第26話 ペンダントの在処
◇◇◇
――――秋人が
咲夜は、昼食を取ることも忘れてまだペンダントを探していた。自室は勿論、エントランス、廊下、浴室、書斎、客室、別棟のホールなどあらゆる
「ありえない……」
昨日の晩餐会が始まるまでは確かにあったはずだ。箱から持ち出した後、そのまま晩餐会へと参加したのは鮮明に覚えている。
そして晩餐会が終わり源蔵の呼び出しによって招集をかけられた後、風呂に入って寝た。だから、失くした可能性が最も高いのはこのどれかになるだろう。
もし失くしたのでないとすれば誰かが咲夜から盗ったという事になるが、これはあまり考えにくい。盗るのであれば咲夜の体をまさぐらなければならないはず。そんな事をして咲夜が気が付かないはずがないからだ。
その為起きている間に盗ることはまず無理と言ってもいいだろう。
咲夜は一度使用人全てを集め、落とし物が無かったか聞いてみたものの皆全く知らないようだった。
しかし咲夜はその使用人が言った事も、実は嘘をついている者がいるのではないかと勘繰っていた。
「…………」
考えれば考える程、疑心暗鬼に陥り悪い方向へと想像してしまう。
咲夜にとってあのペンダントはとても大事な物。だからなんとしても見つけなければならない。
しかし、秋人には悪い事をしてしまった――と、咲夜は今朝の彼に対する言動を少し反省もしていた。
いくら見つからなかったとはいえ、そのイライラを彼にぶつけてしまった。秋人はなんとも思っていないようだったが、咲夜には八つ当たりしてしまったという罪悪感が少なからずあった。
「駄目ね私も。こんなことで
弱気になっていてはだめだ、と咲夜は自己暗示するように言い聞かせる。
そして再びペンダントを探すべく廊下を歩きはじめると――
「お嬢様」
角を曲がったところで、ダニエルとばったり遭遇した。
相変わらず図体の大きさと威圧感は半端ない。彼曰く、柊家が舐められないよう日々身体を
「ダニエル……何か用?」
「探し物は見つかりましたでしょうか?」
「見つからないわ」
いつものように毒を吐く元気すら失っていた咲夜は、素直に返答をした。
すると、ダニエルはこう提案してきた。
「そうですか……。では、管制室で昨日の映像をご覧になりますか?」
「かんせいしつ……?」
思わずオウム返しのように呟いた咲夜は、はっとなって手を打った。
「確かにそうだわ! 屋敷の事なら監視カメラがずっと見てるんだから、その時の映像を見ればどこで失くしたかわかるはずね……。どうしてそんな簡単な事に気が付かなかったの」
「それほど心に余裕がなく焦っていたのでしょう。人は冷静さを欠くと、目先にとらわれることで本質を見失ってしまいますから」
そればかりは、ダニエルに同意だった。
とはいえ彼に
咲夜は、誤魔化すようにしてダニエルの横を通り過ぎると、管制室へと向かった。
「お嬢様、こんにちは。本日もよろしくお願い致しま――」
途中で寺島の声が聞こえたような気がしたが、そんな事は無視し管制室にたどり着くと、鍵を使って中へと入った。中には十数台のテレビが監視カメラと中継で繋がっており、屋敷のあちこちがモニターされていた。市販の物とは異なり、最高級の物を使用しているためか解像度は非常に高く鮮明で、ズームしても顔の細部まではっきりと判別できる。
後ろを見れば、ダニエルと寺島までもがついてきていた。正直鬱陶しいと咲夜は内心思っていたが、今はそんな事よりもペンダントを探すのが優先であるため、彼らを追い出すといった事はしなかった。
早速監視カメラを昨日の夜からに設定し、時々早送りしながら咲夜は自分の姿を追う。
「今のところは落としたというような素振りなどもありませんね」
隣で見ていたダニエルが映像を見ながらつぶやいた。
