第30話 追跡


 秋人は夜叉髑髏を召喚すると、街灯を伝った後屋根まで一気に跳躍しひたすら走り続けた。風を切るような速さで屋根と屋根の間を跳躍し続け、目的地――咲夜の屋敷へめがけて一直線。


「っと、そうだダニエルに連絡――」


 風で髪がなびくのを感じつつ、ポケットから携帯を取り出してすぐにダニエルへとかける。

 

 だが……。


『おかけになった電話をお呼びしましたがお出になりません』


 いつもならワンコールで出るダニエルだが、今日に限って何度掛けても全くつながらなかった。


「こういう時に限ってなんで出ねえんだよっ」


 結局、彼と電話でコンタクトを取ることは諦め、携帯をしまった。

 既に日は傾き始め、遠くの山奥へと太陽が消えていこうとしている。

 秋人は自身が持つ最大限の速度で咲夜の屋敷へと向かっていき――およそ数十分後、ようやく屋敷周辺にたどり着いた。


「ぜぇー……ぜぇー……」


 夜叉髑髏を召喚していくら身体能力が上がったからとはいえ、全速力で走り続けたため息切れしてしまった秋人は、吹き出る玉のような汗を拭いながらもどうにか門前にたどり着く。


「開いてるじゃん……」


 門は半分だけ開いており、警護する門番もいないためか侵入者を阻むものはなくなっていた。

 明らかに異変が起きているという事を感じつつ、中へと入る。

 

 ――すると、花壇の傍で仰向けになって倒れているダニエルがいた。

 

「ダニエル!」


 足早に駆け寄ると、秋人は彼の体を軽くゆする。

 ダニエルのグラサンは割れ額からはうっすらと血を流していたものの、それ以外に外傷はみられなかった。

 秋人の言葉に、ダニエルはゆっくりと目を開ける。


「……お前か」


 話せるほどにはまだ体力が残っていたようだ。

 ダニエルは、痛そうに下腹部を抑えながらゆっくりと上半身を起こす。


「何があった?」


 秋人が言うと、ダニエルは俯きながらぼそりと言った。


「……寺島だ。奴がお嬢様をさらって逃げた」


「逃げた?」


「ああ……。お嬢様がお前を捕まえることができなかった事を聞いて寺島を解雇にした。すると突然奴が逆上し、我々の脅しにも全くおくすることなく抵抗して逃げたのだ……」


 遅かったか……と、おもわず舌打ちをする。

 後少し気付くのが早ければ、寺島から拉致される事を防げたかもしれないが、それももう後の祭り。反省は後にして、今はどうやって状況を打破するという事を考えるのが先決だろう。

 ダニエルも必死で戦ったのだろうが、後継者とただの人間では力量差が違いすぎる。殺されなかっただけ運が良かった、と不幸中の幸いを今は喜ぶべきだ。


「ところでお前こそどうしてここに……? それに遅かったとは……?」


 その言葉に、秋人は強調するようにして語気を強める。


「ああ、わかったんだよ。寺島の正体も、あの映像が誰かという事もな」


そして、寺島の能力が何であるという事も……。


「あの映像に映っていたのは、


 ダニエルの目が少しばかり見開かれ、続いて納得がいったのか息をついた。


「そうか……」


 あまり驚いていないことを見るに、どうやらダニエルも今回の件については疑問を抱いていたようだった。

 今朝秋人が逃げた時、深追いしなかったのもきっとその時から既に懐疑的だったのだろう。だが、それでも寺島が犯人だという事までには至らなかったようだ。もしも彼が犯人であると疑っていたとすれば、事前に対応をしていたはずなのだから。


 ダニエルは血と泥にまみれた手で秋人の手を掴むと、懇願こんがんするようにしてこう言った。


「吉良 秋人……お前を追い出した私が言うのも甚だしいのは承知の上だが頼む、お嬢様を助けてくれ……。

お嬢様は一見気丈に振舞っているが、その心はとてももろいのだ……。

元々とても明るくて笑顔の絶えないお方だったが、今のお嬢様に心からの笑顔というのは見られない。

 お前も、護衛していてわかっただろう。お嬢様が他人と一切かかわりを持とうとしないことに」


「ああ。それは痛感した」


 何か事情があるんだろうな、ということは秋人も薄々感じていた。しかし、そんな事を直接彼女に聞いたところで教えてくれるはずもない。下手をすれば嫌われる可能性すらあったため、そんな簡単に聞き出すことはできなかったのである。


(つっても、元々嫌われてたっぽいけどな)


