第19話 柊 静香

中へと入ると、まるで体育館のような広大な空間がそこにはあった。照明は全てシャンデリアに備え付けられた電球がになっており、巨大なシャンデリアを中心として周囲を小さなシャンデリアが吊り下げられている。屋敷のエントランスにもシャンデリアはあったが、それとは比べ物にならない程の大きさだった。

 壁にはろうそく立てが無数にかかっており、一層ホール内を明るく見せていた。それだけで数十億円は下らないであろう装飾ぶりに、思わず感嘆の声をあげる。

 床は全て大理石でできており、あちこちに長いテーブルが設置されていた。その上に並べてあるのはたくさんの料理の数々。立食ビュッフェ形式なのか、各々が好きな物を取って食べていた。

 秋人が驚いたのはそれだけではない。来ていた面子も豪華であった。少なくともテレビで見たことのある人物が何人かいる。ほとんどは中高年者であるが、中にはまだ20代後半、もしくは30代の社長らしき人物や、俳優、芸能人といった人達も混じっていた。この人達を呼んだだけで、恐らく秋人が一生働いてでも返せるかどうかわからない程の金が動いているのは間違いない。


「こういうパーティは初めてかい?」


「当たり前だ。俺はまだ高校生だぞ……」


「はは、そういえばそうだったね。あ、別に君が老けているとかそういう意味ではないよ。単に、秋人君はどこか大人っぽい雰囲気があるからそう感じただけで……」


「わかってるよ」


「よかった……。けれど、実は私もこの規模のパーティに呼ばれたのは初めてなんだ。柊 源蔵さんには本当に恐縮だよ」


 源蔵……つまり、咲夜の祖父の事である。咲夜は嫌っている様子を見せていたが、俊文は逆に好印象を抱いているようだった。秋人はまだ彼に会ったことがないため、どうともいえないものの、やはりあのたかひろを見てしまった以上、一筋縄でいく人物とは到底思えない。


 ――と、そこへ俊文に話しかける人物がいた。

 グレーのスーツに赤い蝶ネクタイをした男性だった。

 話が長引きそうだと判断した秋人は、ここが潮時かと思い、こういった。

 

「じゃ、これからあんたも大変だろうが頑張れよ」


「ああ。僕も秋人君の活躍を期待しているよ」


 そう言って握手を交わすと俊文と分かれる。

 とりあえず、お腹が空いていた秋人は先に腹ごしらえをすることに。


「やべぇ、どれも見たことない料理ばっかなんだが」


 揚げ物やラーメン、スナックといったジャンクフードが大好きな秋人としては、それらの類の物がないことに嘆息するが、とりあえず適当に皿にのせて食べ始める。


「ただのサラダなのになんでこんなに美味いんだ?」


 変な麻薬でも入れてるのかと疑うほどに美味しいサラダ。これなら野菜嫌いの莉子りこでも絶対に食べるだろう。

 こんな美味しい料理を食べれる日など、早々ない。秋人は次々と様々な料理を食べ始める。そんな秋人を周囲の人たちはどこかいぶかし気に見ていたが、話しかけてはこない。ここでも秋人の人相の悪さが功を為していた。

 

 ――しかし、それが通じない人物もいた。


「え……あんた、なんでここに!?」


「ん……?」


 口に肉をほおばりながら、秋人はその声の方向へと振り返る。

 そこには咲夜の姿があった。

まるで貴族のような見たことのない黒のドレスを着ており、首元にはネックレスが下げられている。

 ストレートのプラチナブロンドの髪は健在だが、いつものカチューシャではなく、ティアラを付けるなど、柊家としての品格を恥じない為に務めているのが見てとれた。

  

「よう柊。なんか雰囲気変わったな。いつもと違ってお嬢様に見える」


「いつもも何も、私は正真正銘のお嬢様よ!! ……って、そうじゃないっ。どうしてここにいるのよ。あんた、ダニエルに来るなって言われてるんじゃなかったの?」


「そうだな」


「じゃあどうして――」


「こういうパーティって、行ったことねぇから興味あったんだよ」


 そう言うと、秋人は再び肉に食らいつく。

 それを聞いた咲夜は、呆れたようにため息をついた。


「それだけの理由で……。まったく、あんたがいないから寺島に護衛をされる私の身にもなってみなさいよ」


「寺島だとなんか不都合があるのか?」


「不都合というか……」


 そこで咲夜が黙ってしまう。

 言いたいことをはっきり言う彼女にしては珍しい光景だった。

 そんな咲夜を見た秋人はからかいを混じらせた声色でこういった。

 

