第15話 柊 高広
次の日。
咲夜の屋敷にて、仕立ててもらっていたスーツを貰うと早速試着室で着替える。
秋人はこういった服の種類には疎いものの、ダニエル曰くかなり上質なダークスーツだという。そんな事を何故ダニエルが知っているのかといえば、彼自身も同じ類の服を着用しているからであった。
「なんだこれすげえな、ぴったしじゃん!」
上下共に寸分の狂いもなくピッタリで、特殊な素材を使っているのかスーツ特有のごわごわした感触も感じられない。伸縮性も備えており、普通に蹴りを放てるほどだ。
しかし、こんな服を着たことのない秋人は鏡に映る自分の姿に違和感を拭えない。
着替えを済ませ、エントランスへと戻ると使用人たちがバタバタと動いていた。咲夜の家族が来るため、早朝から大掃除をしているのである。普段から掃除はおこなっており屋敷内は清潔に保たれているものの、念には念をということのようだった。
「皆忙しそうだな」
邪魔になると思った秋人は中庭で待機することに。
◆◆◆
そうしてエントランスへと出た時に、咲夜とばったり遭遇する。
咲夜は、秋人の頭からつま先まで見た後、微笑を浮かべて言った。
「あら、意外と似合ってるじゃない。
「それは遠回しに普段は駄目ってことを言ってんのか?」
「さぁどうかしらね」
そう言って意地悪な笑みを浮かべる咲夜。しかし、いつものような冷酷無慈悲ではなく、毒を吐きつつも温情が感じられる物言いであった。
「で……柊の家族ってのはいつ頃来るんだ?」
「後30分といったところね。そろそろ、門前で待っておくわよ」
「出迎えるってことか」
「ええ」
そう言うと咲夜が屋敷の外へと出たので、秋人もそれに続く。
門前へと着くと、既にダニエルを含めた護衛達や他の使用人数名も整列しており、咲夜の家族を出迎える準備は整っているようだった。
そのまま特に誰も話をすることなく、ふと時計を見れば、8時50分。約束の時間まで後10分だ。
そして残り9分……8分と時間が迫っていくにつれて、隣にいる咲夜がそわそわし始めるのを秋人はちらりと確認敷いていた。しかし、それは彼女が相手を待ち遠しく思っているとかそんなものではないということはすぐに察した。
憂鬱そうな表情がその証拠である。
少なくとも久しぶりに会う家族を前に見せる表情ではない。
「…………このまま来なかったらいいのに」
その言葉は勿論秋人にも聞こえていた。ダニエルにも聞こえていたはずだが、彼は固く口を閉ざしたままだ。家の事に口出しをするのは無用といったところか。
やがて、後3分というところで、白いリムジンがこちらに向けて一直線に走行してくるのが見えた。
屋敷の門前へと止まると中からサングラスをかけた黒服の護衛が現れ、そして後部ドアから1人の中年の男が姿を現す。
白の礼服に身を包み、
しかし、その瞳はどこか冷たく、
「久しぶりだな、咲夜」
若干ハスキーな声色をしているその男は、咲夜を見下ろすようにして言った。
「はい……。お兄様も、お変わりないようで」
(こいつが柊の……兄貴?)
