第14話 パーティ前日

 屋敷を出ようとしたところで、咲夜と遭遇した。


「なんで出歩いてるんだよ。傷口が開くかもしれないから安静にしてろって言っただろ」


「あんたに用があったのよ」


「俺に?」


 咲夜が頷いた。

 珍しい事もあるものだ、と秋人は鼻を鳴らした。


「今ちょっと時間ある?」


「ちょっと待ってくれ、今予定を確認する」


 そう言って懐から手帳を取り出す秋人。


「何も書いてないじゃないっ」


 白紙の手帳を見られ、思わずツッコまれる。


「まあ、日中はお前の護衛ぐらいしかすることねえし」


「つまり、知っててわざとやったってことね……」


 咲夜がジト目で睨んでくるものの、秋人は全く意に返さず涼しげな表情。咲夜自ら話しかけてくることが珍しいというともあって、ついついからかってしまったのである。


「んで、本題は?」


 続きを促すと、そうそう、と咲夜は言って、


「ここじゃなんだから、ついてきて」


 そう言うと、咲夜はそそくさとその場を後にした。その後ろを秋人が続いていく。エントランスに行き、螺旋階段を上った後、バルコニーへと案内される。

 遠くには夕日が見え、吹いてくるそよ風が咲夜の髪をなびかせた。

 先程とは違い、神妙な様子の咲夜に、秋人もただ静かに景色を眺めるばかりだった。

 そして、しばらくしたのち咲夜が口を開く。


「今日助けてくれたお礼、まだ言ってなかったわね」


「何言ってんだ。護衛が主を護るのは当たり前の事だろ。んなもん言われる筋合いねえよ」


 それは自然と出てきた言葉だった。


「それに、俺はむしろお前に謝らないといけない。最後の最後で油断したせいで、柊に怪我させてしまったんだから」


「あれは、私の命令を聞いたからでしょ? あんたが悪いわけじゃないわ。私の責任よ」


 強く主張する咲夜。それは秋人に気を遣っているだとかそういうわけではなく、彼女自身が本当にそう思っているからこその主張であった。

 再び沈黙の時間が続く。しかし、それは別に気まずいだとかそう言ったものではなかった。


「それで、その……」


「ん?」


「いや、だから…………あの………」


「んだよはっきりしねえな。お前らしくもない」


「ちょっと黙ってて!!」


「あ、はい」


 咲夜は次の言葉を言うのになかなか時間がかかっていたが、やがて、


「……………ありがとう」


 一言、小さく言った。

 気恥ずかしそうに顔を紅潮させている。

 その言葉をはっきりと聞いていた秋人だったが、ついついからかってこう言ってしまった。


「え? え? 何て? 今何て言ったんだ?」


「う……うるさいっ! もう言わないわよバカ!」


 珍しく顔を赤くしながらも、こちらを威嚇してくる咲夜。しかし、そんな威嚇が秋人に通じるはずもなく、


「だって風の音で聞こえなかったし。もう1回言ってくれ」


「嫌よ」


「言ってくれよ」


「嫌」


「言わないと、くすぐっちゃうゾ☆」


「気持ち悪い」


 素で引かれてしまった。好感度が上がったと思ってついつい調子に乗ってしまったが、流石に馴れ馴れしすぎたようだった。

 

「ツンケンしたお嬢様だと思ってたけど、そういうところはきっちりしてるのな」


「なっ失礼ね。私だって、ちゃんとお礼ぐらいは言うわよ」


 腕を組んで顔をそらす咲夜。むくれた顔が可愛らしい。 

 ――ふと、咲夜が何かを思い出したかのようにこう言った。


「…………それと、さっき寺島に色々と言われたみたいだけれど」


「なんだ、聞いてたのか? 悪趣味だな」


 そう言うと、咲夜が慌てふためく。


「ち、違っ! トイレに行こうとしたらたまたま聞こえてきただけで……」


 あたふたとしている咲夜を見て、秋人は思わず笑ってしまう。


「そーゆーことにしておいてやる。それで?」


「そーゆーことじゃなくて、本当の話!! ……って、そうじゃないっ。

 …………寺島のことだけれど、あいつのいう事なんか聞かなくていいわ」


「つっても、一応先輩にあたるわけだしな。そう邪険にもできないだろう」


「私が許可するわ」


「おいおい……」


 ――寺島の奴、咲夜にどれだけ嫌われてるんだ……?

 秋人は思わず彼に同情――はしないものの心の中でご愁傷様とだけ言っておく。

 咲夜は、くるりと身をひるがえすと、秋人と同様に夕日を眺めた。さっきまで風之神と戦っていたことが嘘かのように周囲は静寂に包まれ、夜という安寧あんねいを迎えようとしている。

 秋人は、咲夜の横顔をふと眺める。


(…………まただ)


 咲夜の顔は、どこか寂しそうだった。昨日も同じような顔をしていたことがある。

 何か、彼女の内に抱えているものでもあるのだろうか?

 いや、あるのだろう。でなければ、こんな顔をするはずがない。

 

 聞き出すか? 昨日ならともかく、今なら、教えてくれるかもしれない。

 そう思い、秋人が口を開いた瞬間――。


「お嬢様」


 そこへ、ダニエルが現れた。


「何の用?」


「はい。高広様から電話です」


「お兄様から? …………はぁ、わかったわ」


 そう言うと、咲夜はあからさまに面倒そうなため息をつきながら、その場を後にした。

 

「久々に会う家族ってーのに、随分と嫌そうな顔してたな」


「まあな。お嬢様のご家庭は色々と複雑なのだ」


「ふーん……。あのさ、そこんところちょっと――」


 続けようとしたところで、ダニエルの手が前へと出される。


「それは私の口からは言えない。知りたければ、直接本人に聞け」


「ちっ。やっぱそーだよな。なら今度聞いてみるわ。じゃーな」


 そう言うと、手をひらひらさせながら、バルコニーを後にした。

 そのまま螺旋階段を降り、エントランスまで来たところで寺島とばったり会う。

 軽く会釈して通り過ぎ、屋敷から外へと出ようとしたところで、


「僕は君を認めない」


 と言って、寺島が部屋の奥へと姿を消した……。

 さっきの事を根に持っているのは間違いなさそうだった。

 寺島のことは、気にかかっているものの、それよりも明日は咲夜の家族が来るということで、一層身を引き締めていく必要がある。寺島の事はその後でもいいだろう。


「ま……今は、あいつの報告を待つだけだな」


 そうして帰宅中、サラリーマン達による帰宅ラッシュに巻き込まれ、缶詰状態となってしまった電車の中。

人口密度が高すぎるせいで、車内は蒸し暑く、そして息苦しい。

 

「こんなの、柊が見たら色々と悲鳴をあげそうだ……」


 そんなことを思いつつ、帰路を急ぐのであった。

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