第24話 南須原 優香
咲夜の屋敷を出た秋人は、ある場所へと向かっていた。その場所とは莉子の入院している阿須那中央病院。病床400を越える大きな病院であり、そこに勤めている総合診療医の
南須原からの呼び出しとは一体なんなのだろう。莉子が
そんな事を考えているうちに自ずと歩みが速くなる。
芦屋駅からバスを使い、30分程揺られたところで、阿須那中央病院へと到着した。
平日にもかかわらず、人の出入りが激しい。受付も人が溢れかえっておりそのほとんどが高齢者であった。
エレベーターを使い、6階の603号室の前へと立つ。
扉の前には、〝
「…………」
秋人は一度深呼吸すると、2度ノックした。
程なくして、
「……どうぞ」
という
ゆっくりと引き扉を引き、秋人は中へと入った。
「よう」
「…………」
秋人が手を挙げて挨拶するが、返答はない。
莉子はベッドの上で座り、両手を腹部に添えたまま、じっと窓の外を見ていた。
そして、こちらを見ると心底嫌そうな顔をし、それを隠しもせず、
「なんだ、お兄ちゃんか……」
と一言だけ言うと、再び窓の外へと視線をうつした。その際に背中までかかった青い髪がふわっと
更に日差しに照らされ、雪のように白い肌がより際立った。
「なんだとはなんだよ。莉子が呼んだんだろう?」
「私じゃない。呼んだのは優香さん」
優香さんとは、南須原の名前の事である。長い付き合いな為か、いつのまにか名前で呼び合うようになっていたらしい。
秋人は病室を見渡す。
衣類の入った大きな
しかし、秋人があげた見舞いの品は何処にも見当たらない。
それが意味することを秋人はすぐに悟るが、気にせずこう言った。
「…………で、南須原さんは?」
「今は別の人を診てる」
「そうか。なら、ここで待っとくか」
そう言って秋人は近くにあった丸椅子に腰かけると、足を組んだ。そして、テーブルの上に広げられた教科書を見て、
「勉強してたのか?」
「やることがないから」
髪をいじりながら、淡々と言う莉子。
「…………」
「…………」
お互いに、会話はなく、更に兄妹とは思えないようなよそよそしい雰囲気。秋人は莉子の事を決して嫌ってなどいない。むしろたった一人の肉親であるため大事に思っている。
嫌っているのは莉子の方で、それは3年前に起きたある事件が関係していた。それを機に、莉子は秋人に対して心を閉ざし、会話もほとんどしなくなった。
秋人から質問すれば返事はしてくれるものの、莉子から会話を振ってくることはほとんどない。あったとしても、南須原から言うように頼まれたりといったことぐらいしかなく、実質自発的に話しかけてくることはないと言ってもいいだろう。
会話が続かない以上、無言の時間は必然的に長くなる。
部屋が個室であるため、窓の外から聞こえてくる鳥の声や風の音など以外は何も聞こえてこない。
そんな状況が何分かすぎ、無言の状況に耐えれなくなった秋人はこう切り出した。
「最近、学園には行ってるのか?」
莉子は話しかけられてうざそうに目を細めたものの、ぼそりと呟くようにして言った。
「今月はまだ一度も行ってない。優香さんに駄目と言われたから」
本来なら、莉子は病院で安静にしていないといけないのだが、彼女の強い要望により、病態が安定した時に限り外出が認められている。ただしその際には必ず誰か1人病院から誰か1人医療従事者を連れて行かなければならない。
莉子の行っている学園は地元でも有数の国立学園で、優秀な莉子は学費免除という特典付き。更に病気の事も考慮され、特例として授業を受けなくてもテストの点だけで成績を付けられているのだ。
秋人とは、全くもって頭のレベルが違う。時々本当に血が繋がっているのかと疑いたくなるほどである。
「友達はちゃんとできたか?」
「お兄ちゃんじゃあるまいし、友達ぐらいちゃんといる」
