第6話

事件の調査をすると決めたからには、ちゃんとやらなきゃならない。

ならば、一番最初にすることは聞き込みだ。

「真田さん、昨日の夕食後は何してましたか?」

「昨日の夕食後は……」


―― 真田 穂香の証言 ――

恭介君達と食事をして……あなたが部屋に戻った後は、春奈ちゃんと一緒に自室に戻ったわ。

憑かれていたのか、すぐに寝ちゃって……。

雷が鳴って一度起きたけど、またすぐに寝たわ。

寝たのは……夜の9時ってところかしら。

いつもより早く寝たから、それだけは覚えているわ。


「なるほど……」

死亡推定時刻を探る術を持っていないため、彼がいつ死んだのか、それすらもわかっていない。

確実に言えることは、雨が降っていた昨夜のうちに彼は死んだということだ。

この洋館は三階建て。

正面玄関に続くまでの地面はタイルが敷き詰められていて、彼が倒れていた場所も、例外ではなかった。

断言はできないが、彼はこの建物から落下して死んだ可能性が高いだろう。

もう少し……調べた方がいい気がする。

「春奈さん、いい気分じゃないだろうけど……」

「大丈夫です」


―― 清水 春奈の証言 ――

昨夜は、九十九さんが先に部屋に戻られたので、私は真田さんと一緒に部屋に戻りました。

雨がひどかったので、時間はそれほど遅くはないと思います。

私が廊下を歩いているときは、雷が鳴っていなかったので、部屋に戻ったのは9時ごろでしょうか。

その時は別に変わった様子は特にありませんでした。

九十九さんが寝た後は、私もすぐに寝ました。


「俺と二人部屋だから、互いが夜いたことを証明できるっていうことか」

「そうですね。そういうことになります」

それが幸なのか、微妙ではあるが、アリバイを証明してくれる人がいるんだ。

悪いことをした覚えはないのに、なぜか安心できた。

「あとは竹富さん、向井さん、彼女の方……に椿さんか」

「死んだのは彼氏の方だから、彼女が一番怪しいわね」

「そうと決めつけるには、まだ早いですよ。まだ全員の証言を聞き終えたわけじゃありませんし」

確かに、なくなった彼氏とこの中で一番面識があるのは、付き合っている彼女の方だろう。

そういえば、俺たちが勝手にカップルと思っているだけで、実際は違うのだろうか。

こういうところも、実際に聞いてみないことにはわからない。

そう考えた俺は、向井さんの元を訪ねた。


* * * * *


「昨夜から今朝までのことが聞きたい……ですか」

「はい。今朝、あんなことがあってつらいでしょうけど、警察が来た時に一応と思いまして」

実際は事件を暴くためだが、そんなことを言ってしまえば変に思われる。

行動を制限されるのは困るし、変に疑いをかけられるのも嫌なので、嘘ではない程度に話しておけばいいだろう、という判断だ。

「昨夜は……」


―― 向井 葵の証言 ――

昨夜は皆様の食事をおさげした後は、コックの椿さんに任せて戸締りの確認をしました。

外は雨が降り始めていて、窓が開いていないか入念に調べたのでよく覚えています。

戸締りを確認してからオーナーに作業報告をした後、部屋に戻りました。

部屋に戻ったのは11時ごろで、朝も早いのですぐに寝ました。


「結構時間がかかったんですね」

「この洋館は広いですし、メイドも私しかいませんから……」

「そうでしたね。でも、毎日だと大変でしょう?」

「そうでもありませんよ。毎日やっていることですし、定期的に休みもありますから」

「休み?」

「ええ。夏休みとか、そういう時期ではない時にお客様を全く呼ばずに過ごす期間があるんです」

「そういう時に里帰りとか?」

「ええ……まぁ……」

珍しく歯切れの悪い返事だった。

もしかすると、聞かれたくないことを聞いてしまったのかもしれない。

「あ、すみません……」

「いえ、気にしていません……」

「それじゃあ、今朝のこともお願いします」


―― 向井 葵の証言(2) ――

朝一番に玄関前の掃除をするのが日課なので、ほうきを取りに外へ出ました。

昨夜の雨のせいか、落ち葉が張り付いていたので、ほうきを取りに行こうとした時です。

地面に倒れたあの方が……!


「もう大丈夫です。すみません、嫌なことを思い出させてしまって」

「いえ……。もういいですか?」

向井さんが嫌がっているのだけは、伝わってくる。

当たり前だ。

早く忘れたいことを聞いてくる人間がいるのだ。

嫌悪感を抱いてもおかしくはない。

……やっぱり、慣れないな……。

「あ、最後に1つだけ」

「なんでしょうか?」

「亡くなった彼の部屋はどこですか?」


* * * * *


「ここです」

案内されたのは、3階の一室だった。

目の前まで連れてきてくれた向井さんにお礼を言う。

すると、向井さんは「では部屋に戻ります」と一言告げると、その場を立ち去った。

その際、何かを拾ったように見えたが、ゴミか何かだろう。

俺はあまり気にせず、向井さんに案内されたドアを見る。

「ここが彼の部屋……か」

振り返ってみると、大きな窓があり、そこから差し込む光が廊下を照らしていた。

結構、明るいんだな。

洋館には薄暗いというイメージが俺の中であり、この洋館もそうだと思っていた。

俺は部屋から持ってきたカメラを持ちなおすと、ドアを三回ノックする。

しばらくして、部屋の中からやつれた、彼女が出てきた。

「……なんですか?」

「えっと、俺は九十九恭介って言います。フリーライターやってて……」

俺が話していても、彼女の方はただぼうっとしているだけで、俺の話を聞いているようには見えなかった。

だが、ここであきらめるわけにもいかない。

「それで、警察が来た時に写真を渡せるように撮っておきたいんです」

「……怜(さとる)君の荷物の?」

「はい」

彼の名前は怜というのか。

今思えば、俺は彼のことを全く知らない。

どこで何をしていたのか、どう過ごしていたのか。

そういった情報を全く知らないで、俺は事件の捜査をしている。

おかしな話だ。

刑事でもない俺が、ただのオカルトライターである俺が、事件を調査しているなんて。

でも、今動かなきゃ……きっと後悔するから。

「お願いします……!」

頭を下げる俺の姿を見て、彼女は深呼吸をした。

そして、静かな、消え入りそうな声で言った。

「……どうぞ」

正直、この事件の謎を解明できる自信はない。

できることをしよう。

それが、俺にできるたった一つのことだから。

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