第32話 決戦 上



◇◇◇


 車から飛び出した秋人は、寺島に対し怒りの声をあげながら渾身こんしんの右ストレートを放つ。

既に硬質化させてあった秋人の拳は、そのまま油断していた寺島の腹部へと命中し、後方の鉄くずの山へと殴り飛ばされていった。

 その衝撃で室内が軽く揺れ、天井からほこりが舞う。


「柊!」


 秋人はこの隙に咲夜の元へとかけ寄ると、全身に巻き付けられた鎖を目の当たりにして思わず顔をしかめた。こんなところに咲夜をはりつけにした寺島に対し、腹の底から怒りが湧いてくる。

 しかしそれを表情には出さず、優しく言った。


「待ってろ、今助けてやるからな」


「ど、どうしてここが……?」


 いつものりんとした態度はなりをひそめ、ただ困惑している様子の咲夜。それも当然だろう。発信機がつけられているわけでもないため、実質追跡することはほぼ無理なはずなのだから。

 その疑問を解決するべく、秋人が鎖に手を触れて感触を確かめつつこう告げた。


「お前にあげたお守りの中の神気ディアオーラを追ってきたんだよ。もっとも、神気ディアオーラが霧散しているのを見ると、お守りは破壊されたようだが」


 寺島が吹っ飛ばされていった方向を見れば、黒い神気ディアオーラがまだ漂っていた。投げ捨てられたか、あるいは直接破壊されたか、どちらかによって中から秋人の神気ディアオーラが飛び出したのだろう。しかし、完全に無くなってしまう前に、ここに辿たどり着けたのは本当に間一髪とした言いようがない。

 秋人は鎖を斬る為、夜叉髑髏やしゃどくろを思い切り振りおろす。

 しかし……


 キイィィィンンッッ!!


「……切れねぇ」


夜叉髑髏の切れ味をもってしても、その鎖をぶち斬ることはできなかった。かん高い金属音を鳴らし、火花を散らすだけだ。


「なんで切れねぇんだ……?」


 秋人は何度も何度も斬りつけるが、表面に傷がいくだけで鎖はびくともしない。ただの鎖でないことは明らかだった。

 寺島が何かほどこしているのだろう。

 鎖の周辺を見渡してみるが、鍵穴らしきものもない。


神気ディアオーラを吹き込んだことで、簡単には斬れなくしてある。だが、お前が本気を出せば斬ることも可能だろう。何故本気を出さない?』


 珍しく、話しかけてきた髑髏神がそんな疑問点をぶつけた。しかし、秋人はそれを一蹴いっしゅう


「んなもん、本気で斬ったら柊が衝撃で巻き込まれるだろうが……。何か、他に方法はないか?」


神気ディアオーラを鎖へと干渉させ、内部から破壊する事も可能だ』


「そんな事ができるのか?」


『ああ。ただし、失敗すれば私の神気と鏡之神スペクディアの神気が作用して大爆発するだろう』


「こわっ!」


 そんな事になれば、咲夜も秋人も一瞬で昇天してしまうだろう。

 やり方すら知らない状態でそれをやるのにはリスクが高すぎる。


 なにか他に方法はないかと探るべく、咲夜の手首にめられた鎖に手を触れようとして――


、後ろ!!」


「え?」


 切羽詰まった咲夜の声に秋人が振り返った時には、既に目の前に寺島の姿があった。


「おらぁぁあァ――!」


 横にいだ一撃が秋人を襲う。躊躇ちゅうちょなく急所を突いた攻撃だった。

 寸前のところで回避が間に合った秋人は、横にそれたあと寺島と距離を取る。

 攻撃をかわすことはできたものの、結局咲夜を鎖から解放することはできず、寺島の後方には未だ咲夜がとらわれているという状況になってしまった。


「さっきのは効いたぞ、このクソガキィ……」

 

 口元に付着した血をぬぐうと、寺島はこちらに鋭い眼光を向けてきた。鉄くずの山に突っ込んだためか、その体はほこりすすにまみれ、白いスーツは見るも無残な事になっていた。