「そもそもペンダントなど落とせば音がするはず。僕も近くにいましたから、気が付かないはずはないでしょう」
ダニエルから聞いたのか、ペンダントを失くしたという事を知っている寺島がそんな事を言った。
確かに会場の床は大理石。金属製のペンダントなど、落とせば大きい音がするはずである。いくら会場がうるさいとはいえ、聞き取れないはずはない。
しかしそんな音を聞いた記憶もない咲夜は、ホールで落としたことは考えにくいと判断し、時間をさらに進める。
その後、できる限り咲夜を追っていたがペンダントを落としたという事はなかった。
「ここでもないとなると、一体いつ失くしたというの……?」
考えられる要因は全て
すると、横で寺島がふむ……と言いながら顎に手を添えつつ言った。
「そうなるともうお嬢様の就寝中に誰かが盗っていったとしか考えられませんね」
その言葉に、咲夜は顔を上げる。
「そうだ……まだあとひとつだけ懸念材料が残っていたわ!」
自室にも監視カメラは付けられており、咲夜が就寝する時のみ作動する事を思い出した彼女は、早速カメラの時間を就寝時までずらした。
これが最後の望みと言っても過言ではないだろう。
咲夜の表情に緊張が走る。
「…………」
早送りしながら、咲夜は時間を進めていく。
就寝中の咲夜は時折寝返りを打ったり、枕を抱いたりといった事をしていたが当然本人にその時の記憶はない。
自身の寝ている姿に新鮮さを感じるまもなく、時間が過ぎていき――やがて、映像内の時刻は深夜の4時になっていた。
もうこのまま何も起こらないか……咲夜がそんな事を思い出した時。
「ん……?」
ある違和感に気が付いた。それは、咲夜だけでなく寺島とダニエルにもすぐに感じ取ったようだった。
月日に照らされていた窓の影が、不意に何かに覆われたかのように暗くなったのである。傍に生えている木に鳥が止まったのかと一瞬考えたが、それにしては暗くなった面積があまりに大きすぎる。影が全て消えたわけではないため、月が雲に隠れたということもないはずだ。
なら、一体どうしてか。
咲夜は妙な胸騒ぎを覚えた。それもかなり嫌な感じの方だ。
この後の映像を見てはいけない――頭の中でそんな警鐘が鳴っている気がした。
しかし、咲夜はそれを無視する。
――そしておよそ数秒後、咲夜の嫌な予感は的中した。
窓がゆっくりと開かれたかと思うと、中に侵入する者がいたのである。
「え――」
そして一同は、思わず絶句した。
何故ならそこにいたのは、全く予想だにしていなかった人物だったのだから。
「ど、どうしてあいつが私の部屋に……?」
そう、そこにいたのは秋人だった。
彼は軽い身のこなしで中へと侵入すると、周囲を見渡す。
そして咲夜の棚をゆっくりと開け中から装飾品を取った後、偽物とすり替えていた。
「なんてことだ……」
ダニエルが目を細め、思わず身を乗り出した。彼にしては珍しい驚きぶりだった。
無理もない。咲夜ですら、秋人が物色した後盗んでいく様子を見て放心状態になっていたのだから。
全く予想だにしないことが起きると、思考が止まるとはまさにこのことである。
「嘘……」
そして、そう呟くことしかできなかった。
秋人は一通り物色を終えた後、続いて咲夜のベッドへとゆっくりと近付いた。
「あ――私のペンダント」
そこで、咲夜は自分のペンダントが自身の太もも付近にあることを発見する。寝返りした際に、はみ出てしまったようだった。
この時点で、最初から咲夜は落としてなどいなかったということが証明された。
しかし、それが証明されたという事は即ち――盗まれたという事を意味する。
そして、咲夜は秋人が次にどうするかを既に悟っていた。
嫌な予感というものは、得てして何度も的中するものである。
案の定秋人は、咲夜のペンダントを取り上げると、懐へとしまった。
