第2話

「うげぇ……」

荒い波に揺られる船の上。

海を覗き込むように、俺はあえでいた。

そう、船酔いだ。

「大丈夫ですか……?」

「うぅ……こんなにも船に弱いなんて思わなかったよ……うげっ……!」

背中をさすってくれる春奈さんのやさしさに涙する余裕もなく、俺はただただ早くついてほしいと願っていた。

こんな調子で大丈夫なのだろうか……。

そんなことを考えながら、俺は目の前に浮かぶ島を見る。

遠くを見ているとなんだか船酔いが治まりそうな気がしたからだ。

草加島。

昔は人が住んでいたようだが、いつしか人がいなくなり、いつしか無人島と呼ばれるなった。

最小限しか整備されていない自然に触れることができ、電気なども泊まることになっている洋館にしかないという徹底ぶりで、かなり人気の旅行プランらしい。

今回は沢田さんのツテで参加することができたが、普通であればかなり待つらしい。

その原因として、一度にくる人数を制限していることがあげられる。

人もいない、電話もない、そんな普通の生活から離れた2泊3日にしてほしいという企画者の意図や、そもそも洋館に宿泊できる人数に限りがある……なんて話を聞いた気がする。

この島で俺は沢田さんに頼まれた"白百合の幻影"について調べなくてはならない。

街灯が全くないことを考えると、外を調査できる時間はかぎりなく少ないだろう。

日の出とともに起きて、日が落ちるとともに洋館に戻るということになりそうだ。

そうなれば実質調査できる時間は1日……。

調査できる自信が全く持てない。

そう考えたらまた吐き気がして、港に着くまで春奈さんにずっと背中をさすってもらっていた。


* * * * *


「まだ揺れている様な気がするけど……地に足がついていることがこんなにも安心するなんて……!」

俺はガッツポーズをする。

「ははは……」

春奈さんがあきれたように笑っているが、気にしない。

「にしても俺が船に弱いなんて知らなかったなぁ……もう二度と船には乗らないぞ!!」

「それじゃあ九十九さん、帰りはどうするんですか……」

「……」

突きつけられた現実に絶望する。

そうだ、まだ来ただけで帰らなきゃいけないんだ……。

そんな当たり前のことさえ考えられないくらい、疲れ切っているのだろう。

できることなら飛行機で帰りたいが、そういうわけにもいかない。

ああ、こんなことなら引き受けなきゃよかったなぁ……。

そんなことを考えながら、とぼとぼと重い足取りで、俺たちは洋館へと向かう。

ほんの少しだけ人の手が加えられた道は、田舎道というよりは登山道に近いように思える。

ところどころに木と土の階段のようなものがあり、歩きやすいようにはなっているが、それだけだ。

洋館への道が緩やかな傾斜になっているため、荷物を持っていることもあり、体力はどんどん削られていく。

洋館につくころには息は上がり、汗が滝のように流れ落ちていた。

「遠路はるばるお疲れ様でした。草加島へようこそお越しくださいました」

洋館から出てきたのは、いかにもといったメイド服を着こなした女性だった。

赤月荘の給仕をしていた春奈さんの姿が頭をよぎる。

彼女の雰囲気と春奈さんの雰囲気は全然違うが、なぜだか同じに見えてしまう。

答えの見えない違和感を抱きながら、俺はただただ立ち尽くしていることしかできなかった。


* * * * *


先ほど案内してくれたメイドさんは向井 葵さんといい、この洋館にいる唯一のメイドらしい。

冷静に、淡々とツアー客の案内をしている姿は「できるメイド」といった印象を受ける。

一人で事足りているということは、実際に「できるメイド」なのだろう。

黒をベースに、白いエプロンのメイド服はどこか現実離れしていて、俺達の世界とは違うんだと改めて実感させた。

「こちらが九十九様のお部屋になります」

「ありが……えっ?」

部屋の中に入ってみると、びっくりベットが二つあった。

「誰か一緒なんですか?」

「九十九様は二名の予約で間違いないですよね?」

「……」

そこで理解した。

俺は確かに沢田さんに2人と伝えた。。

そう、"女性である春奈さん"と俺で。

男二人だと思ったのか、彼女だと思ったのか。

どちらにせよ、事情を伝えていなかったのは確実に俺のミスだ。

「大丈夫?」

「大丈夫です。それに一緒に住んでいるじゃないですか」

「それはそうだけど……」

いまさら何を、と自分でも思う。

実際、春奈さんが俺の家に居候しているのだって理由があるわけで、好き好んで居候しているわけではないだろう。

きっと春奈さんは、嫌だと思っていても絶対に言わないと思う。

春奈さんはそういう人だ。

本当はつらいはずなのに、俺のことを気遣ってくれる、そんな人。

迷惑をかけっぱなしだな……。

俺は、春奈さんに謝罪すると、荷物を部屋に置く。

ちらっと横目に春奈さんを見てみると、嫌そうな顔をせず、むしろ楽しそうに荷解きをしていた。

まぁ楽しんでくれているのなら、それでいいか。

最近は家に引きこもっている生活ばっかりだった。

赤月村の事件は、ワイドショーなどで連日報道され、一時期はかなり話題になった。

隠ぺいされた殺人事件、それに巻き込まれた一家、村興しに発起した村。

この3つの要素が絡まりあい、引き起こされてしまった悲しい事件。

俺はフリーライターとして、春奈さんは人質になった女性として、注目が集まった。

それがきっかけで春奈さんは、報道が治まった今でも俺の家から一人で外出しない。

俺は、彼女に一体何ができるだろうか。

いつもこればかり考えてしまう。

助手として働いてくれてはいるが、もしかするとそれは、彼女なりの気づかいなのかもしれない。

やめよう、深く考えるのは。

俺はカメラを持つと、外に出た。

風は冷たく、まるでこれから起きる事件を嘆いているかのように、ただ弱々しく吹いていた。

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