見た目は20代後半といったところだが、若作りしている感が拭えないため30代である可能性が高い。そんな男を咲夜が兄と言った事に内心驚く秋人。
ならばこいつが昨日柊の電話に出ていた高広という人物で間違いないだろう。
高広は周囲を軽く見渡した後、こう言った。
「こちらに来るのは半年ぶりだが、本当に大したものがないな。来る途中、退屈すぎて寝てしまうかと思ったぐらいだ」
(おいおい、いきなり地元をディスり始めたぞ……)
「東京と比べていただいては困ります」
高広の嫌みたらしい言葉には特に動じもせず、即答する咲夜。
確か、柊家の本拠地は東京にあるはずだ。
ということは高広もその近辺から来たのだろう。
(というか……)
咲夜は兄に対してはお嬢様らしく
咲夜と並んで歩く高広の後ろを、彼の護衛が続く。その後ろに秋人、ダニエル、その他の護衛がついた。
「あいつも後継者か」
高広の後方にぴったりとはりついているようにして歩く若い男を見て、秋人がダニエルに小声で伝える。背中には咲夜の身長ほどの大剣が掛かっており、服装もさながら、かなり重厚な装備をしているように見受けられた。
「ああ。恐らく後で紹介することになるだろう。高広様の武器にして防具でもある、金井という男だ。PECに所属している」
武器にして防具という言葉に、どこか突っかかりを覚える秋人。
ダニエルは続ける。
「
「へぇ……殺すことに
「……お前でも恐怖を感じるのか」
「当たり前だろ。後継者としての力があるとはいえ、心は健全な男子高校生だぜ? 人並みに恐怖心は持ち合わせているさ。
……ただ、柊に手を出すつもりなら話は別だけどな」
その時には例え刺し違えてでも排除するぐらいの気負いは抱いている。
「金井はその辺りの分別はある男だ。高広様から命令が出ない限り、無駄な殺生は行わないだろう」
そうは言うが、それは即ち高広から命令が下れば躊躇なく殺生をすることになるのではないだろうか。まぁ、いくら仲が悪いとはいえ、家族を手にかけるような愚行をするような人物でないと信じたいところではある。
金井から
もしも殺りあえば秋人といえども腕の一本ぐらいは覚悟しないといけないかもしれない。
ただ、秋人にとっては彼よりも、昨日であったPECの1人――牧瀬といったか――の方が危険な臭いしかしなかった。
全く気配を悟られずに、背後を許すという秋人の油断。彼女がどうしてあんなことをしたのかはわからない。単にからかっているだけかもしれないし、何か別の意図があったのかもしれない。ただ1つ、秋人は自覚しないといけないことが一つあった。それは彼女がいつでも秋人の首を刎ねることができるのだとということである。そちらの方が余程怖いだろう。
だからこそ彼女は、「次は背後を取られるな」と忠告してくれたのかもしれない。
(ま、俺の勝手な憶測だが)
とりあえず、神羅万象に喧嘩を売るような真似だけは避けた方がいいだろう。もしもあの少女のような人達がわんさかいるのだとすれば、命がいくらあっても足りないからだ。
しかし、だとすればやはり解せないことはある。秋人ですら驚愕するような猛者の集団であるPECが、あの風の神の後継者――即ち狂った男子生徒を何故今まで放置していたのか。あるいは、どうして見つけ出すことができなかったのか。
連日騒がれていた、バラバラ殺人事件の件を知らないはずはない。彼らなら見つけPECに連れていかれたのは確かだが、その後の所在はわからない。少なくとも、何人もの人達を手にかけているのだから、一生表に出てくることはないと思うが。
ダニエルから聞いた話によれば、あの男子生徒は学園の生徒の1人を殺害し、衣類を奪って中へと侵入したらしい。これで殺された生徒の親は、めでたく反後継者派の仲間入りというわけだ。
咲夜を襲った動機などはまだわかっていないが、誰かと繋がっている可能性も否定できないとのこと。秋人としても、あれが単なる快楽殺人でないことぐらいはわかる。誰かと繋がっているのは可能性は極めて高いだろう。男子生徒が何故か咲夜には護衛がいないということを知ってたことからもそれは推測できる。
秋人の疑念は考えるほどに深くなるばかりだったが、そうこうしているうちに2人が屋敷内へと入り、そのまま食堂へ向かった。
結構早めだが今から昼食を取り、夜のパーティーまで腹を空かせておくとのこと。
食堂内へと入り、秋人を含めた護衛達は食堂の隅へと待機する。
間もなくして、料理が運ばれてきた。
高広が口にした後、咲夜も料理を口へと運ぶ。咲夜と高広は、おおよそ家族とは思えないような、
――が、ここでようやく話が咲夜の学園についてのものになった。
「そう言えばこの間、学園で全国模試があったそうだな」
「はい」
(全国模試……確かそんなのもあったな。受けた記憶がないから、欠席してたんだろうが)
「勿論一位だったんだろうな」
淡々と、そして冷徹に告げる高広。ここで違う、と言えば殴り飛ばされそうなぐらいの威圧感がそこにはあった。
「……はい」
そんな高広の重圧にも耐えながら、どうにか答える咲夜。その声はいつもと違って弱弱しい。委縮しているのは目に見えて明らかだった。
喜ばしい事なのに相手の顔色を伺いながら告げる咲夜に、秋人は違和感を覚える。
「ふむ……。ま、柊家ならば当然だな」
そう言うと赤ワインで喉を潤す高広。
(……えっそれだけ?)
