第31話 真実その2

「ん……」


 次に咲夜が目を覚ました時、まず目に入ったのは、山のように積み重なった鉄くずだった。その隣には使用済みと思われるドラム缶やバケツが転がっており、風化して赤錆あかさびがこびれついている。

 周囲は薄暗く、通気性が悪いのか室内の空気は悪い。切れかけてほとんどあかりの機能を失ったけい光灯と、窓の外から見える半分欠けた月が、室内を照らす唯一の灯りだった。 

 

「…………」


 天井には錆びれた太いパイプが幾重にも連なっており、もう何年も清掃されていないのか、蜘蛛の巣が張っていたり、ねずみの温床となっていた。

 

……どこかの廃工場か何かだろうか。

 

 咲夜が最終的に至った結論はそんなものだった。

 不気味な静寂せいじゃくかもし出している中、咲夜は自分が何故こんなところにいるのか、さっきまでの記憶を読み返す。

 そこで初めて、ぼんやりとしていた咲夜の意識が清明になった。


(そうだ、私は寺島あいつに――)


 寺島に突如襲われたかと思ったら、気絶させられたのだ。その後の事は全く記憶にない。

ただ薄れゆく意識の中、寺島の張り付いた笑みが咲夜をじっと見ていたという事だけは覚えていた。

 

 状況を察するに、自分は誘拐されたのだ。

 

 だとするならば、一刻も早くこの場から逃げる必要がある。


(とにかく、ここから出ないと……)

 

 そう思った咲夜が動こうとすると、ふと手足が動かない事に気が付く。

 見れば、無機質で冷たいかせが彼女の両手両足を拘束しているだけでなく、全身に鎖が巻き付いていた。


「なに、これ……!」


 逃れようと必死に体を動かすが、ガシャガシャと金属音が擦れる音が鳴るだけで、強固な鎖はビクともしない。後継者でもない咲夜の非力な力では、引きちぎることも到底不可能だった。

 寺島は彼女が逃げるという事を最初から想定して拘束したのだろう。事実、状況を察した咲夜はすぐに逃げようとしたのだから。

 

「おはようございます。いえ、こんばんはというべきでしょうか」


 ふと、聞こえて来た男の声。

 それは、咲夜が今最も嫌っていると言っても過言ではないものだった。


「寺島……!」


 寺島が腕を組みながら、口元をゆがませ、薄ら笑いを浮かべつつこちらを見ていた。

 壁に張り付けられた状態の咲夜が彼を鋭く睨みつける。


「どういうつもり?」


「すみません。ですが、逃げられると少々面倒なので拘束させていただきました」


「今すぐ拘束こうそくを解きなさい」


 強く命令するも、寺島は笑みを浮かべたままだ。

 更にこんな事を言った。


「それはお嬢様の返答次第ですね」


「はぁ……?」


 ふざけた事を言う寺島に、咲夜は苛立ちを隠せない。

そんな彼女を気に留めることなく、寺島はゆっくりとこう告げた。

 

「お嬢様、


 彼の言葉に、咲夜は思わず硬直してしまう。

 あまりにも話が飛躍していたからである。

 だから、寺島が言っている言葉の意味を理解するのに数秒を要した。

 やがてその意味を理解すると、まるでゴミでも見るような瞳で寺島をみつつこう告げた。


「あんたついに脳がイカれてしまったようね。人を気絶させ拉致したあげく、こんな廃工場に拘束して……。挙句の果てには結婚しろ……? ふざけるのも大概にして!」


 憤慨した咲夜の容赦のない物言いに、そこではじめて、笑みを絶やさなかった寺島の眉がぴくついた。


「私は、初めて会ったときからずっとあんたの事大嫌いだったわ。特にその張り付いた仮面のような笑い。どれだけ怒ってもニコニコしているあんたがとにかく気持ちが悪くて仕方がなかった。

 それとね、あんたが表面上取りつくろっていることなんて全部わかってるのよ。?


