第28話 寺島安広という男

 陽介に言われた場所へと向かうため、秋人は電車で数駅の場所にある都宮駅にまでやってきた。改札でとんでもない人の数に見舞われ思わずげんなりしてしまうが、人々の間をい潜り、目的地へとひたすら進んでいく。

 やがて、繁華街が見え始めると人の数も徐々に減ってきた。

 繁華街内へと入ると様々な売店が見られ、売り子として、客引きをしているスタッフなどもいた。

 周囲に視線をおくりながら、秋人は陽介が働いているホストクラブを探す。

 ……が、どうも表通りにはないようだった。

 さらに奥へと進んでいくと、今度は先ほどの場所とは打って変わり、怪しい店が立ち並ぶようになっていた。

 何のマッサージかぼかしているお店に、大人の玩具おもちゃを販売している店。中には堂々とラブホテルまである。

 

「あいつ、こんなところで働いてんのか」


 そして目的の場所は、怪しい店が立ち並ぶ店の地下2階にあった。

 クラブ――エッフェル。それが陽介が働いているホストクラブである。


 カランカラン――

 

 中に入ると鐘の音が鳴る。それと同時に、いらっしゃいませというホスト達の元気のいい声が聞こえて来た。

 

「陽介君のお友達ですね。お待ちしておりました」


受付カウンターの奥で座っていた。黒い清潔なスーツに身を包んだ中年の男が、柔らかい笑みを浮かべながら言う。


「今、陽介君は嬢の相手をしておりますので、別室にて待っていてください」


 そう言われ、待機していた別の男性に案内される。

 

(なんつーか……落ち着かねえ場所だな)


 外は明るいのに中は薄暗く、天井に吊られたシャンデリアの灯り以外には、周囲を照らすものはほとんどなかった。

 喫煙者が多いのか、煙草たばこの臭いがきつく、それを消そうとして香草をいているものの、効果は薄そうだ。現に、秋人はその臭いに思わず顔をしかめたのだから。

 そうして別室に入ると、秋人は1人用のソファーへと腰かけた。どうやらここで待っておけとの事のようだった。

 部屋の壁にはネオンサインで文字がEiffelと書かれていた。

 高校生の陽介が、どうしてホストクラブになんか働いているのか。そもそも、雇ってくれたという事にも驚きだが、今までそれについて触れることはなかった。だが、まあ人には色々事情というものがあるものである。そこまで聞くのは野暮というものだろう。


 出されたジュースをストローで飲みながら、秋人は陽介が来るのを待っていた。

 そして30分程経った頃だろうか。

 ドアが叩かれ、ようやく陽介が姿を現した。


「わりぃわりぃ。ちょっと客から指名があって遅れたわ」


「いや、それはいいんだが……」


 秋人は、陽介を見るなりその服装に驚く。白のタキシード姿に革靴といった正装で、胸ポケットには薔薇が入れられている。高校生がそんな服装をするなど、背伸びしすぎな気がするが、結構様になっていた。

 

「そういう格好を俺がやれば間違いなくダサいんだろうが……流石は学年1モテ男の陽介だな」


 髪をワックスでツンツンにかため、耳にピアス、手には髑髏の指輪をしている陽介。完全に仕事モードだ。


「秋人でも全然似合うと思うけどな……なんなら今すぐコーディネートしてあげようか?」


 その言葉に秋人は手をひらひらさせつつ言った。


「あほか……。そんな話をしに来たんじゃないだろ」


「おっとそうだったな」


 陽介は一度ドアを開けて、外に誰もいないことを確認してから、ソファーへと座り込む。


「そんなことしなくても、盗み聞きしてる奴がいたら気配でわかるから心配しなくていいぞ」


「まじか。地獄耳ってやつか?」


「そんなところだ」

 

 とはいえ、夜叉髑髏を召喚していない以上精度は少し劣る。……が、後継者といった実力者でない限りは気配を察知することは十分可能だ。

 秋人は再度ジュースを飲んだのち、少し急かすようにして言った。


「……で、寺島について面白い事が分かったって聞いたが」


「おう、そうだったな」


 陽介は一度手を打つと、微笑みながら言った。


「最初秋人から寺島 安広という名前を聞いた時にさ、どこかで聞いたことのある名前と思ってたんだよ」


「もしかして以前会ったことあるとか?」


「いや、会ったことはないな。ただ……以前寺島はここで働いていた」


「え、ここで?」


「ああ。その上常に指名No1を取る程の人気があった」


「おいおいなんだそりゃ」


 まさか寺島にそんな経歴があったとは……と秋人は思わず鼻で笑う。

どうりで、晩餐会の時女性の扱いがうまいわけである。これで納得した。

 とはいえ……。


「確かに驚いたが、それが今日呼び出した理由なのか?」


 寺島が過去にホストで働いていたからといって、別にそれで何かが変わるわけでもなければ、護衛になってはいけないという決まりはないだろう。

 陽介は首を横に振ると、 


「いやいや。そんな事はねえよ。ここからが面白い話だ」


 と言って、口元を吊り上げる。

 陽介がこういう顔をする時は大抵が突拍子もない話をする時であるため、必然的に秋人もその言葉に真剣に耳を傾けた。

 陽介は用意されていたジュースを一度飲み、のどうるおした後にこう言った。


「このクラブ内で寺島と一緒に仕事をしたことがある男から話を聞いたんだが……。どうも寺島はある日突然ガラリと性格が変わったらしい」


「性格がガラリと変わった?」


「ああ。元々寺島は穏やかな性格で、相手への気配りだけでなく、後輩の面倒見も良かったことから周囲の誰もが彼をしたっていた」


「ふむ……」


 秋人が抱いている、寺島の印象とはかけ離れた話に思わず眉をひそめる。

 それは即ち表の顔と裏の顔があるという話だろうか? 