 ダニエルは秋人の手を離しゆっくりと立ち上がると、砂ぼこりを手で払いつつ言った。 


「お嬢様が他者との距離を置くようになったのは、彼女の両親、そして――彼女を護衛していた女性が亡くなってからだ」


「え――?」


 突如語られた、新事実に思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

 咲夜の両親が亡くなったという事は秋人も耳に挟んでいたが、護衛をしていた女性が亡くなったというのは初耳だ。

 ダニエルは空を見上げながら目を細め、思い出すようにして説明し始めた。


「お嬢様は大切な人を失い、たいそう心を痛められた。学園にもいかず部屋に引きこもるようになり、毎晩泣いていたのを今でも覚えている。食事を出してもほとんど手を付けず、栄養失調が懸念される程だった。

――そんなある日。お嬢様は今までの落ち込みぶりが嘘のように、いつものように学園に行き、生活するようになった。

 最初は泣いて気持ちを発散させ冷静になった事で、気持ちに踏ん切りをつけたものだと私は思っていた。……だが、それはただの思い違いだった」


「思い違い?」


「それまでは明るく、周囲からも慕われていたお嬢様が突如皆との距離を置くようになったのだ。更に、言葉遣いも辛辣しんらつなものがみえるようになった。そのせいかお嬢様の周りには次々と人が減っていった。

 何故そんな事をしたのかは私にもわからない。ただ、私はこう思うのだ。……お嬢様は当時の心の傷は完全には癒えておらず、未だ何かにおびえているのではないか? と」


 秋人はダニエルの言葉にただ黙って真摯に聞いていた。

 いつものように茶化したりなどはせず、その表情は真剣そのもの。


「だがそんなお嬢様が変わり始めたのも、全ては吉良秋人。お前がやってきてからだ。それまで、絶対に心を開くことのなかったお嬢様が、お前にだけは心を開きかけていた」


 そう言うと、ダニエルの手に力がこめられる。彼の目からは、本当に咲夜の事を心配しているということがありありと伝わってきた。

 源蔵の犬だと罵っていた咲夜。今の彼を見ても本当にそう言えるのだろうか。


「お前ならお嬢様の心の傷を癒せるかもしれないと私は期待していた。

……だが、そんな矢先に台無しにすることが起きてしまった。そのせいで、お嬢様は以前より更に深く心を閉ざしてしまった……」


 寺島のせいで秋人が冤罪を被ることになってしまった事だろう。

 どうして彼がそんな事をしたのかはわからない。だが後できっちり問い詰める必要があるだろう。……それが例え力づくになったとしても。


「事情は大体わかった。そしてあんたが柊の事を大事に思ってるっつーこともな」


 目を瞑っていた秋人は、目をカッと見開くと、胸をはって告げた。


「俺は柊の護衛だ。あいつの口から直接解雇という言葉を聞かない限り、例え追い出されようとも俺はあいつを護る。だから心配すんな。さくっと終わらせてハッピーエンドといこうじゃないか」

 

 軽く笑んでいう秋人に、ダニエルがふっと笑う。


「……そうだな。だが、どうやって寺島を探し出せば……」


「それについては恐らく問題ないだろう」


「何か、策があるのか?」


「ああ。こんな事もあろうかと思ってな」


 念を押していた事がどうやらここで生きてきたようだ。

 夜叉髑髏を地面に突き立て、硬く目を閉ざした秋人は全神経を頭の一点に集中させる。

 秋人が咲夜に渡したお守りを彼女がまだ持っていたとすれば、そこから漏れ出る神気ディアオーラを辿っていくことも可能だからだ。

 何故そんな事ができるかといえば、秋人の神気ディアオーラは他の後継者とは違い黒く染まっているため、他とは感じ方が違うのである。


「………………」


 捜索範囲を半径1キロ、2キロ……と徐々に拡大させていく。距離が離れる程、神気ディアオーラを感じにくくなるうえ他の後継者の神気も混じってくるため、より高度な技術を必要としたが、秋人はどうにかやりこなす。

 額に冷や汗を滲ませつつ、捜索すること数分。


「――いた」


 ここから北東15キロ程先から、わずかな神気ディアオーラの流れを感じ取った秋人は夜叉髑髏を持ち上げる。


「ダニエル。車を出せるか? あんたが無理そうなら他の奴でもいい」


 するとダニエルは首を横に振る。

 しかしそれは否定という意味ではなく、


「いや、私が出そう。この程度の傷で私が休むわけにもいくまい。……門の前で待っていろ」


 頷くと、秋人は門前で待機する。

 程なくして、黒のバンに乗ったダニエルが姿を見せた。秋人は助手席に乗り込むと、


「今はとにかく北東に向かってくれ。その後の細かな道案内は俺がする」


 と言いつつ夜叉髑髏を膝の上へと乗せる。


「了解した」


 そう言ってダニエルが思い切りアクセルを踏み込んだ。

 法定速度など知ったこっちゃないといわんばかりの速度で公道を爆走する。


「……待ってろ柊。今助けてやる」


 今はただ、咲夜の身に何も起こっていないことを祈る秋人だった……。



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