そしてもう一度部屋を見渡した後、金目の物が無いことを確認し、部屋を後にした。
部屋内に、沈黙が響き渡る。
あまりの出来事に、咲夜は脳の処理が追い付いていなかった。
あろうことか自身を護るべき立場であるはずの秋人に、まんまと出し抜かれてしまったのだ。そんな事、誰が予想できただろうか。
呆然とする咲夜をよそに、寺島が冷静にこう言った。
「秋人君が盗人だったとは……。しかし、それも頷けます」
「何がよ……」
本来ならば、寺島が秋人を侮辱するような言葉を言えば怒っていたかもしれないが、事が事である。咲夜は声を絞り出してそう返すのが精いっぱいだった。
「お嬢様はご存知ないかもしれませんが、秋人君は妹の治療費を稼ぐために護衛を引き受けたのです。だから、金目の物を奪う動機も十分あり得るかと」
それは咲夜にとっては初耳だった。
が、今は聞きたくない情報だった。
なぜならその情報は、秋人が犯行をする動機を助長しているものなのだから。
映像を見る限り彼が秋人であるという事は間違いない。寝不足気味の鋭い瞳に、ダニエルが発注した専用のスーツは、世界でたった1つしかないため、見間違えようがないのだ。
もはや、秋人が犯人であると信じざるを得なくなってしまった。むしろ、秋人が犯人でない事を示す方が困難である。
「あいつが……私のペンダントを盗んだ……」
今朝も素知らぬ顔で一緒に探してくれていたが、それも全て内心ではあざ笑っていたのかもしれない。
(じゃあ……まさかあの時言ってたのは)
そこで咲夜は、秋人が昼間言っていた〝失くしたのならまた買えばいい〟という言葉を思い出す。買い替えることで、なくなったことをうやむやにしようとしたのだろう。そう考えれば
「は……ははは」
思わず乾いた笑いがこぼれでた。
秋人に心を開きつつあった咲夜にとって、彼が盗んだという事実は彼女の中に重くのしかかり、心を傷つけた。
(私を助けてくれたことも、お兄様から庇ってくれたことも、全ては私を信用させる為の手段に過ぎなかったというわけね……)
そして彼女の中で、何かが弾けるのがわかった。
「しかし、解せないな……管制室には常に1人見張りがいるはず。そして、部屋の前には寺島も待機していたはずだ。気付かれずに犯行をするなど不可能ではないか」
「それなんですがダニエルさん。実は昨晩、この時間帯に表門に侵入者がいると連絡を頂き、僕は見回りをしていたんです。まさかその侵入者が秋人君だなんて全く考えてもいませんでしたが……。ですが、そうだとしても管制室にいる人は気付くはずですね……」
「ならば昨日の管制室警備の担当から直接聞き出すしかないな」
ダニエルが言うと、寺島はお願いします、と言って管制室から出ようとした。
「何処に行く気だ?」
すると、寺島がその場へと立ち止まる。
「決まってるじゃないですか。秋人君を捕まえに行くんですよ」
「待て……いくらお前でも、抵抗されたらただじゃすまないぞ」
「ならば、どうするんです? この間にも秋人君は、お嬢様から奪った物を売りに出しているのかもしれないんですよ? 早急に動かないといけないでしょう」
「あいつはまだ気付いていないだろう。準備をして、明日の朝に捕まえるべきだ」
「しかし――」
「ダニエル、寺島」
言い争いになろうとしたところで、咲夜の声が響き渡る。その声は、強くはっきりとしたものだった。
「お嬢様、どうかされました……――っ!?」
そう言ってダニエルが彼女の方へと顔を向けた時、思わず目を見張り、戦慄した。
何故なら――
「少し私の話を聞きなさい。言っておきたいことがあるの」
その瞳に――光は宿っていなかったのだから。
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