まったく褒める様子もなく、それこそ当たり前みたいな物言いの高広に秋人は開いた口が塞がらなかった。思わず反論しそうになるがぐっと堪える。
高広の追及は更に続く。
「まさかとは思うが、不純異性交遊などもしていないだろうな?」
「はい」
即答する咲夜に、高広はかえって疑心の目を向ける。そして咲夜をじっと見つめた。どこか探るような目つきだ。少しでも嘘があれば、その瞳から読み取られてしまうのではないかと錯覚してしまう。
食堂内にしばらく沈黙という名の緊張感が漂っていたがやがて、高広が鼻を鳴らすと、
「まだ女としては目覚めていないようだな。まあよしとしよう」
そう言って再びワインに口を付けた。
「咲夜を欲しがる奴はたくさんいる。その時に、処女じゃないと知れば、それだけでお前の価値は下がるからな。そうなれば柊家の人脈も細くなってしまうだろう。
卒業すればお前もすぐにでも結婚することになる。だからくれぐれも野良犬に体を許すんじゃないぞ?」
その言葉は、咲夜に対する最大の侮辱だった。事実上、柊家を反映させるため、
咲夜はそれには何も答えずにただ顔を俯け、黙っていた。
それを反抗と捉えた高広が厳しく追及する。
「どうした? 返事が聞こえないのだが」
「……」
秋人には咲夜がどうして返事をしないのか、わかっていた。
柊家の名声欲しさに、彼女を求める者は非常に多いだろう。だから彼女は政略結婚の
高広は、柊家のパイプをさらに強めるため、咲夜が学園を卒業した後に無理やり結婚させようとしているのだ。それこそ好きでもない人と。彼は、咲夜から
家族を、だしにするなんて恐ろしい男だ、と秋人は戦慄する。
恐らく逆らえばすぐにでも排除されるだろう。そうすれば咲夜の居場所はもうどこにもなくなってしまう。
そしてここから先はあくまで推測だが、高広は既に、咲夜を誰と結婚させるかは決めていて、その男との繋がりを深めることで一層柊家の名声度を高めるというところまで考えているんじゃないだろうか。
ここで咲夜がはい、と返事をすればもう後戻りはできないだろう。かといって無理です、ときっぱりと断ることもできないようであった。いつもの咲夜にしてはらしくない態度だが、きっと何かあるのだろう。
「…………どうして返事をしない! まさかお前……」
このままだと、咲夜が追い詰められて根負けしてしまう。
そうなってしまえば、もう後戻りはできない。
――だから、秋人は声に出していた。
「おい、ちょっと待てよ。あんた、いくらなんでもそれはおかしくねえか?」
「…………!」
俯いていた咲夜の顔がパッとあげられる。
声こそ発しないものの、驚いているのはわかった。
「…………なんだこの薄汚い男は?」
各護衛達は、部屋の隅で待機しておくようにと言われていたはずだったが、彼のさも当然とせんばかりの物言いに突っかからずにはいられなかったのである。
「こいつの護衛だ」
そう言って咲夜に視線を送る。言葉こそ発しないものの、硬かった咲夜の表情が少しだけやわらぐのが見てとれた。
「咲夜の護衛は佐々木と私は聞いているが?」
そう言って咲夜に鋭い視線を送る高広。
(……佐々木?)
