第12話 治安特殊精鋭部隊

 秋人も咲夜もその車に視線をうつし、その場で止まる。ほどなくして車の前方のドアが開くと、1人の女性が姿を見せた。

 眼鏡をかけ、黒いスーツに身を包んだその女性は、ハイヒールをカツカツと鳴らしながらこちらへと近づいてくる。

 

「ダニエル様から通報を頂き、さんじました。後継者というのはこちらの方でお間違いないですか?」


 地面にのびている男子生徒を見た女性が、まるで見慣れているとでも言わんばかりに冷静に言った。

 その姿を見て秋人は彼女が理知的であると既に感じとっていた。

 

「ああ、間違いない。これがあいつが使ってた武器だ」


 そう言って男子生徒が使っていた小刀を女性に渡すと、少し驚いた様子を見せた。


「…………小刀、ですか。中々珍しいですね」


「ああ。リーチは短いが、手数が多い分面倒だった。

 そういやあんたは、PECか?」


「はい、植野 朱美あけみと申します。そういう貴方は吉良 秋人様ですね」


「なんで知ってるんだ」


「さぁ……何故でしょう」


 眼鏡をクイッと持ち上げて言い放つ植野。更に突き詰めて問いただそうと思ったが、なんだか嫌な予感がしたのでやめておく。それよりも今は咲夜の手当てをしないといけないからだ。


「一応、戦闘不能にはしておいたが、突然動くとも限らない。気を付けてくれ」


「ご心配なく。そのような事にはなりませんから。では、この方は回収させていただきます…………伊賀地、牧瀬!!」


 植野が声を出すと、河川敷の上で止まっている車の後方のドアが開いた。

 そして、そこから1人の男が姿を見せる。


「ふぁ~あ。……あー何だ、もう着いたのかぁ?」


 あくびをしながら、男は頭をかく。

 ぼさぼさの頭に無精ひげ、くたびれた青いジャージに半ズボン。そして極めつけはサンダルという、おおよそPECの一員とは思えないような身なりをしていた。

 伊賀地と呼ばれた男はこちらへと近づいてくる。

 身なりはともかく、顔立ちはまだ若く、秋人とそこまで年齢差はないように思える。


「うわーお。血、吐いてんじゃん……。俺、血嫌いなんだよな」


 意識を失っている男子生徒の血を見て、思わず顔をしかめる伊賀地。

 植野は周囲を一瞥いちべつしたあと、眉を少しひそめて言った。


「伊賀地。牧瀬の姿が見えませんが」


「え……? あらま、ほんとだ。さっきまで一緒にゲームしてたんだけどねぇ」


 仕事中に何遊んでいるんだよ、とツッコミを入れたくなったがそこは空気を読んでおく。


「全くあの子はいっつも勝手な事ばかり……」


 どうやら牧瀬という女性がどこかへ失踪してしまったようだ。発言から推測するに、常習犯ともとれそうだった。

 悪態を突く植野をよそに、伊賀地は男子生徒の腕を特殊な細いワイヤーで締め上げる。



 こうなればもう抵抗することは事実上不可能である。PECに携わる研究者が作ったとされるこのワイヤーは、後継者が本気を出しても中々切れない構造をしているという。あんなに薄いワイヤーのどこにそのような耐久性があるのか少し興味を抱いたが……。

 

(って、そうだ見てる場合じゃない。咲夜を病院へ連れて行かないと)


 と、思った次の瞬間。

 

 ――――秋人の耳元に、突然息が吹きかけられた。


「いっ!?」


 思わず変な声をあげてしまう秋人。咲夜がしたのかと思い隣を振り返るが、そもそも彼女がこんなくだらないことをするとも思えない。

 では一体誰がやったのか。


 恐る恐る振り返ると――――。


「あはっ。やぁっと気づいたぁ~」


「―――っ!?」


 そこにいたのは、左目にかけた黒い眼帯が特徴的な小女だった。腰には2本の刀を差しており、彼女もまた後継者であるという事はすぐに判断できた。


(……ウソだろ……? 背後を取られて全く気が付かないなんて)


 既に夜叉髑髏をしまっているからと言って、秋人の後継者としての能力が完全に消えたわけではない。日頃から気配に敏感な秋人は、後継者であれば50メートル離れていても気付けると自負しているほど。にもかかわらず、背後の少女に全く気が付かなかった。