「結構本気で殴ったつもりだったが……中々ガッツあるじゃねえか」


 メキメキと音を鳴らす自身の拳を見たあと、秋人は寺島に向けて不敵な笑みを浮かべ、こう言った。


「よう、寺島……。いや、竹中と言ったほうがいいか?」


「――なぜ、それを……!?」


 秋人が知っているという事実に、思わず動揺する寺島、もとい竹中。そんな彼に対し秋人は、


「あんたと一緒に働いてた同期の奴から情報を貰ったんだよ。竹中勇気――それがあんたの本名であり、真実の姿だ」


「…………」


 竹中が押し黙る。沈黙の肯定こうていとはまさにこの事だろう。


「しかし、相手に化ける能力か……。そりゃ気が付かないわけだ。だが、種がバレちまえばどうってことねえな。……晩餐会の夜に俺を襲ったのもお前だろ?」


 竹中が持っている鏡刃スペクルムが、あの夜襲ってきた男が持っていた武器と一致していたことが決め手となり、秋人はその判断に至った。

 すると、竹中は隠すこともせず素直に白状した。


「ああ、そうさ。あれはその辺で歩いてたおっさんに化けた俺さ」


「何故そんな事をした?」


「目障りだったからだよ。お前を排除すれば次の護衛が決まるまでの間、日中も俺がお嬢様を護衛する事になって、一緒にいる時間が増えるだろ?」


「……そんな理由の為に俺を殺そうとしたのか。なかなかイカれた発想だな」


「ひゃははは!!! ま、もっともー? 今はこいつのことなんかなんとも思っちゃいねぇけどなァ!」


 そう言うと、竹中は咲夜の顎元を撫であげた。咲夜が嫌そうに顔をよじらせる。

 そして咲夜にも聞こえるよう大きな声でこう言った。


「最後に一発楽しんだら、こいつをからすえさにでもして一杯いこうじゃんか。なぁ?」


 普段の落ち着いた様子とはかけ離れ、狂った事を言い出した竹中。

 この粗暴で下品な男こそ、こいつの本性なのだろう。


「拘束し、逃げれなくなった相手に対し暴行を加えるだけでなく、相手の尊厳を踏みにじった最低の発言……。竹中。お前をここで生かしておくわけにはいかねえな」


 そう言って秋人は夜叉髑髏の切っ先を竹中へとむけ、臨戦態勢をとった。

 しかし、そこで竹中は思いもしない行動に出る。


「おおっと! 待てよ。動けば、こいつの命はないぞ」


 そう言うと、竹中は鏡刃スペクルムを咲夜の首元へと当てたのだ。後少しでも刃を動かせば、その瞬間咲夜の首から大出血を起こすだろう。その先に待っているのは――死だ。


「お前……。自分の主になにをしているのかわかってるのか?」


 目だけで殺せそうなぐらいのえい気を込め、睨みつける秋人。そんな秋人を見て、竹中は半ば不思議そうにこんな事を言った。


「おいおい、まーってくれよ。お前こそ、なんでこいつを助けようとするんだ? お前だって、こいつからどれだけ理不尽な目にあってきたか、知らないはずないだろう?」


「確かに、全く身に覚えのない理由で解雇されたあげく、捕まりそうになった事については腹を立てたさ。そんな事をされて怒らないはずがない」


「ヒャーッハハハハ!! だよな、だよなァ!? なら、お前も一緒にこいつをなぶらないか? 俺とお前なら、こいつを人質に身代金を要求したら、一生遊べる金が――」


「けどな!!」


「あ……?」


 さえぎるようにして放った秋人に苛立ったのか、竹中は片眉を吊り上げた。


「結局それはお前がだましただけの話だろ。こいつに非はねぇよ」


「……何故だ? お前はもう、こいつに解雇された身だろ。何故助けようとする?」


「確かに、俺は解雇されたことでもうこいつの護衛ではなくなった。

――だから


「―――」


 秋人の言った事に対し、咲夜が言葉を失った。


「……ガキがかっこつけやがって」


 そう言う竹中を無視し、秋人は咲夜と目を合わせて微笑を浮かべつつこう告げた。


「柊。待ってろ、こいつを始末したらすぐに助けてやる」


 そして今度は竹中に視線をうつし、彼と対峙する。


「動けば、柊を殺すと言ったな」


「そうだ。お前がそこから一歩でも動いた瞬間、こいつの頭と胴体はその瞬間真っ二つだ。それが嫌なら、今すぐにその刀をこっちに渡せ」


「断る」


「なに……!? じゃあ、こいつが死んでもいいのか?」


「いいや。だってそういうことなら?」


 そう言うと、秋人は夜叉髑髏を地面へと突き立てこう叫んだッッ――


「俺と同化しろ、夜叉髑髏ォォォッッ!!」


 次の瞬間、夜叉髑髏の切っ先からつかを伝い、秋人の右腕へと黒い神気が肩の根元にまで巻き付いたかと思うと、巻き付いた神気がとげ上になり秋人の右腕を次々と刺していく。


「っ――!!」


 右腕に激痛が走り、思わず脂汗がにじみ出てくる。

 神気によって串刺しになった秋人の腕だったが、不思議と出血は見られなかった。ただ、刺されているという感覚はある為、少しでも気を抜けば、激痛にのたうちまわるだろう。

  夜叉髑髏は秋人の右腕に寄生するかのように一体化したのだ。

 

 ――そして、最後には秋人の顔を覆うようにして骸骨の仮面が現れる。赤く鋭い眼光が、竹中をじっと睨みつけていた。




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