第4話

時刻は9時半。

窓をたたく雨の音は、次第に大きくなっていく。

雨か……。

嫌でも、あの日のことを思い出してしまう。

赤月村。

あの事件が起きたときも、こんな風な大雨だった。

嫌な予感が胸をよぎる。

きっと、気のせいだ。

そう思いたい自分がいるのに、その予感はどこか確信めいていた。

まるで、それを告げるかのように雷が鳴り響く。

「すごい雷ですね……」

「そうだね。明日は天気が回復しているといいけど……」

「きっと晴れますよ!」

春奈さんが笑顔で言う。

彼女がそういうと、なぜか明日は晴れるような気がするなぁ。

そんなことを思いながら、俺は目をつむる。

なぜかあの村の景色が目に浮かび、俺は眠りへと落ちていった。


* * * * *


「きゃああああああああああああああああ!」

「!?」

甲高い、明らかに女性の悲鳴が洋館に響き渡った。

「一体、何が起きたんだ!?」

俺は急いで飛び起きる。

隣のベッドでは、春奈さんが眠そうに眼をこすっていた。

「春奈さん! ここにいて!!」

俺はそれだけを告げると、部屋から飛び出す。

この洋館の中で、女性は……真田さん、春奈さん、昨日のカップルそして……。

「一階かっ!!」

俺は階段を駆け下り、向井さんを探す。

玄関の扉が開けられていて、その向こうに、座り込んだ向井さんの姿があった。

「向井さん!!」

俺は向井さんのそばまで駆け寄る。

向井さんは青ざめた顔で、うつむき、震えていた。

「何があったんですか!?」

そうたずねると、彼女はゆっくりと、正面を指さす。

ゆっくりと、俺はその方向を見る。

そこには、昨日見たカップルの彼氏が横たわっていた。

確認するまでもない。

確実に、彼は死んでいる。

それは誰の目からも明らかだった。

雨は上がっているのにもかかわらず、彼の服はずぶ濡れで、昨夜のうちからここに倒れていることは明白だった。

その証拠に、周辺には血が流れた跡が全くといっていいほど見られない。

上を見てみると、窓が開いている様子はない。

一体、彼はどこから落ちたんだ……!?

「……っ!!」

落ち着け! 落ち着けよ!!

今、何をすべきか、考えろ!!

「葵、どうし……!?」

「竹富さん!!」

「これは一体、どういうことですか!?」

「わかりません! ですが、このままにしておくわけにもいきません! 竹富さん、ビニールシートとかってありますか?」

「ええ、納屋にあったかと……」

「持ってきてください!」

「わ、わかりました!」

竹富さんは急いで、来た方を引き返していく。

納屋の鍵を取りに戻ったのだろう。

「向井さん、立てる?」

「……」

声にはなっていないが、向井さんは震えながらもゆっくり、頭を上下させた。

「中に入ろう。ここにいるべきじゃない」

俺は向井さんを支えながら、食堂へと連れていく。

近くの椅子に座らせると、もう一度、玄関の方へと戻る。

ちょうど、ビニールシートを持ってきた竹富さんと鉢合わせ、二人で彼氏の遺体を覆い、錘となる手ごろな石を置いた。

「これで大丈夫でしょう。あとは……」

「……手慣れていますね。私なんて、こんなこと初めてですから……」

「……俺も慣れたくはありませんよ。前に、事件に巻き込まれたことがあるだけです」

「事件に……。それは災難でしたね……」

「いえ、俺のことは……。今は向井さんの心配をしてあげてください。突然のことで動揺していますから」

「そうですね……では、そうさせてもらいます」

俺にそう告げると、竹富さんはなかば駆け足で、食堂の方へと向かった。

俺も中に入ろう。

ただでさえ、死体は見たくない。

それに……春奈さんには見てほしくない。

だが、この事実を隠しておくのは不可能だろう。

ふと、後ろを振り返ると、まっすぐに続く道が、果てしなく続いているように見えた。


* * * * *


「向井さんの様子はどうですか?」

「だいぶ落ち着いています。しかし、まだ震えは……」

竹富さんが心配そうな顔をする。

この島で何年も一緒に住んでいるんだ。

竹富さんの中で、家族のように思っていても不思議じゃない。

「そういえば、警察には連絡しましたか?」

「あっ!」

まぁ当然の反応だろう。

この状況下で、冷静に判断できるとは思えない。

「急いでかけます」

なんだか、さっきから竹富さんをいいように使っているような気がしてならない。

申し訳ないなぁ……。

だが、今は気にしている暇はない。

一体、彼はどうして……。

「た、大変です!」

慌てた様子で、竹富さんが駆け込んでくる。

「どうしたんですか?」

「で、電話線が切断されているんです!」

「えっ!?」

電話線が切断されている。

それが意味することは明白だった。

「警察が……来ない……!」

つまり、あの時と同じで……殺人者がいる状況で、一日過ごさなければならないことを意味していた。

「船とは連絡が取れないんですか!?」

「連絡船は、3日おきに食料と一緒に来ます。連絡手段は電話で充分だったので……」

「そんな……!」

ここは、携帯電話やスマートフォンが使えないことをうたっている島だ。

携帯を使って連絡することはできない。

頼みの綱である電話線は断たれ、この島は文字通り、絶海の孤島となってしまった。

「また……! またなのかっ!!」

俺のその叫びだけが、洋館にむなしく響いた。

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