 ニコニコと笑みを浮かべている少女からは、幸いにも敵意といったものは全く感じられなかった。

 しかしもしあのまま攻撃されていたら、もろに直撃していただろう。最悪の場合死んでいた可能性すらある。その事を想像し、思わず背筋が凍り付く。


 秋人はできるだけ、動揺を悟られないようにしながら言った。


「あー……えっと、お前は一体――」


 秋人が最後まで言い終えるよりも早く、植野が言葉を被せてきた。


「牧瀬。勝手な行動は慎みなさいといつも言っているでしょう」


 植野が注意すると、牧瀬と呼ばれたその少女はちらりと舌をだしながら、


「ごめんなさぁい」


 と言って、秋人の背後から離れた。

 どうやらこの少女が牧瀬というようだ。咲夜と同世代ともとれる容姿をしているが、身長は咲夜の方が若干高い。

 長い髪を大きな桃色リボンでくくっており、風に揺られてなびいていた。

 伊賀地といい、PECには個性的なメンバーが集まっているようだ。

 しかし、一体この少女は秋人に何がしたかったのか。

 その真意は掴めないまま、物事は進んでいく。


 牧瀬は男子生徒を見ると、一言こう言った。


「この人、もう死んでるのぉ?」


「いえ、生きています。ですので彼の身柄は拘束させていただきます。もし彼が連続バラバラ殺人事件の犯人であるとするならば、対応を考えないといけませんので」


「えーもうここで殺そう!」


 物騒な発言に、咲夜がぎょっとする。


「それを決めるのは私達ではありません。私達はあくまで彼の身柄を拘束するだけです」


 植野が言うと、牧瀬はぶーぶー文句を言っていたが渋々言う事を聞いたようだった。

 伊賀地が男子生徒を背負いあげる。


「じゃ、とっととこいつを回収するかぁ」


「じゃあねぇお兄ちゃん。次は背後を取られないように……ね♪」


「…………」


 牧瀬が秋人に向けてウインクすると、そのまま伊賀地と共に車の後部座席へと戻っていった。

 結局最後までよくわからない少女だった。


「では、私達は失礼します。ご協力ありがとうございました」

 

 ご協力とは、男子生徒を仕留めたことについてだろう。

 極めて社交辞令的な礼を言って植野がその場を後にしようとしたが、秋人は彼女を呼び止めた。


「ちょっと待ってくれ」


「…………まだ何か?」 


 その言葉にとげを感じたのは気のせいではないだろう。表情こそ出さないものの、先程からこの植野という女性は、秋人に向けて敵意を向けているようだった。それがどうしてかはわからない。PECの人と関わったことはほとんどないため、恨まれるというようなこともないはずである。

 疑問が尽きないものの、とりあえずそのことは置いておくことに。


「柊が怪我してるんだ。最寄りの病院まで乗せて行ってくれないか?」


「どうしてでしょうか?」


「いや、どうしてって……早く手当てをしないと傷口が化膿してあとがつくだかもしれないだろ」


「私達は後継者を回収するという目的で来たのであって、そのような事は承知しかねます」


「なら怪我人を放置するという事か?」


 秋人の目が細められる。ほとんど睨んでいるようなものだった。

 しかし、そんな秋人にも臆することなく植野はこう告げた。

 


「…………」


 思わず舌打ちをする秋人。冷静で理知的な女性だと思っていたが、どうやら彼女には人情というものがないようだった。仕事に忠実でありすぎるが故、それ以外の事については臨機応変に対応することができないのだろう。

 咲夜の護衛についてから初めて秋人は苛立ちというのを感じ取っていた。


 その場にぴりついた空気が流れているのを感じ取ったのか、咲夜は気丈に振舞いながらこう言った。

 

「あの、別に私の傷なんか全然大したことじゃないから送ってもらわなくても大丈夫よ」


「…………と、柊様もおっしゃっていますが?」


「いや、もういい。仕事なのに勝手なこと言って悪かったな。……柊、行くぞ」


 苛立つ気持ちを抑え、表向きはそう言うと植野と分かれる。


「なんであんたが先導するの……と、言いたいところだけど今は従ってあげる」


 そう言って河川敷の上を2人で歩きはじめる。

 後ろを向けば、ちょうど植野も車に戻り、発進したところだった。2人の横を通り過ぎるのを見届けたところで、秋人がふとこう言った。


「そういえば、俺の前はPECの1人に護衛してもらってたんだよな?」


「どうしてそんなことを知っているのかと思ったけれど、ま、ダニエルよね……。ええ、そうよ」


「どんな奴だった?」


「どんな奴……って言われてもね。すぐに解雇したから、覚えてないわ」


 あっけらかんと言う咲夜に、思わずこけそうになる。


「そりゃまたどうしてだ」


「必要以上に干渉してきてうざかったからよ。……まぁ、あんたほどではなかったけど」


「まじかよ……じゃあ俺も解雇か?」


「そうね」


 即答だった。

 ま、そうだよな、と秋人は諦めにもついたため息をつくが……。


「……と言いたいところだけれど、それは可哀そうだから解雇はなしにしてあげる。感謝しなさい」


 一言、そう告げた。


「…………」


「…………何驚いてんのよ」


「いや、ちょっと前まで顔を合わせるたびに辞めろって言ってたお前が、どういう心境の変化かと思って」

 

「何、嫌なの?」


「いえいえそんな滅相もございません」


「……やっぱりあんた、私のこと馬鹿にしてるでしょ? ねえ、そうでしょ?」


「んなことねーって。ほらほら、怒って血圧上がったら傷口が開くだろ。なんならおんぶしてやろうか」


「結構よ! 普通に歩けるからっ」


 その後、軽傷なので病院へは行かないという咲夜の意見を尊重し、屋敷に戻ってから手当てするということで落ち着いた。なお、学園には連絡を入れてそのまま早退。秋人も付き添いのため早退し、屋敷まで送っていくことになるのだった。

  

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