第13話 ペナルティ

 結局ダニエルに事情を説明して車を用意してもらい、屋敷へと到着すると秋人は咲夜の怪我の手当てを行う。

 幸いにも秋人が風の刃の軌道をらしていたため、傷口は浅く、消毒をした後にガーゼと包帯を巻くだけで事足りそうであった。


「手際がいいのね」


 秋人の無駄のないスムーズな処置を見て、咲夜が感心する。秋人は包帯をハサミで切りながら、


「妹が怪我をした時にもよく手当てをしてたからな」


 と言ってテープを使い、包帯を固定した。


「あんた妹がいるの?」


「ああ。目に入れても痛くない妹がな」


「ふーん……」


「お前には兄妹いないのか?」


「いるけど、あんたみたいに仲良くないわ」


 咲夜の表情にうっすら陰りがみられる。何やら込み入った事情がありそうだった。

 秋人はその言葉の意味を後になって理解することになる――。 





◇◆◇


 手当てを終え、咲夜を自室へと送った後に秋人はダニエルの元へと向かっていた。

 理由はもちろん、呼び出されているからである。

 恐らく、咲夜を怪我させたことについての話だろう。あの時、男子生徒を気絶させて完全に無力化しておくべきだった。しかし、咲夜の一声で躊躇ちゅうちょした結果、怪我させてしまった。咲夜は何も悪くはない。悪いのは反撃することを見通せなかった自分の責任なのだから。

 応接室へと入ると既にダニエルがソファーに腰かけていた。


「来たか。まあ座れ」


 うながされ、対面するようにしてソファーへと腰かける。


「……で、呼び出した理由は? どうせ柊の事だろ?」


 秋人がそう言うと、ダニエルは持っている煙草に火をつけて吸い始めた。その様子は傍から見ればヤクザにしか見えないだろう。腕に彫られたタトゥーがそれを物語っている。


「ああ、そうだな」


 そう言うと、ダニエルは灰皿に煙草を擦り付ける。

 咲夜を無事に帰したとはいえ、怪我させてしまったのは事実。何かしらペナルティーを負う可能性がないとも言い切れない。

 柊源蔵の命令のもとで、咲夜の身辺警護に携わってきたダニエル。彼とて、護衛を辞めさせる権利ぐらいは委託いたくされているだろう。そのため最悪は解雇ということも考えられる。


 「それで? 一体どんな処分が下るんだ?」


 秋人が軽くうつむきながら言うと、ダニエルはあごに手を添えつつ言った。


「……確かにお前はお嬢様を怪我させてしまった。その事については反省せねばならんだろう。だが後継者と殺りあってお嬢様が軽傷で済んだのはまぎれもないお前のおかげだ。それにお前が仕留めた後継者、どうやら最近起きていた連続バラバラ殺人事件の犯人らしくてな。お手柄というわけだ。だから、その事も考慮こうりょした結果、となった」


 (不問…………。いま、こいつ不問って言ったのか?)


 秋人は俯いていた顔を上げる。その表情は喜びというよりも、驚きの方が勝っているようであった。 

 男子生徒が連続バラバラ殺人事件の犯人であるという事は予想がつくが、咲夜を怪我させておきながら不問という事について秋人は、


「随分と寛大な処置だな」


 と、言わずにはいられなかった。


「そうか? 私としては十分妥当だと思うのだが。やはり、お前に頼んでみて正解だったようだな」


「けど、結局あいつはなんで柊を狙ったんだ?」


「わからん。彼の動機については今色々取り調べがされている。嵐との繋がりも否定できないしな。判明次第、連絡が行くだろう」


 嵐と聞き、秋人の目が軽く細められる。

後継者達によって構成された敵組織、通称嵐。後継者絡みの事件のほとんどは嵐が関係していると言われ、猛威をふるっている。

 政府はPECを含んだあらゆる武力を行使し彼らを取り締まろうとしているものの、未だに本拠地がどこにあるかもわからず、辛酸を舐めさせられているのが現状である。


「ふーんそうか。……でもまぁ、不問か。よかったぜ」


「……とはいえどうせ、私が言ったところで聞かぬのだろう?」


「さあな……」


 そう言ったものの、ダニエルの指摘は正しかった。

仮にダニエルに解雇されても、秋人は護衛を辞める気などなかったのである。何故なら秋人は柊 咲夜の護衛として仕えているのであって、彼女に解雇と言われない限り、護衛を遂行する気だったからである。

 今回、咲夜は秋人の事を解雇しないと言ってくれた。その言葉だけで、秋人は誰になんと言われようが、辞める気など毛頭もうとうなかったのである。 


「で、話はそれだけか? なら俺は失礼させてもらうが」


「待て。戻る前にスーツのたけを測るぞ」


「はぁ? なんでだよ」


「明日はお嬢様のご家族が戻られるからだ。そんな恰好かっこうでお会いするわけにもいかないだろう」


「柊の家族が……?」


 ダニエルが頷く。

 そこで、秋人は咲夜が今朝言っていたことを思い出した。男子生徒――風之神の後継者に対して、咲夜が一言こういったのである。


『それは明日、出たくもないに行かないといけないからよ。だからこうして気分を落ち着けるために、本を読んでいたの。でも、たった今それが邪魔されたわ。どうしてだと思う?』


