第27話 裏切り
次の日。
いつものように咲夜の屋敷へとたどり着いた秋人だったが……。
「門が閉まってる?」
いつもなら空いた門の前にダニエルが立っているはずなのだが、その彼もいなく、ただ無機質で強固な門が目の前にそびえたつだけだった。
もしや何かあったのかと思い、秋人は遠くにある屋敷に目を凝らすが、外からだと異常はないように見える。……が、やはり中に入らないことには判断のしようもないだろう。
「でも勝手に侵入しても大丈夫なのか……? いきなり警報とかなったりしねえよな」
柊家の警備システムなら、そのぐらいのセキュリティを備えていてもおかしくはない。実際、柊家の警備システムがどれほど強固かというのはダニエルに軽く教えられたぐらいである。皆目見当もつかないシステムがあっても全く不思議ではない。
秋人は門の高さを改めて確認する。
高さ10メートルを越える門だが、夜叉髑髏を召喚し身体能力を向上すれば門を飛び越えることも可能だろう。
そうして、秋人が夜叉髑髏を召喚しようとした時――。
「門前に誰かいると思ったらお前か」
「ん……?」
その声に振り返ると、ダニエルがこちらに向かって歩いてきていた。
「よう。なんだ寝坊か?」
「そんなわけないだろう。少し用があって屋敷から離れていただけだ」
「こんな朝っぱらからか? 大変だな」
「ああ……そうだな」
やけに沈鬱な声をしているダニエル。基本的にあまり表情を表に出さない寡黙な彼だが、それを考慮してもテンションが低い。
少し気になったが、秋人がそれについて言及することはやめ、こう言った。
「中に入らないのか?」
「ん? あ、ああ……そのことなんだが」
ダニエルは一度咳ばらいをすると、秋人の目をじっと見据えてこう言った。
「お前を屋敷内へと入れるわけにはいかない」
「なるほど、俺を屋敷に入れない……――は?」
突然そんな事を言われ、理解ができなかった。
そして更に追い打ちをかけるかの如く、厳しい言葉が飛んでくる。
「おいおい、一体何を言って――」
「お嬢様の命令だ。お前は解雇だ」
「はぁ!? なんでだよ!」
思わず手を前に出しながら、語気を強める秋人。
すると――
「それは秋人君自身が一番知ってるんじゃないかな?」
「寺島……」
近くの木陰から寺島が現れた。
手には大きめの黒いバッグを持ち、腰には刀を差していた。
寺島はダニエルの横に肩を並べ、不敵な笑みを浮かべていた。
「何の話だ」
その表情に不快感をにじませながら追及すると、寺島は深いため息をつき、手でやれやれと言わんばかりのポーズを取った。
「まだとぼける気とは……。呆れたよ。でも、まぁいい。なら僕から言ってあげよう。
君は、お嬢様のペンダントを奪ったね? 」
「はぁ……?」
眉をひそめ、思わず睨み返してしまう。
「何で俺が柊のペンダントを奪うんだよ」
「君の妹の治療費を稼ぐため、というのは十分な動機にもなるだろう」
今度は腕を組みながら、寺島が意気揚々と告げる。
「お前、なんでそれを知って……いや、それはこの際いいとしてだ」
口元を上げ、笑っているようにも見えるその顔に無性に腹が立った秋人は、こう言い返した。
「莉子の治療費を稼ぐために盗むだぁ……? はっ、何を言っている。俺がいつ、どこでそんな事をしたっていうんだ」
強い口調で追及する秋人。
根も葉もない言いがかりに、ついに気が狂ったのかと疑ってしまう。しかしそれにしては、ダニエルがやけに静かなのが
「監視カメラだよ。そこに全て残っている」
「監視カメラ……?」
寺島はバッグからパソコンを取り出すと、実際に行った犯行の様子を秋人に見せた。
「な――!」
自分の特徴は自分が一番わかる。
映像の中に映っていた人物は、確かに秋人だった。
自分があろうことか咲夜の部屋へと侵入し、私物を奪った後退散していたのだ。
秋人は驚きに我が目を疑っていたものの、すぐに冷静になると、
「これ……いつの映像だ?」
「一昨日の深夜だ」
と言えば即ち晩餐会の後の出来事という事だ。映像に午前4時と出ていることから、昨日の早朝に起きたともいえる。
その時の記憶を思い返し、秋人はこう言った。
「あのな……晩餐会の後、俺は家に帰ってすぐ寝たんだよ。深夜4時とか普通に寝てたっつーの」
帰る途中変な男に絡まれたことは伏せつつ、秋人はアリバイを訴える。だが、それを取り合ってくれるはずがあるだろうか。
秋人が実際にその時に家で寝ていたかどうかを証明する術はないのだ。
それに対し、向こうには映像という確たる証拠がきっちりと残ってしまっている。どうしてそんな映像があるのかはわからない。
そして、その事を説明できない以上言い逃れは事実上不可能なものだった。
「君の言い分を証明する
すると、寺島が不意に腰元に差していた刀を抜き、こちらに切っ先を向けてきた。
「何の真似だ?」
「決まってるじゃないか。僕らはお嬢様に、君を捕まえてペンダントの在処を吐かせるよう命じられている」
それは即ち、武力行使して捕まえるという事と同義でもあった。
「柊が本当にそう言ったのか?」
寺島では信用できないと判断し、ダニエルの方へ顔を向ける。
今までずっと黙っていたダニエルだったが、強張った口元をゆっくりと開けると、
「ああ、本当だ。私はお前を捕まえるよう命じられた」
「まじか……」
信じられなかった。
昨日まで普通に話していた咲夜がそんな事を言ったなんて。何か、罠にはめられたのだろうか。
