第3話
「さむっ!?」
上着を着て出たはずなのに、風は海に近づけば近づくほど、冷たさを増していく。
既に海が見渡せる場所に来ているため、風は想像以上に冷たい。
「地図とか持ってこればよかったな……」
辺りを見回してみると、木が生えているだけで、民家のようなものは見当たらない。
無人島になったという島のわりには、舗装された形跡もなく、民家が立っているような開けた場所もない。
さっそく、調査が行き詰まりそうだった。
どうしようかな……。
いや、ただでさえ時間がないんだ。
できる限りのことをしないと、真相の解明にはたどり着けないだろう。
そう考え、俺は周りを調べることにした。
といっても、何か痕跡があるわけでもなく、調査は行き詰ってしまう。
あきらめて帰ろうとしたとき、洋館へ続く道に人をみつけた。
「あ、すみません!」
ためらわずに声をかけてみる。
女性はこちらに気付き、振り返った。
「なに?」
「えっと、フリーライターをしてる者なんですが、ちょっと話いいですか?」
「ええ、いいわよ」
女性は快く引き受けてくれた。
「この島にはどうして来られたんですか?」
「ちょっと興味があってね」
「自然にですか? 都会じゃ見られませんからね」
「普通は興味があってとなると、そうなるわよね」
「普通は?」
そうじゃないんですか? と聞こうとしたが、彼女が「もう戻りましょう」といったので、聞くことができなかった。
空を見上げてみると、日はすでに落ちかけ、遠くの方では星が見え始めている。
もうそろそろ戻らないと、帰り道を見失いそうだ。
俺は彼女の提案に同意すると、洋館への帰路につく。
どこか洋館の灯りが、とても頼もしく、温かく感じた。
* * * * *
洋館に戻ると、夕食の用意ができていて、俺はすぐに席に案内された。
食堂は、よくドラマなんかで見るような長い机にたくさんの椅子があり、天井にはシャンデリアがつるされている。
既に春奈さんは席に座っていて、俺はその隣に座った。
「調査はどうでしたか?」
「微妙かな。民家とかみつけられたらよかったんだけど……」
「民家を探しているの?」
目の前に座った女性が俺と春奈さんにそう話しかけてきた。
見てみると、俺が声をかけた女性だった。
「あ、どうも」
「知り合いですか?」
「帰り道に取材したんだよ」
「へぇ……」
なぜか春奈さんはむすっとした顔をする。
それをみて、目の前の女性は笑った。
「本当にそれだけよ。彼、私の名前も知らないんだから」
その言葉にほっとした顔をする春奈さん。
う~ん、よくわからないなぁ……。
「私は真田 穂香。大学で考古学の研究をしているの」
「考古学、ですか」
俺があきらめた分野だ。
もともと、そんなに頭がいい方ではなかったので、大学でもあまりいい成績とは言えなかった。
いまではこっちの職業の方があっているのではないかと思っているが、そんな理由もあって研究者というものをあきらめた。
実際にあってみると、端々から知的な雰囲気が出ていて、こういう風にはなれないなぁと実感する。
「ええそうよ。ところで二人とも名前はなんて言うの?」
「あ、すみません……。俺はフリーライターの九十九恭介といいます。それでこっちが助手の春奈さんです」
「清水 春奈です」
「九十九 恭介……?」
真田さんは俺の名前に聞き覚えがあるかのような反応をする。
「もしかして、赤月村の?」
「……っ!?」
やっぱり、頭がいい。
もう半年前、しかも事件に巻き込まれたフリーライターの名前など、ほとんどの人が覚えていないだろう。
よくも覚えているな、と感心する。
「そんなことは関係ないわよね、ごめんなさい」
「いえ……」
ただ、俺はそう答えることしかできなかった。
「ところで、恭介君は何がメインの記者なの?」
「オカルト系……といってわかりますか? 地方の伝承とかそういうのがメインです」
「伝承? ということは貴方も草加村を調べに来たの?」
「草加村?」
「あら、知らないの?」