 圧倒的に不利な状況であるにもかかわらず、咲夜の挑発的な言葉。

 寺島からふっと笑みが消える。

 やがて、大きなため息をつくとその瞳が一転し、ぎらついたものに変わった。


「……なんだ、バレてたのか。ちっ……だから笑うのは苦手なんだよ」


 今までのような敬語ではなく、粗暴な物言いで話す寺島。 

 これが彼の本性なのだろう。

 しかし、彼女にとって今はそんなことはどうでもよかった。


「こんなことをしてどうなるかわかってるんでしょうね?」


「あぁ?」


 寺島の片眉が吊り上がり、咲夜を睨んだ。


「お前、今自分がどんな状況にいるのかわかってんのか? まずは、自分の身を心配したらどうだ?」


 そう言っていやしい表情を浮かべる寺島に、咲夜は舌打ちする。

 

下衆げすな男……。こんなことでもしないと自分が優位に立てないなんて、まるで臆病者ね」


「なんだと……?」

 

 表情が一変し、彼の顔が怒りに染まった。


 そして、次の瞬間――


 パァンーー!!


 咲夜の左ほほに鋭い痛みが走った。


「っ…………!!」


「あーあ、手が滑っちまったわ。わりぃわりぃ」


 じんわりと広がる鈍い痛み。

 左ほほに熱がこもり、赤くれた。


「もしかしたら次は手が滑って心臓を貫いてしまうかもしれないけど、その時はごめんな!」 


「くっ……」


 その言葉に、咲夜はただ寺島を睨みつけることしかできなかった。

 何もできない自分に悔しくなり、涙が出そうになる。

 

「……まだ牙は折れてないか。まあいい……。

 あ、そうだ。冥土の土産に教えてやるよ。なんで俺がこんな事をしたのかをな」


 そんな事、咲夜は興味がなかったが、拘束されている以上聞くしかない。

 寺島は、腕を組むと静かに語り始めた。


「……俺は元々売れないホストでね。顔がかっこいいわけでもなければ、仕事はとろいし、客を喜ばせる話術を持っているわけでもない。だからすぐに辞めようと思った。

 だが、当時俺には。それを返すため、辞めるにも辞められない状況だったのさ」


 咲夜はホストというのが一体何なのかよくわかっていなかったが、要は借金を返すためには金を稼ぐ必要がある。だから仕事を辞めるにも辞めれない状況だったのだろう。


「けどな、そんな俺にも優しくしてくれる先輩がいた。そう、


 ――え?

 咲夜は、寺島が言った言葉に眉をひそめる。

 自分の事をまるで他人の事のように話し始める寺島に理解が追い付かなかったのだ。

 しかし、寺島は説明をさらに続ける。


「あいつは俺がどれだけ周りから怒られても、なぐさめてくれたしかばってもくれた。

 僕も頑張るから、どうにかして借金を返していこうって。何ていいやつなんだ、と、俺はあの時確かに感動した……。

 。

 ……ある日、帰り道に俺は草むらで面白いものを見つけた。そう、それこそが俺が後継者となるきっかけである、この鏡刃スぺクルムさ。鏡之神スペクディアとなのる神のおかげで俺は姿


 そう言うと、寺島は腰に差した剣を抜く。

 そして、目をつむらせて何か呟いたのち、剣を思い切り振った。

 すると、次の瞬間彼の輪郭りんかくはぼやけ、やがて全く見たことのない人物へと姿が変化した。

 ――更に、老婆、若者、子供など、次々とその姿が変化していく。

 まるで手品でも見ているかのような錯覚におちいり、驚きに目を見張る咲夜。

 寺島は最後に再び元の姿に戻ると、こう続けた。


「早速、俺は寺島に変身した。冴えない顔だった自分が、生まれ変わったような気分だった……。

嬉しくて、絶頂すら覚えるほどに気分の高揚した俺は、家を飛び出し、その道すがら彼女を見つけて声を掛けた。自分が寺島の姿であるという事を忘れてな。

……だが彼女は何故か寺島の事を知っていた。しかも話を聞いているうちに俺はとんでもない事を知ってしまった」


 そこで寺島の表情が重く、暗いものへと変化した。

 そして拳をギュッと握り締めると、吐き捨てるようにしてこう言った。


「あろうことか彼女は俺があげた金を寺島にみついでやがった。寺島はそれを知っててわざと俺をかばうようなふりをしていたのさ。……みつ!!


