第29話 真実


「行方不明……?」


「ああ。この件については、竹中と同期だった人の方が詳しい。今から呼んできても構わないか?」


「ああ」


 秋人がそう言ってうなずくと、寺島は一度部屋の外へと出た。

 そして数分後、1人の男が中へと入ってくる。

 香水の匂いがきつく、り上がった目とツンツン頭が特徴的な、チャラそうな見た目をした細身の男だった。


「紹介するよ。桜井先輩だ」


「おう、竹中の話が聞きたいって陽ちゃんから聞いたからやってきたぜ」


 桜井という男は、ソファーにドカッと腰かけるとすぐに語り始めた。


「事情は大体陽ちゃんから聞いてるよ。あんた、今寺島さんと一緒に働いてるんだってな」


「一緒にというか、交代で護衛をしているだけだな」


 寺島と一緒に仕事など、考えただけでも息が詰まる。もし一緒に仕事をするとなれば、鬱陶しいぐらいに小言を言われてストレスがたまるだけだろう。


「そうか。……あ、ちょっと煙草たばこを吸わせてくれ」


 そういうと、桜井は煙草に火をつけて吸い始める。

 副流煙がただよい、秋人の表情が一瞬ムッとなる。


「ま、寺島さんの事は一旦置いておくとして……。竹中の事だったな。

あいつははっきり言ってどうしてホストに入ってきたのかわからないぐらい使えない奴だった。顔がかっこいいわけでもなければ、トークがうまいわけでもない。仕事はどんくさいし、客と喧嘩になることすらある。はっきり言って、なんでクビにされないのか不思議なぐらいだった」


 煙草の灰を落とし、あご元を撫でながら言う桜井。その表情はどこか険しかった。きっと彼は竹中という男の事をあまり好いていないのだろう……そんな雰囲気だった。


「だが、竹中がクビにされなかった理由は寺島さんが奴の事を気に掛けてくれていたからだ。そのおかげで色々と揉めたそうだけどな。

 ただ俺はなんで寺島さんがああまで竹中を気に掛けていたのか今でもわからねえ……」


「それで、その竹中とかいう奴が行方不明になったことについては?」


「ああ、そうだったな。確か寺島さんが辞めさせられた次の日からだ、竹中が来なくなったのは。最終的には警察に捜索依頼を出したが、今でも見つかっていない」


「それは不自然だな……」


「だろ? ただ、まあ俺は一つだけ気になってる事があるんだよな」


「気になってること?」


「寺島さんが辞めさせられる直前の事だよ。普段なら絶対にしないようなミスをするわ、いつものトークのキレが無くなるわ……。それで最終的には客とめて退場さ。俺達はその光景を見た時目を疑ったよ」


 それは先程陽介が言っていた事と同じ内容だった。

 それほどまでに寺島は周囲からの評価が高かったのだろう。だからこそ、そんな出来事を目撃して驚愕きょうがくしたのだ。

 桜井は煙草を灰皿に擦り付けると、腕時計を確認したのち、


「俺が知ってるのはこれぐらいだ。もう行ってもいいか?」


「ああ。仕事中なのに済まなかったな」


「別に構わんさ。……ところであんた、中々端正な顔立ちをしているな。その鋭い目つきはきっとコアな客からの支持を受けるかもしれねえ。よかったらここで働いてみる気はないか?」


「あいにく俺は護衛をやっているんでな。それに、ここは少々臭いが合わなすぎる」


 手をひらひらさせながら言うと、桜井は、


「そうか、残念だな……。あんたなら結構いいところまで行けると思ったんだが。ま、気が向いたらいつでも来てくれ」


 そう言って部屋を後にした。

 

(……やっぱなーんか突っかかるんだよな)


 何か重要な事を逃していないかと秋人は疑念を強めていた。

 寺島の乱心と、竹中の失踪……。

 果たして両者の事件のタイミングは本当に偶然なのだろうか。だとすれば、あまりにも不自然すぎる。


(これは調べる必要があるな……) 


 秋人がそんな決心をしたところで、陽介が時計を見ながら言った。


「俺もそろそろ仕事に戻らないといけないわ。秋人はこのまま家に帰るのか?」


「いいや、ちょっと行ってみたいところがある」


「行ってみたいところ?」


「ああ……。悪いが


「竹中の……? 教えてもいいけど、行っても誰もいないはずだぞ」


「それでもいい」


「わかった。ほらよ」


 そう言うと、秋人は住所の書かれた紙を受け取った。

 その後、陽介も仕事に戻るとのことなので秋人はクラブを後にした。

 

 