「なんで俺が友達いないみたいになってんだよ」
「だってお兄ちゃんなんかに友達ができるわけないし」
「あのな……俺だって友達ぐらいいるっつーの」
陽介とか、陽介とかな! ……と、秋人は自身の唯一の友達である陽介を心の中で何度も言った後、感謝しておく。
彼のおかげでぼっちは回避されたからだ。
咲夜は残念ながら、友達とは言えないだろう。秋人としては、全然友達になってもいいのだが彼女は嫌がるはずだ。
秋人の言葉に、莉子はふっ……と鼻で笑うだけで全く信じていないようだった。
そして、再び沈黙が訪れる。
「ふぅ……」
秋人がため息をつき、続いて何か飲み物でも買おうかと腰を上げようとした時――。
カララッ……
引き扉が現れ、1人の女性が姿を現した。白衣を深々と羽織り、手にはカルテのような書類を持っている。
「あら、秋人君。来ていたのね」
「南須原さん」
南須原 優香。
30代とは思えない程若々しく張りのある肌に、清潔感のあるショートヘアー。胸元は少しはだけ、グラマーな体型はモデルと言われても信じてしまう程である。
総合診療医という過酷な労働環境の中、ここまで自身の美を保てるというのは、どれほど努力をしているのか。
「呼び出しって、一体何の用なんだ?」
「ちょっと待ってね。その前に莉子ちゃんを診るから」
そう言われ、秋人は一旦廊下へと出るように
廊下の壁にもたれ、腕を組みながら待っていると数分経って南須原が出てきた。
「じゃあ行きましょうか」
南須原の後ろに秋人は続く。
エレベーターを降り、1階へと行った後彼女のオフィスへと案内された。
「好きなところに座っていいわよ」
秋人は適当に近くにあった1人用のソファーに腰かけると、周囲に視線を送る。
たくさんの書類が積みあがっているが、私物などもほとんどなく、質素で綺麗な部屋だった。
コーヒーを用意すると秋人の目の前にあるテーブルに置かれる。
一緒に出された角砂糖を遠慮なくたくさん入れ、混ぜると口をつけた。
「そんな甘ったるいもの、よく飲めるわね~」
「南須原さんこそどうしてそんな苦い物飲めるんだ? 医者ってのは、頭も神経も使うんだろ? 糖分が欲しくならないのか?」
「そういう時は
「ふーん……」
そう
「…………って、ごめんなさいね。こんなどうでもいい話をしにきたんじゃなかったわね」
両手を合わせそう言うと、南須原は莉子のカルテを取り出し秋人と対面するソファーに腰かけた。
そして目を通し、コーヒーを一口だけ飲んだ後、真面目な表情でこう言った。
「秋人君を呼び出したのはね、当然莉子ちゃんの事なんだけれど」
「ああ……」
一体何を言われるのか? 秋人の顔に緊張が走る。
そして気付かないうちに拳に力が込められていた。
「あ……そんなに気負わなくても大丈夫よ。悪い話とかではないから」
強張っていた秋人を見て、南須原が微笑むようにして優しく告げた。
「悪い話だったら、緊急で秋人君を呼び寄せてるはずでしょ?」
それは秋人も考えていた事だった。
やはり、緊急の呼び出しでなかった以上、悪い話ではなかったみたいだ。
「莉子ちゃんの容体は今のところは安定しているわ。薬剤耐性もまだ見られないしね」
莉子の使っている薬は体への負担が大きいため、薬剤耐性により薬が効かなくなって投与量を上げてしまうと、副作用が出てしまう危険性が大きくなる。
現状彼女が容態を保つためにはこの薬が不可欠であるため、もし効かなくなった場合、その時には対症療法や民間療法、あるいは漢方療法といった方法に頼らざるを得なくなってしまうのだ。
「話というのはね……。莉子ちゃんが力を少しだけ使えるようになったみたいなの」
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