 あの時は聞き流していたものの、家族が来る=パーティということのようだった。

 つまり、明日は柊一族とご対面するという事になる。とはいえ、一介の咲夜の護衛にすぎない秋人が、話す機会があるかどうかは別の話だ。

 それでも服装は制服ではなくスーツを着ていく必要があるのだろう。

 

 ダニエルが指を鳴らすと、部屋の外から1人の女性使用人が現れた。そして秋人は立たされたかと思うと、使用人がてきぱきとメジャーで寸法を測り始めた。それらの情報を紙に書き留めるまで、ものの数分で終わり、頭を下げると部屋を後にした。


「明日の朝には仕上がる。取り忘れないように」


 そこで、ダニエルの懐にある携帯が鳴った。手に取って2,3回相槌を打った後に再び携帯を懐にしまう。


「用ができたから失礼する。明日は頼んだぞ」


 そう言って、ダニエルは応接室を後にした。

 時刻を見れば、午後の4時といったところだ。寺島との交代まではまだ時間がある。そのため、秋人は屋敷内の地理を把握しておくことに。昨日は寺島に無理やり返されたが、やはり屋敷内の経路はこの目で確認しておきたいという思いからだった。

 そうと決まれば寺島に見つかる前に、さっさと済ませたい。

 足早に応接間を後にすると、今朝貰った地図を参考にしながら屋敷内を歩き回る。間取りを見れば、咲夜の屋敷は2階建てで、食堂、浴室、洗面所、書斎、応接室、そして咲夜の部屋。その他に来客用の部屋が5つと空き部屋が5つというところだ。別棟は関係者以外立ち入り禁止なため、内観を把握することはできないが、主に倉庫が占めているようだ。

 咲夜の部屋は、エントランスにある螺旋らせん階段を上った2階の右奥にある。部屋の真向かいに窓があるため、避難時には突き破って逃げることも可能だろう。2階なので多少のダメージは覚悟する必要はあるが。

 

 そうして廊下を歩いていると寺島と出くわした。


(うわ……タイミングわるすぎんだろ)


 適当に会釈をして通り過ぎようとすると、寺島は開口一番にこういった。


「秋人君。今日は君のミスでお嬢様を怪我させてしまったそうだね」


 2人の位置が肩を並べあう所まで来たところで、秋人が立ち止まる。


「今朝、僕は君に言ったはずだ。、と」


 寺島の棘のある物言い。


「それについては俺のミスだ、すまないな」


「すまない……だって?」


 突如、寺島の目の色が変わったかと思うと胸倉を掴まれる。


「…………何の真似だ?」


 明確に敵意を向けられ、嫌悪感を示した秋人が寺島を睨む。寺島は、柔和な笑みを崩さず、けれども冷たい声色でこういった。


「昨日から思っていたんだけど……やっぱり君はお嬢様の護衛にはふさわしくない。今すぐ出て行ってくれないかな?」


「ついに本性を表したな。……で、俺が柊の護衛にふさわしくないって? 確かにそうかもな。実際あいつには怪我させてしまったし」


「なら――――」


「けどな」


 秋人もまた、笑いながらこう言った。


「それを決めるのはあんたじゃない」


「何……?」


 表情の雲行きが怪しくなる寺島。こいつは一体何を言っているんだと思わんばかりの怪訝な表情をしていたが、そんな彼に秋人はこういった。


「そもそも一体あんたに何の権限があってそんなことが言える? あんたもダニエルに雇われた一介の護衛に過ぎないだろうが。俺を辞めさせることができるのは、柊だけだ」


「お嬢様は君を辞めさせたがっていたはずだ」


「そうか、なら残念だったな。柊は俺の事解雇はしないって言ってたぜ」


「え……?」


「確かに俺は柊を怪我させてしまったし、その事については反省している。だがそんな俺でも彼女は解雇しないと言った。今まで、あれほど辞めろ辞めろと言っていた柊が、だ。だから俺は柊に解雇されない限り辞めることはない」


 そう言うと、一瞬秋人の胸倉を掴む力が緩まったのを見計らい、寺島から距離を取る。

 面倒くさそうにため息をつくと、秋人はこういった。


「あーあ、服伸びちまったじゃねえか。このままだとそのうち乳首まで見えて変質者になってしまうだろ。どうしてくれるんだ。替えの制服もないってのによ」


 そして掴まれた際にとれてしまったボタンを拾うと、極めて冷静にこう告げた。


「あんたが個人的に俺を嫌うのは結構だが、その私情を仕事にまで持ち込むのは大人げないぜ」


 そう言うと、秋人は寺島の横を通り過ぎる。

 ――が、少ししてから立ち止まると、振り返ってからこういった。


「そうそう、それとな。あんた、ちょっと口がヤニ臭いぞ。ガムでも食って息リフレッシュした方がいい」


 後方から苦々しい舌打ちが聞こえてくる。逆上して襲ってくるとも考えたが、流石にそこまで頭の回らない大人ではなかったようだ。


 ただ、これではっきりしたことがある。寺島は明らかに秋人を敵視しているということだ。


「まぁ、万が一ってこともあるし一応言っとくか……」


 携帯を取り出すと、秋人はアドレス帳を出し、ある番号へと電話をかける。


「――あ、もしもし陽介か? 少し頼みたいことがあるんだが―――」


 

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