第23話 探し物

 ――次の日。


 電車で咲夜の屋敷に向かいながら、秋人は昨日襲ってきた男の事を考えていた。

 あの後家に戻ってから、奇襲でもすぐに起きれるよう椅子で体を休ませた秋人。結局何も異常は起きなかったため、何とも言えないモヤモヤ感だけが心の中を渦巻いていた。


「ったく……警戒してほとんど寝なかったせいでだるさマックスだ……」


 欠伸あくびをし、目やにを取りながらぼんやりと外の景色を眺める。

トンネルに入った際に窓に映った自分の顔は、寝不足なのかひどく目つきが悪かった。その証拠に、近くでイヤホンをしながら音楽を聴いている女子高生と目が合うと、体をビクつかせて顔を逸らされる。


(ふぁあ……ま、今日は休日だし何も起こらんだろ)


 ポケットに手を突っ込みながら、秋人は楽観的に考えていた。

 だが、その考えは甘かったと後になって知ることになる。



◆◆◆



――それは、咲夜の屋敷に入ってすぐの事であった。


「よう」


 ポケットに手を突っ込みながら歩いていると廊下で咲夜と会った秋人は、片手を挙げて挨拶した。おおよそ護衛が主に対する態度とは思えないものだが、それについて咲夜は特に何もとがめることなく、相槌あいづちを打つとこういった。


「おはよう。あんたって、そんな風貌ふうぼうな割に意外と真面目なのね。まだ予定より30分以上も早いわよ」


 大時計を指さしながら言う咲夜。時計は7時半を示していた。


「そんな風貌は余計だ」


「もしかしてコンプレックスだった? だったら悪かったわ」


微塵みじんも思ってないくせによく言うぜ」


「ふふ」


 咲夜が口元を少し吊り上げつつ笑う。未だに馬鹿にしてる感が拭えないが、最初に会ったときに比べればこうしてたわいない話をしてくれるだけでも進歩だろう。

 

「今日は休日だが、何か予定あるのか?」


「特にない。部屋でずっと勉強してるわ」


「柊家ともなると、やっぱ色々勉強しないといけないのか?」


「そういうわけではないわね。むしろ、お爺様は私に経営者としてのノウハウや技術といったものは一切教えてくれなかったから。令嬢としての立ち振る舞いは教えてくれたけれど」


「令嬢としての立ち振る舞いだぁ……?」


「何か言った?」


「なんでもないです」


 腰元にさげている刀に手を添えて言う咲夜に、秋人はすぐに返事した。

咲夜はふんっ、と鼻を鳴らすとこう言った。


「まぁ、そういうわけだから今日は家から出る予定はないの。だからあんた、帰ってもいいわよ」


「なんだよ、それならそうと早く言ってくれよ。おかげでこちとら寝不足だよ……」


 そう言いながら大きく欠伸をする秋人を見て、呆れる咲夜。


「文句ならダニエルに言いなさい」


 そう言うと、咲夜はすたすたと歩いて行ってしまう。

 その背中はどこか急いでいるようであった。

 主から直々に暇を出されてしまった秋人がしばらくその場でどうするか考えていると

 

「ん……?」


 前方から咲夜が、息を切らしながらこちらへと戻ってきた。何かあったのだろうか。

 咲夜は、一度周囲に視線を送った後、こういった。


「あんた! ちょっと聞きたいんだけど、この辺で銀色のペンダントを見なかった?」


 このぐらいの大きさの……と手でジェスチャーしながら、咲夜は自身が探しているものを秋人に告げた。

 だが、そんなものに見覚えのない秋人は首を横に振る。咲夜があからさまに落胆したのがみてとれた。


「そう……ならいいわ」


 そう言うと再び咲夜は屋敷を駆けていった。

 あの咲夜が、あそこまで焦ったような表情をしていたのは珍しい。

 とはいえ1人で探さずに自分や他の人にも手伝うように言えばいいのに……と秋人は咲夜の非効率的な行動に疑念を覚えていた。だがそのうち音を上げて他の人達にも探すように言うだろう。

 そう思っていたのだが――。



◆◆◆




「柊……。まだ探すのか?」


 部屋の壁に腕を組んだ状態でもたれかけながら、秋人は部屋の中で探し回る咲夜に痺れを切らして言った。

 あの後、誰にも助けを求めず1人で探し物をしていた咲夜をみて業を煮やした秋人は、手伝うことを申し出た。しかし個人的な事だからと言って断られたため、咲夜の背後でその様子を見守っていたものの、くだんの物は見つからず、そうこうしているうちにとっくに昼時を過ぎてしまっていた。


「うるさいわね……別にいいでしょ」


 苛立ちのこもった声。

 今朝から探し回っているものの、見つからないせいかその事が咲夜に苛立ちと焦りを生み出していたようだった。


「見つからないもんはしょうがないし、新しいのを買ったらどうだ?」


 何気なく発した秋人の発言だったが、その言葉が咲夜の怒りの琴線に触れてしまったようだった。


「そんなことできるわけないでしょ!」


「お、おう……すまん」


 キッと睨みつけながら声を張り上げる咲夜。冷静な彼女にしては珍しく感情を露わにして怒った事に秋人は面食らってしまう。

 結局その後も見つかることはなく、咲夜の心の内にはもやもやしたものが渦巻くばかりであった。そして、不機嫌そうな表情を隠しもしなかった。


 そんなピリついた空気を感じ取った秋人は空気を読んだのか、ただ黙って咲夜の後ろをついていたが、やがて不意に咲夜が立ちどまる。

 そして身を翻し、秋人の方を見るとこういった。


「あんた、今日はもう帰りなさい」


「帰ってもいいわよ、から帰りなさいときたか。……なぁ、どうしてそのペンダントとやらにこだわるんだ? 恋人のプレゼントか何かか?」


「あんたには関係のない事よ」


「そうかもしれないが、気になるだろ」


「なんでそんな事まで言わないといけないの? 私、あんたに護衛されることは認めたけど、そんな個人的なことまで踏み込むことを許可した覚えはないわ」


 それは咲夜の本心だった。

 秋人は必要以上に彼女の事に踏み込みすぎたのである。この間の一件で、彼女との壁は取り除かれたと思っていたが、両者との間にはまだまだ大きなへだたりがあった。彼女の心の壁は、まだ高く、そして厚い。更に、現在彼女が不機嫌であるという事も隔たりの一端を担っているだろう。

 

 これ以上踏み込めば、本気で嫌われかねない。元々咲夜が秋人に対する態度は得てして好感度が低かった。そして現状、好感度が高いとも低いともいえない不安定な状況の中、踏み込めばまた元の関係に戻ってしまうだろう。そうすれば彼女が心を開くことは二度となくなってしまう。

 秋人は、今自分がとるべき行動を考えたのち、結論を出したのかこう言った。


「ならこれだけは教えてくれ。そのペンダントは、お前にとってそれほど大切な物なんだな?」


「……ええ」


「そうか」


 それを聞いた秋人は頷くと、咲夜の横を通り過ぎた。

その背中に向けて、咲夜から声を掛けられる。


「どこに行く気?」

 

「ちょっと妹のところにな」


「そう……。わかったわ」


 そうして2人はその場を分かれた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る