「でも、その言い方だとまるで護衛は俺がいいみたいな感じだな」


「な――ち、違うわよ! 寺島に比べたらあんたの方がまだマシってだけで、別にいいとかそんなんじゃ……」


 顔を赤くし、あたふたと慌てる咲夜。以前なら見られることのなかった光景に、驚きつつも嬉しさを感じていた。


「ふーん、まぁそういうことにしておいてやる」


「何ニヤついてんのよ、きもい」


「ひでぇな」


 ただ、いつもの毒舌ぶりも健在なようだった。

 苦笑すると、秋人は周囲を見ながらこう言った。


「それで、寺島は何処にいるんだ?」


「あぁ、あいつなら……」


 そう言って咲夜が指をさした方向には、何やら若い女性数人に囲まれている寺島の姿があった。笑顔を振りまきつつ、女性にシャンパンを注いでいる。その甘いマスクに、女性達は既にちているようであった。


「あいつ、護衛をほったらかして女に鼻を伸ばしてんのか」


 目を細めて呆れる秋人。秋人にはあれだけ偉そうに言っておいて、自分は女としっぽり楽しんでるだなんて何を考えているのか。


「ま、私としてはそっちの方が都合がいいわ」


 寺島とは反りが合わないのか、むしろ彼女にとっては彼がいない方が幾分楽なようだった。その証拠に、顔の表情も若干柔らかい。


 ――と、そこへ咲夜に話しかけてくる1人の男性がいた。

 彼は、咲夜に名刺を渡すと自社のメリットを熱烈にアピールし始めた。その強引さに咲夜は一瞬気圧される。咲夜は適当にいなしつつも、考えておくと言い、男性から距離を取った。


「はぁ……これでもう何人目よ」


 咲夜の手には、いくつもの名刺が握られていた。どうやら、結構な人数から言い寄られていたらしい。


「自社に投資しろ……ねぇ。実際、お前にそんな権限ってあるのか?」


「あるにはあるけれど、お兄様やお姉さまに比べれば私が動かせるお金なんてしれたものよ。せいぜい数億円程度かしら」


「数億をしれた額といえるお前もだいぶヤバいけどな」


「わ、わかってるわよ。けれど2人は私よりも2桁は多く動かせるわ」


 つまり、数百億は動かせるという事である。なるほど、そう考えれば咲夜の数億というお金は大した額でもないのかもしれない。それでも秋人から見れば、十分巨額なお金な事には変わりない。


 咲夜は一度周囲を見渡した後、こういった。


「寺島に見つかったら何言われるかわからないし、あんたは早く戻っていなさい」


「んー……そうだな。そろそろ潮時か」


 パーティがどういうものか、秋人にもその概要は掴めた。欲張ってこれ以上の収穫を望めば、手痛いしっぺ返しが来るかもしれない。実際、たまたま寺島が女性に目がいっていたおかげで難を逃れていたが、見つかれば面倒なことになっていただろう。


「じゃあ、最後にこの肉だけ食べていい?」


「あんたは子供かっ! ……はぁ、勝手にしたら」


 咲夜の了承を経て、秋人が高級肉に舌鼓を打っていると、視界の端に高広がいるのが目に入った。

 今朝では決して見せることのなかった笑いを浮かべながら、知らない老爺と談笑を交わしている。護衛の金井は、高広からは少し離れた場所でじっと棒立ちの状態で待機していた。無表情でひたすら主の動向をうかがいつつも、周囲に目を配り警戒している。

 恐らく、向こうは秋人の存在にも既に気が付いているだろう。その証拠に、秋人が高広の元へ一歩近づいた時、彼のまぶたがぴくりと動いたのがわかった。本人は隠しているつもりだろうが、こと相手の洞察に関しては秋人の方が一枚上手のようであった。

 高広は何かを言った後に老爺と分かれると、食事をするため皿を取りに行った。

 気付かれないように秋人も彼の動向をうかがう。柊家ともあってか、話しかけられるのが非常に多いようだった。

 咲夜も秋人が見ている方向へと顔を向けたことで高広の存在に気がづく。


「まずい、お兄様だわ……。って、あれは――」


 咲夜が驚愕に目を開き、その方向へと顔を向ける。

 そこには1人の女性がいた。華美な赤のドレスに身を包み、アイシャドウの濃い、ばっちりメイクが特徴的な若い女性だ。

 女性は高広に近づくと甲高い声でこういった。


「あらあら、なんだか見たことのある貧相な顔立ちの男がいると思ったら……高広じゃない」


 女性は、高広を見るなりいきなりそんな事を言い始めた。

 いきなりの喧嘩腰に思わず秋人も面食らう。

 高広は、料理を取ろうとしていた手をピタリと止め、女性の方向へと顔を向けた。そして、口元を吊り上げると、嫌みっぽくこう告げた。


随分ずいぶんと濃い化粧をしているが、男でも漁りにきたか?」


 静香……? 秋人はその名前を聞いて、最近どこかで聞いた名である事に気が付く。

 

