第16話 仲裁者

「ダニエル……何用だ」


仲裁するべく間に入ったダニエルに睨みをきかせる高広。


「高広様、申し訳ありません。この者はなにぶん新人なもので。すぐに出て行かせますから、ここはどうか穏便にしてやってはいただけないでしょうか」


 頭に大粒の冷や汗をきながらも、声色はあくまでも落ち着いた様子で発言するダニエル。


「……貴様、このような下賤げせんな者を雇い入れるなど、何を考えている?」


「確かに言動は粗暴かもしれませんが、この者の実力は確かです。先日も、お嬢様を亡き者にしようとした後継者がいましたが、それを撃退し、PECへと引き渡したのは彼です」


「咲夜、それは本当なのか?」


「あ……はいっ。彼がいなければ今頃死んでいました」


 きっぱりと即答する咲夜。それを聞いた高広は、眉間にしわを寄せつつもこう言った。


「ふむ……。しかし護衛が主を守るのは当然の事だ。確かに実力はあるかもしれないが、それとこれとは話が別。私は身の程をわきまえない者が大嫌いだ。すぐにそこの不快な者を私の視界から失せさせろ」


「は……了解しました」


 ダニエルが高広に深く一礼すると、秋人は彼に腕を掴まれる。


「行くぞ」


「…………」


 一瞬抵抗するか考えたが、ここで突っ張れば本当に実力行使されるだろう。つまりこれが最終警告ということだ。ダニエルが仲裁に入らなければ、問答無用で戦いになっていただろうが、彼のおかげでどうにか事なきを得ようとしている。

 サングラス越しに見えたダニエルの目からは、頼むからここは退いてくれといった様子が感じられた。

 ……それを無下にするようなことは流石の秋人もできなかった。


 そうしてダニエルに促され、後ろ髪をひかれつつもその場を後にする秋人。部屋に出るその時までまで高広の護衛達からの厳しい視線がヒシヒシと感じられた。

 一瞬咲夜と目が合ったが、大丈夫だと目で訴え、食堂から出た。


◆◆◆



 ダニエルは、大きく息をつくと胸を撫でおろす。


「全く……生きた心地がしなかったぞ」


「わりぃな。けど、どうしても言わずにはいられなくて」


「わかっていても、あそこは黙っておくべきだ」


 ダニエルも同様の意見を抱いていたようだが、こらえていたみたいだった。

 まだまだ自分が精神的に未熟であることを反省する。


「そうだな、俺もそう思うよ」


「ならば、なぜあんなことを」


「さあな……」

 

 秋人自身、どうしてあの場で喧嘩腰ともとれる発言をしてしまったのか、不思議でならなかった。

できる限り面倒ごとを避けてきた秋人にとって、自ら面倒ごとに飛び込むなど、言動が矛盾むじゅんしている。

 ただ、柊家というだけで全てできて当然と思っているような高広の考え方が気に喰わなかったという事と、咲夜が道具扱いされているという事にどうしても納得がいかなかったというのはあった。自身も妹がいるとだけあって、ちょっと感情的になってしまったのかもしれない。


「とりあえず、しばらくは高広様と顔を合わせては駄目だ。今日の夜開かれる晩餐会も、お前ではなく、寺島を連れていく」


「晩餐会か……。そういやそれって具体的に何をするんだ?」


「基本的には各業界の大物や政治家、起業家などを集めたパーティーをすることになっている。その時にはお嬢様の姉君である静香様、更に、柊家当主である源蔵様も来られるだろう」


 つまり、柊一家勢揃いというわけだ。

 もしかすると、ニュースで報道されるかもしれないレベルの規模のパーティーかもしれない事を考えると、晩餐会に出れないのは少し残念に思えた。が、自業自得なので仕方ない。

 しかし、秋人は一つ驚いていたことがあった。 


「あいつ、姉ちゃんもいたのか」


「ああ。しかし、私としては非常に心配だ」


「心配?」


 そう言うと、ダニエルが周囲に誰もいないことを確認したのち、秋人の耳元に手を当てつつこう言った。


「……高広様と静香様は昔から非常に折り合いが悪くてな……。顔を合わせるたびに、お互いにいがみ合うおかげで、我々も毎回毎回生きた心地がしないのだ」


 (なるほど……そりゃ柊がパーティーを嫌がるわけだ)


 自分の身内同士、それも兄と姉が毎回喧嘩をするパーティーなんて気が滅入るだけだろう。柊の心労も絶えないわけである。

 家族でいがみ合ったところで何も良い事なんかないのに……と秋人は内心思っていたが、それを口には出すことはしなかった。


 とはいえ、これで晩餐会には出られなくなってしまった。

 寺島に任せるのが若干不安な部分もあるが、彼も後継者であるならばちょっとやそっとの事では動じないだろう。それに、柊一家だけでなく他の業界の大物も出席するのなら警備体制は蟻一匹見逃さないものになるはず。

