第21話 晩餐会終了

 関係者に見つからないように、そっと部屋へと戻った秋人はベッドに身を投げた。低反発型なのか、体が深く沈む。家の布団とは大違いだった。

 

「さぁてと、これからどうすっか」


 また暇になってしまった。

 パーティが終わるまでは、まだ後1時間近くある。それまでこのまま寝転がっていてもいいが、何か物足りない。

 使用人に頼んで料理を持ってこさせることも考えたが、会場で一通り食べているうえ、既にほぼ満腹なのでやめておいた。

 となると、再び本を読むという事も考えられるが、今から読み始めたところで中途半端に終わってしまい、モヤモヤするだけだろう。それに、今日はもう文章を見る気分ではなかった。


「んー……あ、そうだ。本、返しに行かねえと」


 テーブルの上に積み重なっていた本に気が付いた秋人は、それらを持つと、書斎へと向かった。

 廊下を突っ切り1階へと降りて書斎の前へ立つと、中へと入る。

 真っ暗だったのですぐに電気をつけた。


「んーっと、これはこっちで……」


 借りてきた本を元の位置へと並べていく。

 全て並べ終わったところで、秋人は借りてきたときに比べ、明らかに本の数が足りていないことに気が付いた。それは丁度10冊程の隙間。

 誰かが持って行ったのだろうか。


 更に、本棚の奥にあるテーブルを見れば、書類が乱雑に並べられており、引き出しも空きっぱなしだった。

 まるで空き巣でもはいったかのようだ。

 

「ま、流石にそんなはずはねえよな」


 何の書類かなんとなく気になった秋人は、テーブルに近づくと書類を拾い上げる。

 

「うわ。なんだこの額……」


 それは、何かの請求書だった。どれもこれもとんでもない金額のお金が書かれている。しかし、一体何に使ったのかは書かれていない。

 咲夜が何か買ったのかとも考えたが、秋人はなんとなく彼女ではないと悟っていた。根拠も何もありはしない、ただの勘だが、彼女がこんな無駄遣いのような真似をするとは思えなかったのである。

 となると……考えられるのは、高広か静香だろう。一体何に使ったのかは不明だが、金持ちというのはどうしてこう湯水の如くお金を使うのだろうか。秋人には理解できない事だった。 

 更にもう1枚手に取ると、今度は請求書ではなく――。

 

災嵐テンペスト計画……?」


 聞きなれない単語に、首を傾げる。紙には端から端までびっしりと書かれているが、読めたのはこの災嵐テンペスト計画のみであり、その詳細はあまりにも汚い字なので何を書いているのかさっぱりわからない。まるで、英語の筆記体かのように繋げられた文字が、更に解読を困難にしていた。

 本人にしか読めない何かの下書きなのだろう。

 読めないという事で秋人は急速に興味を失い、その紙をテーブルの上に置こうとすると、


「ん……?」


 そこで自分が何かを踏みつけていたことに気が付く。拾い上げると、透明な袋の中に直径2センチほどの小さなカプセルがいくつも入っていた。袋に付着した靴の痕を服で拭き取り、秋人は光にあてて目を凝らす。すると、中に粉状の何かがあるのが見えた。


「薬?」


 そう考えるのが自然だろう。しかし、なんでこんなところに落ちているのか。何かの拍子に落としてしまったのだろうか。



 バタンッ!!