「あ、そうか。あれが柊の姉ちゃんか」


「え、ええ……」


 ダニエルの言ったことを思い出す。

柊静香ひいらぎしずか。咲夜の姉にして、高広と双璧そうへきを為す程の厄介な人物。にじみ出る雰囲気から、秋人は静香が、おごれる人であることを薄々感じ取っていた。

 しかし、高広といい静香といい、全くもって似ている顔のパーツがないのは一体なぜなのか……。

 隣の咲夜を見れば、どこか緊張した様子で2人の動向を見ている。

 静香は、高広からの鋭い指摘にも涼し気な表情でこう言った。


「あいにく男には困ってないから」


「ほう……。ついこの間、男に振られてひどく傷心だと言う風に聞いているが?」


 高広が目を細める。

 すると、余裕げだった静香の表情に焦りが見られた。


「ッッ! あんたそれどこで――あっ」


 静香が気付いた時には既に遅い。この反応ではもう答えを言っているようなものである。

 実に分かりやすいタイプだ。

 してやったりと言った表情で高広がほくそ笑み、続いて馬鹿にしたような笑い声をあげた。


「ハハハッッ!! さぞかし相手を急かしたのだろう。自分の婚期が遅れているからと言って、相手にそれを迫るからだ。重いから男は逃げるのだよ」


 そう言うと、一度香りを楽しんでから赤ワインに口をつける高広。


「あぁ? なんですって!?」


 静香が、目に見えてわかるぐらい怒りを露わにする。周囲の視線などお構いなしのようだった


「そう怒るな。これ以上、しわが増えたら化粧では誤魔化せなくなるぞ。まぁ最も、既に手遅れな感は否めないが」


「高広…………!!!」


 一触即発の空気。

 周囲の人達は、おろおろとその様子を見ていることしかできないようであった。それもそのはずで、今間違いなく口をはさめば、2人からほこ先を向けられる。柊家がプロデュ―スしている企業の社長なども少なくないため、口を挟んで機嫌を更にそこね、契約打ち切りなんてことになれば彼らは路頭に迷うことになる。そして柊家と対立した企業は、ことごとく衰退すいたいして潰れていく。

 だからこそ、そんな豪胆な事をできる人物はこの場にいなかった。


「あれ、止めなくていいのか?」


 隣にいる咲夜に問うが、首を横に振られる。


「無理よ……。あの2人の喧嘩を止めるのはお爺様でないと不可能だわ」

 

 つまり、源蔵が来るまではこれ以上悪化しないように見守ることしかできないということだ。

 2人の睨み合いが続く中、やがて静香の方が反撃に出た。


「……そうは言うけれど、あんたこそどうなのよ」


 彼女が言うと、高広は自身ありげにこう言った。


「ふっ。あいにくだが私はちゃんと全ての女性を公平に愛している。そして、皆そんな私の事を好いてくれる。だから何のうれいもない」


「へぇ……皆が高広の事を好いてくれる……ですって?」


 今度は静香があざけるような表情を浮かべ、こう告げた。


「聞いた話によると、あんた、夜の営みでは満足にイカせてあげることもできないそうじゃない。誤魔化すために前戯が異常に長いんですってね! しかも、下手糞だから彼女痛がってたわよ。可哀そうに……」


「な……! なんでお前がそれを……」


「…………ふふっ」


 静香のしてやったりといった表情に、高広は歯噛みする。そして、その意味を悟ったのか、こう言った。


「お前……まさかその為に女性を……?」


 その意味は秋人にも咲夜にも分かっていた。静香は高広から情報を得るため、女性をスパイとして高広に送り込んでいたという事である。スパイ自身が抱かれる事もいとわずに。

 とはいえ、自分自身でその事実を漏らしてしまうあたり、ちょっと頭の足りない人なのかもしれない。


(というかなんつー話をしてるんだ)


 公の場、それもパーティという場所で

 流石の秋人も唖然あぜんとして何も言えなかった。

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