◆◆◆



 「えーっと……ここか」


 紙を見ながら陽介に教えられた住所へと向かうと、そこは秋人のりょうよりも遥かにボロいアパートだった。壁にはところどころヒビが入っており、植物が生いしげっている。更に厄介なのはそこら中にあふれたゴミの山である。生ゴミではないので臭いなどはほとんどないが、外観は最悪だ。

 こんなところに本当に人なんて住んでいるのか? と一瞬疑ってしまう程だった。

 ギシギシと音が鳴る階段を上がり、2階へとたどり着いた秋人は竹中の部屋の前で止まる。


「中に人の気配はない……か」


 桜井の言っていた通り、やはり部屋の中はもぬけのからのようだった。

 念のため、ドアノブを回してみる。

 すると――


「開いた……」


 油が切れているのか、キイィィという音を立てながらドアがゆっくりと開いた。

 中へと入ってみる。


「何もないな」


 まるで独房かと思うぐらいに狭くて殺風景な部屋の中には、何も物は置かれていなかった。壁には染みがあったり、ふすまが破れていたり、窓枠がとても小さかったりと、住むにはとても苦労するだろうと思わせる部屋だった。


「おまけに風呂もねえのか」


 トイレにはカビが生えており、衛生環境も良くはない。その上、便器の横にはゴキブリの死骸があった。


「うげ……」


 一刻も早くこの部屋から出たいと思った秋人だったが、一応何かないか確認だけしておく。

 まるで夜逃げでもしたかのように、手掛かりなどは綺麗さっぱりなくなっていた。

 これ以上何もない事を確認した秋人は、部屋を後にする。


「なにかわかると少し期待していたが、本当に何もなかったな」


 とりあえず、今日のところはここまでの方がよいだろう。あまり動きすぎると、寺島達に見つかってしまう可能性がある。

 彼らは今、咲夜の命令で動き回っているはずなのだから。


「とはいえ、これからどうすっかな」


 まさか自分が追われる身にはなると思っていなかった。

 結局なんで自分が映像に映っていて犯行をしていたのかもわからないままなのだ。

 

「学園にも行けねえなこりゃ……」


 秋人がこれからの事を考えて憂鬱になっていると、不意に隣の部屋のドアが開いた。


「ん……? 誰じゃあんたは」


 そこにいたのは、藍色の甚平じんべいに下駄という珍しい服装をした白髪のお爺さんだった。手にはゴミ袋を持っていることからゴミを出しに来たのだろう。

 

「あんた、ここの住人か?」


「じゃなかったらこんなところにいないじゃろ」


「それもそうだな。じゃあちょっと聞きたいんだが、ここに住んでた竹中 勇気って男を知っているか?」


「知っとるよ。気の弱そうなえない青年じゃろ? もういなくなったみたいじゃが」


「最後に見たのはいつだ?」


「いつじゃったかな……。1ヶ月ぐらい前だった気がするの」


「その時、何か変わったことはあったか?」


 秋人の尋問じんもんに、お爺さんは年季の入ったしわをさらに深く刻みながら考えこむ。

そして数十秒後、何かを思い出したのか手を打つとこう言った。


「……そういえば夜中に突然大声で笑いながら叫んだ時があってな。ここの壁は薄いもんじゃから、少しでも大声を出されると、すぐに音漏れしてしまうんじゃ。

 あまりにうるさいもんじゃから注意をしようと玄関から外に出た時、彼の部屋の扉が開いての。ぶつぶつと独り言を言いながら、どこかに行ってしまったんじゃ」


「その時、なんて言ってたんだ?」


「1ヶ月も前の事じゃぞ、覚えていると思うのか?」


「そこが一番肝心なんだよ。頼む、頑張って思い出してくれ」


「そう言われてもの……」


 やはり1ヶ月も前の記憶になると思い出すのも大変なようで、お爺さんは独り言までは何を言っていたか思い出すことは無理なようだった。

 重要な手掛かりになると思っていた秋人にとって、落胆は大きかった。

 残念そうにため息をついた後、秋人が、

 

「そうか……。足を止めて悪かったな、それじゃ――」


 と言ってその場を後にしようとした時。


! だよ」


「――え?」


 突如聞こえて来た低い声に、秋人は振り返る。


 すると、屋根の上から男が顔だけをこちらにのぞかせていた。

 男はそのまま飛び降りようとするが、ズボンのすそに足を引っかけてしまい、そのまま2階の屋根から地面に激突する。


「お、おい大丈夫か?」


「いててて……。そろそろこのズボンも駄目だなぁ」


 頭から落ちたはずなのにほとんどダメージを受けていないのか、むくりと立ち上がると階段を上り、こちらにやってくる。

 

