第5話
朝食はいつにもまして無言だった。
隣に座る春奈さんが、気まずそうな顔をしている。
当たり前だ。
彼女には何も知らせていない。
向かい側に座る真田さんが、ちらりとこちらに視線を向けた。
どうやら、真田さんも同じような気まずさを感じているらしい。
今朝の悲鳴を聞いた人間ならば、気になって仕方がないことくらい、俺にだって予想できた。
向井さんは自室で休んでいると、竹富さんから聞いている。
そのせいで、ただでさえ人が少ない食堂が、余計に寂しく感じる。
この島で起きた殺人事件。
そういえば、彼女の方の姿を見ていない。
一体、どうしてだろう。
まさか……気付いているのか?
その可能性は否定できない。
遅かれ早かれ、気づかれるんだ。
今のうちに、明かしておいた方が賢明か?
そんなことを考えていると、竹富さんが入ってきた。
その顔は重々しく、何か覚悟を決めているようにも見えた。
「皆さま、昨夜はよく眠れたでしょうか」
ゆっくりと、話しだす。
その様子はまるで、これから話すことを話し始める時間を伸ばしたいように見えた。
やはり嫌なんだろう。
俺がその立場なら……きっと同じように話したくはないと思う。
せっかくゆっくりしようとここに来てくれたのに、その時間をぶち壊しにするような内容だ・
それでも、彼は話さなくてはならない。
どれだけ嫌な役割を、俺は竹富さんに押し付けてしまったのだろう。
「しかし、誠に残念なことに……この洋館でお亡くなりになった方がいます」
その一声でざわつくかと思ったのだが、全員が冷静にしている。
大まかのことは察しているのだろう。
春奈さんも、うつむきながら聞いている。
「原因はわかっていません。事故なのか、それとも……」
殺人なのか。
その一言は、竹富さんは言わなかった。
「警察は明日の連絡船が来た際に、連絡します。それまでは、落ち着いて過ごしてください」
竹富さんが、退場していく。
俺は、それをただ眺めていることしかできなかった。
「ねぇ……」
「なんですか?」
「事件の捜査、しないの?」
「……!」
真田さんのその一声に、春奈さんも俺も、ビクッとする。
確かに、俺はあの事件を捜査して、犯人を暴いた。
だが、その結果があれだ。
もう少し早く動けていれば。
もう少し決断が早ければ。
罪悪感だけが、募っていく。
もう事件のことは思い出したくはないのに、こうしてまた俺はあの事件と向き合っている。
「九十九さん……」
「春奈さん……?」
「私のことを気にしているのなら、構いません。九十九さんが思うように、今すべきだと思ったことを、してください」
「……!」
俺は、どうしてここまで彼女に気を使わせてしまうんだ。
もう、そういうのはしないって決めたはずじゃないか。
だけどいま、こうして春奈さんに気を使わせてしまっている。
伝承の調査もできていない。
それなのに事件の調査をしていたら、余計に時間は無くなってしまう。
俺は……!
「俺……事件の捜査をします! 今ここで俺が動かなきゃ……いけないんです!!」
「恭介君……!」
「春奈さん。……もう二度と、君をこういうことには巻き込まないと決めていたけど……ごめん。だけど!」
「いいんです。それでこそ九十九さんですから」
「ごめん……。そして、ありがとう」
もう二度と、あの事件は見たくない。
だからこそ、俺は逃げない。
時に立ち止まり、振り返り、そうして俺は逃げてきたけれど……。
ちゃんと前を向いて、この足で進もう。
もう、俺は逃げない!!
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