第25話 解決の策

「え――?」


 それは、秋人にとっても驚くべきことであり、思わず間抜けな声が漏れる。

 莉子もまた、秋人と同様に神の後継者としての力を持っていた。しかし、と言ったようにそれは過去形の話である。現状、莉子には後継者としての力はなく、入院しなければならない程に衰弱すいじゃくしている。

 では何故そうなってしまったのか。 

 その事件こそが秋人が現在こうして莉子の治療費を稼ぐため奔走ほんそうしている動力源であり、同時に莉子に嫌われてしまった要因でもあった。


「力が戻った?」


「ええ。と言っても、ほんの少し、それも数秒ほどしか刀も召喚できないけど」


「まさか、白鳥之神が生き返ったのか?」


 莉子が契約している神――白鳥之神。その能力が判明する前に力を失ったため、現在でも何の能力かはわかっていない。

 だが、もし生き返ったのだとすれば回復する見込みは十分にある。

 莉子は生まれた時から体が弱く、医者にも大人まで生きれないと言われていた。

だが、そんな時彼女の前に一本の白く輝く刀が現れた。その刀名は白羽一徹しらはいってつ。そしてその刀に眠っていた神こそが白鳥之神であった。

 後継者として契約を交わしたことで莉子は見違えるほど元気になった。それは神力ディアシーラを受け継いだからであり、実質白鳥之神から生命力を分け与えられていたと同義である。

 しかし、その力を失ってしまった事で白鳥之神から生命力を貰えなくなった莉子は、元の病弱な状態に戻ってしまったのである。


 秋人の問いに対し、南須原は、


「そうそう! 私もそれが聞きたかったのよ! 秋人君、さっき莉子ちゃんと会ったとき、神気ディアオーラは感じたかしら?」


「いや……特には」


 秋人が言うと、南須原は残念そうに深くため息をついた。


「そう……。なら、生き返ったとは考えにくいわね。秋人君は当然ご存知だろうけど、後継者達には少なからず神気ディアオーラが全身をまとっているわ。それをなくして気配を消すことはかなりの熟練を必要とする。

 莉子ちゃんは、そう言った技術を持っていないのに秋人君は神気ディアオーラを感じられなかった。

ということはまだ白鳥之神は眠ったままということになる……。

 けれど、ならどうして一瞬だけ力を使えたのかしら」


「その一瞬だけ白鳥之神が目覚めたとかってのは?」


「それは私も考えたし、一番濃厚な説ではないかと思っているわ。仮説だから何とも言えないけれど。ただ、どちらにせよ、白鳥之神は完全に死んでしまったわけではないことが証明されたのは事実。だから、莉子ちゃんが助かる見込みは十分にあるわ」


 その言葉に、秋人は胸が救われる思いだった。

 例え莉子に嫌われようと、彼女には無事でいてほしい。その為にどれほどの治療費がかかろうとも、秋人は身を粉にして働くつもりである。何故ならたった1人の肉親であり、そして大切な妹なのだから。


「ねえ、秋人君」


「ん?」


「私は総合診療医になってから、様々な症例をこの目で見て来たわ。そりゃ上層部のおじさん達に比べれば経験は浅いかもしれないけれど、それでも知識量なら誰にも負けない自信はある。

 でも、そんな私でも莉子ちゃんの症例は全く見たことのないものだった。片っ端から知り合いに当たって見たこともあった。けれど全員から聞いたこともないと言われたわ。

 今彼女に飲んでもらっている薬も、現れた表面的な症状を治すというのが目的であって、根本的な治療でもない。一時しのぎにしか過ぎないの。

 けれど、私は莉子ちゃんを絶対に助けてあげたい。そう思っているわ」


 そう言う南須原の瞳には熱い炎のようなものが宿っていた。

 そして再度真剣なまなざしで秋人をじっと見据えると、


「だから秋人君」


「お、おう」


「私の知り合いに、とんでもなくで研究の事以外には全く興味のない子がいるんだけれど――その子にかけてみる気はない?」


「どういう事だ?」


「シルヴィ・ヴェネスティア。名前ぐらいは聞いたことないかしら? それなりに有名な人なのだけれど」


「え――まさかあんた、そいつと知り合いなのか?」


「知り合いというか顔馴染みというか……。まあ向こうがどう思ってるのかは知らないけど」


 そう言うと南須原はどこか遠い目をした。


 シルヴィ・ヴェネスティア。

 今世界で最も注目されているであろう科学者の一人であり、現在の技術では不可能と言われた熱効率99%というほとんど永久機関に近いような発明品を作ってしまった天才少女。