それとも、その映像を見て自分がやったものと完全に信じてしまっているのだろうか。
「…………」
秋人が落胆する間もなく、ダニエルはどこかへと電話を掛けた。
「……私だ。ああ、もう既に来ている」
2、3度
そして、中から何人もの武装した人間が現れる。
どこかの特殊部隊か何かだろうか、黒い軍服で全身の身を包み、頭には戦闘用ヘルメットをかぶっていた。
そして、何よりもその手に持っている物騒な銃達が日光に照らされて黒光りしていた。
厳しい訓練を積んでいるのか、黒服達はすぐに秋人の周囲を取り囲むと、前衛が腰を落とし、銃を構える。後衛もそれに続いた。
そして銃口が一斉にこちらに向けられる。
少しでも不穏な動きを見せれば、その瞬間全身蜂の巣にされてしまうのは目に見えて明らかだった。
秋人はそれに対し、鼻で笑うと、
「なんつーもんこっちに向けてんだよ? 俺は人畜無害な高校生だぞ」
「人畜無害な高校生が、銃口を向けられて動じないはずがなかろう」
「あー……」
実際、秋人は驚いていないわけではなかった。むしろ、まだ現実味が感じられないといった方がいいかもしれない。
これまで後継者達とは何度も戦ってきた秋人にとって、銃口を向けられた経験はこれが初めて。それも、拳銃ではなく、2倍近く速度が速いライフル銃。
完全に、秋人の事を化物か何かだと思っていなければたった1人に対してここまで用意周到にはなれないだろう。
(確か、拳銃の秒速はおよそ300から400メートルというのをテレビで言ってたな……。ということは、ライフル銃は大体800メートルってところか)
そんな速度で放たれる銃弾を
髑髏神の後継者として、その力の恩恵を受けている秋人は、ちょっとやそっとの攻撃では傷一つつかない体になっているのだから。
そして夜叉髑髏を召喚さえすればその防御力はさらに増し、例え殺傷力の高い銃といえど、傷をつけることは不可能に等しくなる。
しかし、あまり有効打にはならないとわかっていながら、なお立ち向かってくるというのはただの馬鹿なのか……? ダニエルがそんな悪手を取るとは思えないが。
とはいえどちらにせよ、ここは一旦退くべきのようだ。
このまま、秋人がいくら無実であるという事を訴えても、対話での解決は無理に等しい。寺島も切っ先をこちらに向けてきている以上、武力行使する気まんまんのようだ。
今、秋人にとって一番脅威なのは、武装した黒服ではなく寺島である。何の後継者で、どんな能力を使ってくるかもわからないのだ。
秋人は周囲に目を配り、逃げることができそうな道を探す。
(…………あそこか)
ダニエルや寺島がいる方向とは逆方向にある大通りに狙いをつけた秋人は、地面を思い切り蹴り、全力でその方向へと走った。
そして夜叉髑髏を召喚すると、更に底上げされた身体能力を生かし、全速力で逃げた。
「あ――逃げた! 追います」
そう言うと寺島が秋人を追った。
黒服達は、秋人の方目掛けて銃弾を放とうとするものの、それをダニエルが制した。
「やめておけ。無駄撃ちになるだけだ」
ダニエルの真意を察したのか、銃を下げる黒服達。
人間離れした速度に、この場で追いつけるのは寺島しかいないだろう。
だが、入り組んだ路地に入り込んだ秋人との距離を詰めることは難しく、徐々に両者の距離は離されていく。
「はぁ……はぁ……」
後方を気にしながらも秋人は寺島との距離を徐々に広げ、そして最終的には撒くことに成功した。
近くの自販機に体をもたれかけると、荒い息を吐く。
「くそ……全くどうなってんだよ」
予想しえない展開に、秋人は頭の理解を追いつかせることが難しかった。
「髑髏神。寝てる間に俺何か変なことしてたか?」
『さあな』
「けっ……肝心なところで使えない野郎だぜ」
『私は性別がないので野郎ではないぞ』
「うぜぇ……」
神は神同士の戦いにしか興味がない。そのため、こういった事にはほとんど無関心なのである。
髑髏神もその例に漏れなかった。戦いの件に関しては答えるが、それ以外の質問は答える気が無いのだろう。
「ちっ……とりあえずはどうにかして誤解をといておかないとな」
咲夜は、完全に秋人が盗んだと思っている。
だからこそ、ダニエルや寺島に捕えるように命じた。
まずは、秋人が犯人でないという事をどうにかして彼女に伝える必要がある。
けれどどうやって?
正攻法で彼女に会うのは難しいだろう。警備もきっと強固にしているはずだ。
「となると、学園に来た時ってところか……?」
その時、秋人のズボンのポケットがぶるぶると震えた。
携帯電話を取り出して開くとそこに表示されていたのは、
「陽介か……」
秋人は、一度大きく深呼吸し、息を整えると通話ボタンを押した。
「……もしもし」
「おう、秋人今大丈夫か?」
「まぁ、一応な」
寺島を撒いたとはいえ、まだ油断はできない。
秋人は周囲を警戒しつつも電話口に顔を近づけた。
「で、一体何の用だ?」
「おいおい、忘れたのか~? 秋人が調査しろって言ったんだろ?」
「え……?」
思わず素でそんな言葉が出てしまう。そんな秋人に、陽介はわかりやすくため息をつくと、元気よくこう言った。
「寺島だよ、寺島安広! ちょっと面白いことが分かったからすぐにこっちに来てくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます