?」

「竹富さんに伺いたいことがあって」

「伺いたいことですか」

「昨夜の11時ごろ、何をしていましたか?」

「……! 九十九さん、冗談がきついですよ」

「いえ、俺は本気でこの事件を調査してるんです。」

「事件に巻き込まれたことがあると言えば、今度は事件の調査ですか。あなたは一体、何者なんですか?」

「俺はただのフリーライターです。赤月村の事件に遭遇したフリーライター……といえば、聞いたことがあるんじゃないですか?

「……!」

竹富さんの顔が一変する。

それは俺が言ったことが図星であることを証明していた。

「赤月村の……」

「はい」

「確かに、事件解決に導いたフリーライターの存在があった事は知っています。ですが、これが事件と決まったわけでは……」

「俺の想像ですが、これは事件だと思います。その証拠に、窓はあいていなかった」

「窓?」

「向井さんが戸締りを確認し終え、竹富さんに報告したのが11時ごろ。それが本当ならば、11時より後に転落した本庄君が、窓を閉められるはずがない」

「葵が閉めたという可能性は?」

「向井さんは、遺体を見たショックでずっと休んでいました。俺が彼の部屋に向かうまでに、窓を閉めたとは考えにくいです」

「それよりも前に、閉めた可能性は?」

「向井さんは、朝一番に玄関前の掃除をするそうです。その日もそうだったと言っています。昨夜の戸締りから、死体発見前まで向井さんが”開いている窓”を閉めることなんてできない」

「……他に窓を閉めた可能性がある人間が犯人……ということですか」

「極端に言えば、そういうことになります」

「それで、私たちにも話を聞こうということですか」

「……お願いします……!」

ぎゅっとこぶしを握り締める。

ここで退いてしまっては、事件を解決することなんて、たぶんできないだろう。

確かに、竹富さんが思う気持ちもわからないでもない。

この洋館で殺人事件が起きた、犯人はこの中にいます、あなたも容疑者の一人ですよ。

そう言われているのだ。

見ず知らずの、しかも容疑者の一人であるフリーライターに。

気持ちがいいものではないだろう。

「……わかりました。昨夜から今朝にかけてですよね」

「はい、お願いします」


―― 竹富 雄二の証言 ――

昨夜は皆様の前で自己紹介した後、この部屋に戻りました。

それから葵が報告にくるまで、今後の宿泊者の予定などを確認して、調整していました。

11時ごろに葵が報告をしに来て、私はそのまま仕事を続けていました。

日付が変わるごろにひと段落ついたので、そのまま寝ました。

今朝は葵の悲鳴で目を覚まし、玄関に向かいました。

その間に、変な物音を聞いた覚えはありません。


机の上には、まだ書類の山が残っていて、昨日一日中やっていたという話も、あながち嘘ではないように見える。

だが、昨日の夜に”変な物音は聞いていない”という部分。

もしかすると、このあたりは重要になってくるかもしれない。

「ありがとうございます。ところで、椿さんはどこにいますか?」

「啓太なら、厨房にいるはずだ。夕食の仕込みでもしているのだろう」

「ありがとうございます」

俺は竹富さんに礼を言うと、食堂へ向かう。

あれだけ動いたというのに、まだ昼にもなっていなかった。

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