 しかし、陽介から出てきた言葉はそんなものではなかった。


「詳しくは、その人に聞いたらわかるが、ある日を境に仕事が粗雑そざつになり、ミスも多発する上、そのミスを後輩に擦り付けたりしたらしい。そして最終的には客に手を出して仕事を辞めさせられたんだと」


「それは、なかなかクレイジーだな」


「だろ? まるでってそいつも言ってたよ」


「人が変わった……」


 その言葉に、秋人は何か違和感を覚える。それが何かはわからない。ただ漫然まんぜんともやもやした何かが、秋人の中で引っかかっていた。

 その答えを探るため、秋人が思考にふけっていると、


「何か考え事をしているようだな。けれど、一つ大事な事を忘れていないか?」


「大事な事?」


「ああ。そもそもあいつは後継者なんだろ? 」


「ああ」


 何の能力かは不明だが、彼から神気をひしひしと感じられる以上、後継者であることは間違いない。


「じゃあ寺島が後継者になったのは一体いつなんだろうな?」


「―――あっ」


 そこで、秋人は大事な事に気付く。

 

「そうか! じゃあ、寺島が後継者になったのはその時――なんだな?」


 秋人も詳しい事はわからないが、後継者達は神の力という強大な力を扱うため、肉体的にも精神的にもかなりの負担がかかる。その為、精神力が弱い者だとたちまち崩壊し、優しい人が怒りっぽくなったり、あるいは倫理観りんりかん欠如けつじょといったりといった事が起こってしまうという。この間戦った風之神の後継者がまさにそうだった。

 

 寺島の性格がガラリと変わった頃に、後継者になったと考えれば陽介の言った話と辻褄つじつまは合うのだが……。

 しかし、陽介は違う違うといって首を振る。


「いや、俺はそれはないんじゃないかと思ってる。だって後継者になってもすぐに精神をむしばまれるわけじゃないんだろ? その辺は秋人の方が詳しいんじゃないか?」


「あ……そうか」


 最も基本的な事を失念していた。


「じゃあ別にその時に後継者になったわけじゃなくて、それよりも前からすでに後継者になっていたということか……?」


 それで、力を使いすぎてしまい精神をむしばまれ性格がガラリと変わってしまった。

 これならばどうにか話は通じそうだが……。


「その可能性が高いだろうな。しかしまぁ、ホスト内から後継者が出るなんて、ほんとに誰が後継者になるってのはわからないんだな」


「ああ……そうだな」


 10年前に神々の後継者が出現してからというもの、依然いぜんとしてその数を増やしているが、誰がいつどこでなるかというのは全く予想ができていないという。

 かくいう秋人もある日突然髑髏神に後継者に選ばれ、その力を貰った身。自身がどうして選ばれたのかは今でも教えてもらっていない。

 髑髏神は秋人に何かを期待しているのだろうが……。

 

(……っと話がそれちまった。)


「大体寺島の事はわかった。まぁ正直振出しに戻っただけのような気もするが」


 銀のペンダントの件について何か絡んでいる可能性があるとすれば彼が高いのだが、それにつながりそうな話はなかったと見ていい。

 陽介の話を吟味ぎんみして要約すると、〝寺島は元々No1ホストであり後継者でもあったが、力を使いすぎて精神を喰われ、性格がガラリと変わってしまった。それによって不祥事ふしょうじを起こし辞めさせられる。その後、何らかの方法で咲夜の護衛にいた……〟ということだろう。

 懸念けねん材料があるとすれば、彼の現在の精神状態だが……。秋人に対し、明らかな敵意を向けることはあるものの、それ以外についてはまだ理知的だったようにも思える。

 だとすれば、まだそこまで精神の浸食は起きていないのだろうか。あるいはその内側には苛烈かれつなものを秘めているという事も考えられる。

 それは即ち――本性を隠しているという事。


(いや、まさかな……)

  

「それとな。まぁ、これは言うかどうか悩んだんだが……」


 そう言うと、陽介は一枚の書類を秋人に渡した。


「実は寺島が辞めたのとほぼ同時期に、もう一人ホストが辞めていてな。名前は竹中 勇気っていうんだが……寺島から非常に可愛がられていた後輩らしくてさ」


 書類には、竹中の顔写真と簡単なプロフィールが掲載けいさいされていた。

 その見た目はホストとは思えない程えない顔つきで、外見だけで判断すればおどおどしているイメージがあった。

 

「で? こいつがどうかしたのか」


 全く話が読めない秋人がそう言うと、陽介は眉間にしわを寄せつつ、苦々しい表情でこう言った。


「ああ。俺も最初に聞いた時は驚いたんだが……。この竹中という男、寺島が辞めたのと同時期に行方不明になっている」


「なに……?」



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