 憎しみの感情を隠しもしない寺島。心なしか息も荒い。それだけ彼が恨みを抱いているという事の表しでもあった。


「なら、……」


 咲夜が目を細め、恐る恐る聞くと寺島はあっけらかんとこう言った。


「ん? 殺したよ? ……彼女と共にな!! ひゃはははは!!!」


 ケタケタと不愉快になる笑いをあげる寺島。


「いやぁ、あの時はたまらなかったなぁ。あいつ、自分の顔をした俺に命乞いをするんだぜ? 傑作けっさくすぎて腹がよじれるかと思った!」


「あんた狂ってる……」


 例え憎い相手とはいえ、殺すなど正気の沙汰さたではない。

 目の前にいる人物は寺島安広ではなく、ただの殺人鬼だ。

 思わず全身が身震いするような恐怖を感じるが、咲夜はそれを表には決して出さない。

 恐怖を寺島に悟られてしまえば、彼は更に図に乗るからである。

 咲夜は精いっぱいの虚勢をはりつつ、声をあげてこう言った。


「あんたなんか、あいつがすぐに倒してくれる。そうなれば、あんたは終わり――」


 しかし、言いかけてすぐに閉口した。

 寺島は咲夜が閉口した理由をすぐに察したのか、首を傾げ馬鹿にしたような表情を

見せながら、


「ほう……。あいつ、とは一体誰の事かな? もしかして秋人君かなぁ?」


 と言ってケタケタと笑った。知っていてわざと聞いてきたのだ。


「確かに、秋人君ならばこの状況を打破できるかもしれない。けど、そんな秋人君をお嬢様は一体どうしたんだっけ?」


「…………」


 黙り込んでしまう咲夜。

 何故なら、自分を助けてくれていた秋人は咲夜自ら追い出したのだから。

 結局あの後、秋人の言い分も聞かずダニエルと寺島に秋人を捕らえるよう命じた咲夜。しかし、寺島が取り逃がしたという事を聞き、怒った咲夜はその場で寺島を解雇した。

 しかしその直後逆切れした彼によって、咲夜は誘拐されここへと閉じ込められ、今に至る。

 

 ――と、そこで咲夜は、ある重大な事に気が付き、顔を青ざめさせた。


 それは、寺島が他人の姿に成りすませるという能力を聞いた時から感じていた違和感だった。


「ちょっと待ちなさい……。まさか、あの映像……」


 そして咲夜は一つの結論にたどり着いた。

 あの映像に映っていのは、本当に秋人だったのか?

 冷静になって考えてみれば、秋人が咲夜の物を盗る理由などないはずだ。寺島が、妹の治療費を稼ぐためにやった……と言っていたが、もしそうだとするならば、おかしい点がある。

 それは、秋人が咲夜の護衛にいた初日の、学園での昼休みの事。


『ふーん。なら、今すぐ3億包むから辞めてくれって言ったらあんたはどうするのかしら?』


『……残念だが、それは承諾しょうだくできない』


『どうしてよ。今、お金が必要って言ってたじゃない。辞めるだけで3億が手に入るのよ?』


『確かに俺には金が必要だ。しかしそれは対価じゃなくてもはや贈与だ。そんな汚い金にも等しい金は俺は受け取らない。それが例え俺にとって甘美のような誘いであったとしても、だ』