「いえ……。ここに人が住んでいたことは知っています。確かに俺は、それを調べに来たんですから。ただ、草加村っていう名前を聞いたことがなくて……」
「あら、そうなの。それなら少し話さなくてはならないかもしれないわね……」
―― 真田 穂香の話 ――
ここには昔、草加村っていう小さな集落があったの。
そこの住民は、この辺りで獲れる魚を主食にして生活していたわ。
そのため、漁の技術はすごくてね。
魚もいっぱいいるものだから、特に困ることはなかったらしいわ。
明治になるまでは、ね。
明治になると、政府の役人が来て、いろいろとしたみたい。
その役人が何をしたのか、その結果としてなぜ島民たちは島を出ていったのか。
もう資料が残ってなくてね、こっちに来るしか調べられなかったのよ。
研究室の方で、私の助手が調べてくれていると思うけど……。
さすがに期待できるほどの成果は上げられないと思うわ。
そして、失われてしまった漁の技術。
この場所で根付いた文化のほとんどは明治の文明開化によって淘汰されてしまったのかもしれない。
どういう文化を持っていたのか、そして、どういう生活だったのか。
とても興味がわくとは思わない?
「……そ、そうですね……」
春奈さんがたじろいながらも、そう答える。
要約すると……
草加村という村が、明治政府から来た役人によって、島民たちは村から出ていき、その過程で村独特の文化や技術などが失われてしまったらしい。
村に伝わっていた伝承が、いまもこうして残っていることを考えると、村人たちがその伝承について思い入れがあったことがうかがえる。
しかし、それだけで終わってしまう。
その伝承について細かいことはわからないし、なぜその伝承がここまでになったのか、それさえもわからないままだ。
それを知るためには、俺も村を調べるしかないだろう。
「その草加村っていう集落の場所はわかっているんですか?」
「それさえもわかっていないの。だから、ここの地図を見ようかなと」
「なるほど……。その調査に俺も同行させてもらってもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
「ありがとうございます!」
俺は深々と頭を下げる。
これで、伝承の解明に近づいたかもしれない。
そう思い、隣を見てみると……春奈さんがジトっとした目で俺をにらんでいた。
「みなさん、本日は草加島へようこそ」
突然現れた男の人が、そんなことを言い始めた。
確かあれは、この島のオーナーじゃなかったか?
「私はこの洋館のオーナーの竹富です。この三日、ゆっくりとした時間をお過ごしください」
その挨拶が終わったのを合図に、向井さんとこの洋館のシェフだろうか、白い服を着た男が一緒に料理を運んできた。
「彼女はこの洋館のメイドである向井 葵、そして彼がこの洋館唯一のシェフである椿 啓太です」
ふたりがゆっくり頭を下げる。
そのしぐさは様になっていて、どこか高級料理店のような、そんな気がした。
その時、椿さんの目がすこし驚いたように見開いた。
しかし、すぐに元に戻り、冷静に料理を運ぶ。
俺の気のせいだろう。
そう思い、出てきた料理を口に運ぶ。
「うまいっ!!」
思わず舌鼓を打つ。
それくらいにうまかった。
しばらくして食事を終えると、俺はあたりを見回してみた。
若いカップルが一組、そして真田さんと俺と春奈さんが椅子に座り、入り口には向井さんが立っている。
意外と少ないんだな……。
この洋館の広さであれば、かなりの人数が宿泊できるのだろうが、ここにいる人数はそれほど多くない。
宿泊客は3組といったところ。
彼女たちの部屋を含めても、かなりの数が空いているだろう。
それなのに、どうしてこうも人が少ないのか。
……眠い。
なれない船旅に、取材など今日は疲れているのだろう。
俺は春奈さんにひと声かけると、部屋に戻った。
その夜は雨が窓をたたき、まるでこれから起きることを、俺に知らせているようだった。
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