「―――っ!?」


突如、開かれた書斎のドア。

音が聞こえた瞬間、コンマ数秒という速さで、本棚の後ろに身を隠した秋人は相手に気付かれないように目だけで様子をうかがう。


「はぁ……はぁ」


 中に入ってきたのは高広だった。

 走ってきたのか頭には大粒の汗をかき、息も荒い。

 そのまま本棚の奥――先ほどまで秋人がいた位置にまで向かうと書類を漁り始める。


「ない……ない……どこにいった……!?」


 そんな事を言いつつ何かを探している高広。焦っているように見えるのは気のせいではないだろう。


「あれがないと……!!」


 乱雑に置かれた書類を隅から探しても、目的の物が無いのか、彼の顔から徐々に血の気が引いていく。

 冷静である高広の慌てぶりに、秋人も目を見張る。


「まさか、廊下の途中で落としたというのか……?」


 そう言うと、高広は乱暴に書斎のドアを閉め、慌ただしくその場を後にした。

 それを確認した秋人は安堵の息をつくと、隠れるのをやめる。

 えらく焦っていた様子だが、一体何を探していたというのだろうか。

 秋人は、自身の持っている袋のカプセルを眺める。


「……まさか、これか?」


 つい反射的に握り締めたままだったが、これを探していたのかもしれない。

 もしかすると高広は何かの持病で、服用しないと急性の発作が起きるために常に携帯しているといった事も考えられるだろう。

 もしそうだとすれば、悪い事をしてしまった。

 だが……。


「なーんか気になるな」


 流石にそんなことはないと思うものの、麻薬や毒薬といった線もないとはいいきれない。

 秋人は1つだけそのカプセルを手に取りテーブルの上に残りを置くと、書斎を後にした。











※※※



 その後、晩餐会はこれといって問題が起きることもなく終了。

 懸念されていた、後継者といった人達からの襲撃もなく各人は満足げに帰路を歩んでいた。咲夜の屋敷からは続々と人の気配が無くなり、全ての関係者が帰ったころには既に時刻は0時を越えようとしていた。

 咲夜は高広、静香と共に源蔵に呼ばれ何処かへと行ってしまった。家族だけで話をしたいとのことで、護衛などは連れていない。内密な話のようだった。

 

 家へと帰るべく、廊下を歩いていると曲がり角付近で寺島と遭遇した。

険悪な空気になるかと思われたが、寺島の表情は思ったより穏やかだった。


「お疲れ様」


「え……? あ、ああ。そっちもお疲れさん。柊は大丈夫だったか?」


「ああ、問題ない。いつものお嬢様だ」 


「そうか、ならいいんだ」


 そう言って、秋人はその場を後にしようとする。


「秋人君」


 その言葉に無言のまま立ち止まり、寺島の言葉に耳を傾ける。


「君は、お嬢様に何かしたのかい?」


 突然、そんな事を言い始めた寺島。それは別に糾弾きゅうだんとかそういった類の追求ではなく単に気になっているだけのようだったが……。


「随分いきなりだな」


「お嬢様が、人嫌いなのは知っているだろう? 特に僕らのような男には大層厳しいことも」


それは、秋人が護衛について初日に最初に抱いた感想だった。決して他人を寄せ付けない孤高の存在……それが柊 咲夜なのだと。

 しかし、秋人はこうも思っていた。本当は、彼女が無理をしているのではないかと。時折見せる寂し気な横顔が、それを物語っていた。

 だが、寺島はそこまでは見抜いていなかったようだ。


「誰の力も借りずに、ただ1人で頑張り続けようとする……。それがお嬢様の美点でもあり欠点だ。そして僕はそんなお嬢様を尊敬している。だが、君に対して、お嬢様はどこか甘い。一体どうしてだい?」


「どの辺りを思ってそう言ってるのかは知らないが、柊が俺に甘いなんてことはないぜ?」


 確かに、男子生徒――風之神の後継者との一戦以降。少し態度が軟化したような感じはしないでもない。実際、少なくとも話しかけても無視されることは無くなった。が、それはあくまで無視されたら余計面倒になるということを咲夜が学習したからであり、相変わらず言葉の端にはとげがある上、距離も縮まったとは言い難い。

 だが、寺島にとってはそうではなかったらしい。


「いいや、お嬢様は明らかに秋人君を意識している……。僕にはわかるんだ」


 一体何の根拠があって――と聞こうとしたところで、秋人は寺島の様子がどこか変な事に気が付く。


「――様は、僕が――」


 顔を俯かせぶつぶつと呟きはじめた寺島。何を言っているのかはほとんど聞き取れないが……突然どうしたのだろうか。

 そして、そのまま秋人の後ろを通り過ぎて行った。

 寺島らしからぬ行動に、秋人は奇妙にも似た不審感を抱く。


「なんだったんだ?」


 その問いに答えれるはずの寺島は、もう既に角を曲がっている。

 秋人は少しの間その場に立ち止まっていたが、


「っと……さっさと帰って寝ないと」


 時計が0時の方向を指しているのを見て、早く寝ないと貴重な睡眠時間が削られると思った秋人は、足早に屋敷を後にした。


◇◇◇


 秋人が屋敷から出ていく様子を窓の外から見ていた寺島は、彼の後姿を見ながら、ぽつりとこういった。


「秋人君。やっぱり僕は君の事が――――」


 懐に隠していたナイフを取り出すと、夜闇に向けて投げつけた。そのナイフは木の上に止まっていた鳥に直撃し、血を撒き散らしながら落下していく。


「大嫌いだ」


 そう言うと、屋敷の外を飛び出した――。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る