 非常時には彼らがどうにかしてくれるものと信じ、秋人は言った。


「晩餐会に出れねえのなら、今日はこのまま帰った方がいいか?」


「ふむ……そうだな……」


 ダニエルは悩む素振りを見せた後、こう告げた。


「晩餐会には出られないが、もし非常時が起きてしまった場合にはお前のような戦い慣れしている者がいるのといないのでは大きく変わってくる。だから、近くの客室で待機していてはもらえないか?」


「待機か……じゃあ暇になるな」


「その代わり、好きなだけ料理を食べてもいい」


「なに……?」


 その言葉を聞き、秋人の目の色が変わった。

 晩餐会と聞いた時から、きっととんでもなく高価な料理が出てくるんだろう、とか、試食できたらなーとか頭の片隅でそんなことを考えていた秋人にとっては、まさに朗報だった。


 断るはずもなく、ダニエルの提案に了承した秋人は、彼の案内で客室へと向かう。

 中へ入ると、これが本当に客室なのか? と思うぐらいに広かった。

 キングサイズのベッドが一つと、鏡台に小物入れ、そして備え付けの窓といったシンプルで清潔感のある部屋。

 防音対策もばっちりなようで、例え、いきなりここで奇声をあげたとしても、音が漏れる心配もない。

 住めと言われれば、喜んで住めるだろう。

 

「晩餐会は19時から21時までだ。それが終わるまではここで待機していろ」


「漫画も何もねえのに、半日以上待てってか」


 そのような経験がないわけではないので、別に構わないものの、やはり暇なことには変わりない。

 せめて本でもあれば時間を潰せるのにな……と秋人が考えていると、まるでその心を読まれたかのようにダニエルがこう言った。


「なら、本でも読んだらどうだ」


「あるのか?」


「ああ。書斎に数千冊はある。半日ぐらいなら余裕で時間は潰せるだろう。本は好きか?」


「それなりには」


 基本的に勉強はからっきしの秋人だが、昔から本を読むことは好きだった。特にを中心にはまっており、家の中にもそれ関係の物がそこら中に散らばっている。最近は忙しくてあまり読む時間がとれなかったものの、この際だし丁度いいか、と考えた秋人は、おとなしく本を読むことにした。

 書斎で適当に目についたものを数冊持っていくと、部屋にこもって読み始める。


「用があれば、電話かメールをしろ。私はこれから、晩餐会の警護の準備をしないといけないからな」


「ああ、わかった」


 そう言われると、完全に1人になってしまった秋人。


「さーってと。今日は読み倒すか」


 咲夜の事が少し気がかりだったが、ダニエル達もいるし、そこまで心配することもないだろうと納得し、小説を読み始める。


 そして数分もすれば、秋人はやがて時間を忘れるほどに小説に没頭していた。


「誰が買ったのか知らんが、中々面白い小説を持ってるじゃねえか」


 思わず独り言をつぶやくほどに、面白い作品だった。久しぶりに小説を読んだという事もあったかもしれないが、内容が非常に綿密で、最後までどうなるかわからないドキドキするような話だった。

 



◇◆◇


 そうして時間を潰し初めてから早くも数時間が経とうかという頃、秋人は既に5冊目の小説に取り掛かっていた。

 あまりにも面白くて、思わず周囲の警戒を怠ってしまうほどであった。


「おいおい何やってんだよ、さっさと立ち上がれよっ!」


 感情移入しすぎて思わず叫んでしまう。傍から見ればかなりヤバい人である。

 しかし、防音対策はばっちりなので音が漏れ出る心配はない。

 そうしてまたしばらく読んでいると――。 


 ブー……ブー……。 


 突如秋人の携帯がぶるぶると震えた。

 しかし、ちょうどバトルで緊張感真っただ中のシーンを読んでいたという事もあり、音に気づいてはいたが取らなかった。


 ブー……ブー……。


 一度は止んだ携帯だったが、やがてもう一度鳴り出す。

 まるで、早く出ろと催促さいそくするかのようであった。

 そして鳴りやみ、また鳴り出したところでようやく秋人は電話に出た。


「おい、誰か知らんが今いいところ――」


『やっと出た』


「え……?」


 秋人は思わず困惑する。

 何故ならその声は何度も聞き馴染んだものであり、秋人にただ1人残された唯一の肉親――莉子りこのものだったからである。  

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