 ……秋人はこんな事を言っていた。

 もしも、なんとしてでもお金が必要な状況なら、わざわざ盗みを働くリスクなど犯さず、あの場で頷いていたはず。しかし彼は断った。

 それにもかかわらず、あんな事をするのだろうか。

 あの時は感情が少々荒ぶっており、冷静な判断をしていたとは言い難い。しかし、改めて考えてみると、不自然な点がいくつも浮かび上がってくる。


 咲夜が徐々に勘づき始めたことに気付いた寺島が、ついにこう言った。


「ご名答。!」


「――あ、あぁ……」


 そして、疑問は確信へと変わり、咲夜はその真実に打ちのめされた。

 秋人は、最初から何も悪くなかったのだから。


「……いやぁ、見てて愉快だったぜぇ? 昨日まで信頼を置いていた相手に対して、いきなりあの仕打ち。まさに鬼畜の所業! ハハハハ!!」


 馬鹿にしたような笑いが、静かな室内にこだまする。


「そうやって他者を排斥はいせきし続けた結果が今のお前だ! アーヒャッハハハハ!! 誰からも助けを得られず、こうして俺みたいなどうしようもないくずに殺される。……でも、構わないよな? それがお前の望んだ結果なんだもんなァ!?」


 咲夜の長い髪を掴み上げ、もう片方の手で両手首を握る寺島。

 鼻息のかかる距離にまで顔を近づけると、目を極限にまで見開かせてこう言った。


「けれど、ただじゃ殺さねえよ……。俺もお前の振舞には心底イラついてたんだ。よくもまぁ散々俺の事を罵ってくれたな……?」


 そう言うと、髪を思い切り引っ張った。


「っ……!!」


 髪を強く持ち上げられ、鋭い痛みに咲夜が顔をしかめる。それを見た寺島は、心底嬉しそうな顔を浮かべて言った。


「俺は他者を寄せ付けず、気高いお前の事が好きだった。けれど、それがぽっとでの野良犬に心を許しかけるなんてな……。失望と同時に怒りが湧いたよ。、何故あいつをってなァ!

 ……だから、誘拐して自分のものにしようと思った。けど今考えたら、なぜもっと早くこうしなかったんだろうな?」


「ッッ!!」」


「ヒャハハハッッ!! いいよ、その今すぐにでも噛みついてきそうな鋭い目……。それだけでイってしまいそうだなァ……。でも残念だけどお前はもうここで死ぬのは確定なんだよ。そうだなぁ……犯しまくった後に切り刻んでカラスえさにでもするのはどうかな?」


「…………」


「その様子を酒のさかなにして観賞するってのも乙なもんだよなァ?」


「……どこまでも下衆な奴」


「あぁ、何だってェ?」


 握られている両手首の握力が高まり、既に痕が付くほどになっていた。


「そうやって言えば私が泣いて命乞いでもすると思った? 馬鹿ね……私は絶対あんたに屈しない」

 

「そう言う割には声が震えてるぞ? 本当は怖いんじゃないのかぁ?」


「違う! これはただの武者震いよ」


 本当は今すぐにでも逃げ出したいぐらい、全身の底から震えが止まらなかった咲夜だが、気持ちで負けてはおしまいだ、と精一杯虚勢をはる。

 寺島は再び張り付いた笑みをうかべながら、


「ま、ここまで強気なぐらいが丁度いい。さーってと……とりあえずまずは1回楽しんで――んっ?」


 と言って彼が鏡刃スぺクルムを振りかざそうとした時、寺島は咲夜の一点に視線を止めた。


「何だこれは?」


「あ――それはっ」


 咲夜の服のポケットから出ている紐を取ると、寺島は、


「お守りか? こんなもの持ってても意味ないってーのによっ!」


 といって咲夜のお守りを投げ捨てた。

 すると、お守りが消えた鉄くずの山から、寺島が何かを感じ取る。

 

「黒い神気……? なんでそんなものがここに……」


 衝撃が加わったせいか、秋人が込めた神気がお守りから漏れ出てしまったようだ。


「確か、この神気はあきひとのもののはず……それが一体どうして――」


 寺島が、疑問に思っていたその時。


 ――パリイイイイィィィンンッッッッ!!!!


「ッ!?」


 突如、ごう音と共に窓ガラスが突き破られたかと思うと、そこから黒いバンが飛び出してきた――!


「寺島あああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」





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