「あんたは確か……」


 ぼさぼさの頭に無精ひげ、くたびれた青いジャージにボロボロの長ズボンに、極めつけはサンダルといった、まるで浮浪者のような恰好かっこうをした青年。

 そしてその青年には見覚えがあった。


「よっ。こないだは悪かったなぁ」 


 片手を挙げながらそんな事を言った青年。

 こないだ……と言っていることからあれで間違いないだろう。

 

「やっぱりか。確か……伊賀地といったか」


「おうよ。伊賀地いがぢ 拓亜たくあっていうんだ。よろしくな」


 一見老けて見える伊賀地は、以前風之神の後継者である男子生徒を回収する際に現れた、PECのうちの1人だ。

 あの時からとても気だるそうなイメージがあったが、オフモードでもそれは変わらないようだった。


「あんたはなんでここに?」


「なんでってそりゃ、ここに住んでるからさ」


「え? あんたPECなんだろ? 結構お金貰ってるんじゃないのか」


「そうだな。だけどまぁ、長年ずっとここで住んできたわけだから、今更引っ越すのも面倒だったってわけよ」


「なんだそりゃ……」


 いくら面倒でも、こんな家だったら流石にすぐに引っ越すわ……と内心思った秋人。

 しかしまぁ、人にはそれぞれ好みがあるというものである。彼にとっては、ここも住めばみやこなのだろう。 


「吉良はどうしてここに?」


「俺はちょっと竹中の事を聞きに――って、そうだった! あんた、さっき何て言った?」


 先程の伊賀地が言った言葉にはとても重要な何かが含まれていたような気がするが、聞き漏らしてしまった秋人は、再度それを聞くため、伊賀地の発言を待つ。

 伊賀地はあくびをした後に、眠たげな表情をしつつ言った。


「竹中が大声上げながらどっかいった時の事か? ……! だよ」


「……本当にそう言ったのか?」


「ああ。俺は記憶力がいい方だからな」


「もしかしてそういう能力を持った後継者なのか?」


「いいや? ただまぁ、何となく意味深な言葉だなと思って耳には残ってたんだよ」


「…………」


 秋人は今しがた伊賀地の言った言葉をもう一度思い返していた。

 憧れの寺島になれた?

 これからは俺が寺島……?

  一体何を言っているのだろうか。

 しかしそんな事を叫びながら出ていくなんて、明らかに不自然だ。

 その上、そのまま行方不明になるという……。

 

「ん……? いや、待てよ」


 ?


 何を思って、彼が一体そんな事を言ったのか。

 意味もなく、そんな事を言うとは思えない。その言葉には必ず何か意味が込められているはずだ。


(…………)


 まるで周囲の時が止まったかのように、秋人は思考にひたすら集中していた。

 今までの情報を元にして、少しずつそのピースを埋め合わせていく。

 まずは先程の陽介の言葉を再度思い返す。


 彼から得た情報は、有能だった寺島がある日を境に豹変ひょうへんしたという事である。それが原因で最終的には辞めさせられた。

 更にその直後に突如とつじょ失踪した竹中勇気……。


 そして桜井から得た情報は、竹中が仕事のできない無能だということだ。これは正直何の情報になるのかはわからないが……。


(いや待てよ……? 仕事ができないだと?)


 寺島が辞めさせられる前も仕事が粗雑そざつになったと言っていた。更には客とめたという事も。

 

 まるで、

 

 そして伊賀地の、竹中による寺島になれたという発言。

 

(まさか……)


 秋人は何かに思い至ったのか、伊賀地に顔を向け、切羽詰まった様子でこう言った。


「伊賀地、一つ聞きたい。……竹中が行方不明になる直前、?


 その言葉に、伊賀地はあご元をで、考えた後に言った。


「あーそういえば感じたような……あんまり自信はないけどよ」


 頭をきながら、罰が悪そうに苦笑する伊賀地。

 しかし、それだけでも十分だった。

 彼から神気が無いことを否定できないという時点で、秋人の中ではほとんど結論が出ていたようなものだったから。

 

 秋人の中で、全てのピースが繋がった様な気がした。


「伊賀地……ありがとう。あんたのおかげで、全て謎が解けたよ」


「ん? お、おおそうか?」


 そう言うなり、秋人はその場から駆け出していた――!!

 後方で伊賀地が何か言っていたようだったが、そんな事に気を取られている場合ではない。


「まさかそういうことだったとはなっ! 中々のさく士じゃねえか!」


 まるで苦虫を嚙み潰したような表情をしながら、舌打ちをした秋人。

寺島が何の能力者かわからないという時点で、もっと深く彼を疑っておくべきだった。

 その事が今回の事件を生んだのだから。


 秋人が最終的に至った結論、それは――


「寺島 安広――あいつこそ、竹中 勇気だ!!!」

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