 しかし発明当時は科学者の誰もが信じなかった。何故ならそれは当時彼女がまだ10代だった事に加え、あまりにも現実離れした発明品だったからである。

 だが最終的には世界的に権威のある学者によって彼女の発明が本物であるという事が証明され、一躍有名になった。

 シルヴィの発明品は3世紀先を行くと言われる程の評価を受けており、世界中の研究者達は彼女に期待していると共に行く末をうかがっている。

 

「あの子、実は最近工学から医学界に興味を持ち出してね。色々と研究をしているのよ」


「ああ、そういうことか……」


 天才的な知力を持つシルヴィならば、莉子の治療方法が発見できるかもしれない――南須原はそう言っているのである。

 赤の他人に自分の大切な妹を預けるのは正直気が引ける。だが、このチャンスを逃せば、莉子が助かるかもしれなかった道を秋人が閉ざすことになってしまう。

 秋人は目を瞑り、考えたのちゆっくりとこう言った。


「……だが、そんなこと頼めるのか?」


「普通なら無理でしょうね。あの子、断る程の研究好きだから」


「なら可能性はほとんどないに等しいな……」


「だけど、一つだけ彼女の興味を向けさせる方法がある。これはあらゆる学者にも言えることなのだけれど、とてつもなく難しい問題を自らの手で解決した時、彼らは失神するほどの喜びに震えるというわ。シルヴィも同じなの。解けない問題があると、彼女は懸命に解こうとする。けれど、彼女の頭は賢すぎたためにどの問題も簡単すぎてしまった。だから感動というものを感じることができなかった。

 その為シルヴィはいつも難しい問題を求め、日々解決法を求めて研究しているの。それが例え無理難題であろうとも、誰も挑戦しない問題であろうと彼女は果敢かかんに挑み、そして解決法を見つけてきた。

 さて――ここまで言えば秋人君もわかるかしら?」


「ああ。要は、莉子の症例は南須原さんでも見た事のないようなとてつもなく難しい問題だから、それをシルヴィに解かせるってことか?」


「ピンポ~ン! 正解した秋人君には飴ちゃんをあげるっ」


「いらん」


 飴をもつ南須原の手はむなしくも空を切った。


「あら残念。美味しいのに……。ごほんっ。けれど、シルヴィが乗り気になるかどうかはわからないから、100%保証はできないわ。けれどもし彼女が本気を出せばこれ以上頼もしい味方はいないと思う」


 南須原の言う通り、シルヴィに助力をう事ができれば莉子の治療法も見つけることができるかもしれない。

 そして、そんなきっかけを作ってくれた南須原には感謝するしかないだろう。


「ああ。それで莉子が助かるのなら是非頼む。お金なら、一生働いてでも返していくから」


「大丈夫。彼女既に腐る程お金を持ってるから、金銭的な要求はしてこないはずよ。まぁ、だからこそ協力させるのがとても大変なんだけれど」


 金で釣られる程単純な相手でないということらしい。

 南須原はコーヒーを飲み干すとソファーから立ち上がった。


「秋人君の了承も得られたことだし、この事は後で莉子ちゃんにもきちんと説明しておくわ」


「シルヴィのとこへ行くときは絶対に俺も呼んでくれ。あんただけに頭を下げさせるわけにはいかない」


「そう……ね。うん、わかったわ。あの子のところへ行く時、また秋人君に連絡するわね」


「頼む」


 秋人が言うと、南須原はにっこりと微笑んで頷いた。そして、ちらりと時計を見たのち、こう言った。


「じゃあそろそろ、つぎの患者を待たせているから私は行くわ。秋人君は莉子ちゃんのところに行くの?」


「いや……今日はもう帰る。俺がいない方があいつも落ち着くだろうしな」


「そう…………」


 南須原は何やら言いたげな顔をしていたが、それ以上言及してくることはなかった。

そうして秋人は南須原と分かれ、帰路へとつくのだった……。


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