初めて聞く名前に、秋人は疑問を抱く。咲夜の護衛担当は、後継者である秋人と寺島、そしてその他人間の護衛数名であり、彼らを総括しているのがダニエルだ。今の護衛の中に、佐々木というやつはいない。
咲夜は高広と視線を合わすことなく静かにこう言った。
「佐々木はその……先週で辞めました。今は彼に登校から下校時まで護衛していただいています」
ワインを飲む高広の手が止まる。
「佐々木が辞めた……? それはどうしてだ。彼は護衛の中でも特に優秀だったはずだ」
「それは……」
高広の追及に、咲夜が言いずらそうに押し黙るのを見て、秋人がフォローを入れる。
「そりゃ、いくら優秀でも反りが合わなきゃ続かないんじゃないの?」
「黙れ。私はお前に発言を許可した覚えはない」
そう言って冷徹な瞳で秋人を睨みつける高広。
秋人は腕を組んで壁にもたれかかりながらこう言った。
「そうかい。けどな一つ言わせてくれ。……あんた、兄貴なんだろ? 兄貴っつーのは、どんな時でも妹を守ってやらなきゃいけねえもんだ。……それなのに自分の妹を政略結婚の道具にするなんて、頭おかしいんじゃねえの?」
秋人のその言葉に、周囲の空気が一気に凍り付いたのがわかった。咲夜の使用人たちは勿論、ダニエルですらサングラス越しでもわかりそうなぐらい顔が引きつっていおり、しまった、と言わんばかりに手で顔を覆っていた。
「……なんだと?」
殺気を込めた視線で秋人は睨みつけられるも、それに臆することなくこう言った。
「見てみろよ。あんた、自分が妹にこんな顔させてんだぜ? 兄妹なのに、こいつ、ずっとあんたの顔色窺ってんだぞ? そんな事にも気づかないなんて、あんた、兄貴失格だよ」
高広が手でテーブルを思い切り叩いた。
その拍子に、皿が一瞬浮く。
「………………おい、誰かこいつをつまみだせ」
高広の発言に、室内に入ってくる10人の護衛達。
彼らは秋人を取り囲むと、いつでも戦えるように身構えていた。
……が、金井は腕を組んだまま壁にもたれかかっており、動く気配は見られない。
「図星を突かれたらすぐに排除か……。そういうのを何ていうか知ってるか? 愚か者っつーんだよ」
不敵な笑みを浮かべつつも好戦的な態度を変えない秋人。そんな秋人に、高広は極めて冷静にこう告げた。
「小僧の
(いや、図星を突かれて怒ってただろうが……)
思わず呆れる秋人。
秋人も、自分が感情の赴くがままに発言していることはわかってはいたが、もはや後には引けない状況であった。
しかし、これで矛先がこっちに反れたことで咲夜への追及はうやむやになるだろう。
「俺は柊の護衛だ。こいつ以外のいう事を聞くと思うか?」
嘲笑するかのように言った秋人。
「ならば、実力行使するまでだ」
高広が手を挙げようとする。
その意味は即ち――排除せよという事だ。
金井はまだ動いていない。しかし、高広の手が完全にあげられた瞬間、全力を以って秋人を排除しようとするだろう。
それをわかっていたのかどうかは知らないが、咲夜が慌てたようにこう言った。
「ちょ、ちょっとお兄様やめ――」
そうして咲夜が立ち上がって動こうとした時――。
それよりも早く2人の間に入った者がいた。
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