第11話 髑髏神と風之神Ⅳ
咲夜に向けて放たれた風の刃。それを秋人は止める手段を持ち合わせていなかった。
咲夜もまた、自身の目前に迫った風の刃を避けることなどできなかった。
つまり、誰もその攻撃を止めることはできなかったのである。
「ひゃははは!! じゃあねえ柊さんっ!」
そうして風の刃はバッサリ咲夜を真っ二つに―――はしなかった。
「な…………」
風の刃が咲夜に当たる寸前、突如咲夜の目の前を黒い神気が包み込んだかと思うと、盾上に硬質化して弾いたのである。
これには男子生徒も驚いたようで、あからさまにたじろいだ。
「ありえない……僕の攻撃が弾かれるなんて……!? そんなこと、ありえないッッ!!」
咲夜に向けて放たれる無数の風の刃。しかし、その攻撃は黒い盾に弾かれ、咲夜に届くことはなかった。
男子生徒は小刀を放り投げると、頭をくしゃくしゃにかき回す。
「なんで?どうして?どうしてどうしてどうして―――」
「っるせえんだよ!!」
「ごぁっ!?」
堪忍袋の緒が切れた秋人が、
「じゃあな」
メキ……メキメキメキ…………!!
秋人の回し蹴りが炸裂する直前、彼の腕にまとわりついていた黒い
その状態のまま、速度と重量、次いで硬さを兼ねそろえた強烈な一撃が男子生徒を襲い、脇腹に命中。
「がふッッ!!!」
「あ……が…………ほ、骨が……」
たった一発の蹴りで、男子生徒は既に瀕死に陥っていた。脇腹を抑えながら、激しい痛みに歯を食いしばり、唸っている。
人間ならば瞬時に砕け散っていたであろう一撃だが、流石は後継者というべきかその辺はタフだった。
しかし、吐血しながらもこちらに対する敵意は消えないようで、
「なぜだ……確実にぼくは柊さんを……殺し……」
「念のため仕込んでおいたお守りが役に立ったようだな」
「お守り……?」
「そうだ。俺の神気を込めたとっておきのお守りさ」
それは、秋人が持つ能力の一つ――
秋人は、咲夜が襲われた時の事を考え、自身の神気を入れ込んだお守りを彼女に事前に仕込んでおき、万一に備えたのである。今回はそれが功を奏したようだった。
お守り自体は近くに売っている月神神社で購入した。税込み540円。
そのお守りをいつ仕込んだかといえば、秋人が夜叉髑髏を出し、男子生徒と戦い始める直前。咲夜に気付かれないように、彼女の服のポケットに忍ばせておいたのである。
「……君が一枚上手だったようだね」
瀕死になったことで頭が冷えたのか、冷静になっていた彼がそんなことを言った。
そんな男子生徒を無視し、秋人は携帯を取り出すとダニエルへとかけた。
すると1回もコールせずに通話に出た。
『どうした?』
「今しがた、後継者の1人に襲われた。とりあえず動けなくしたから、後は煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
『お嬢様に怪我はないか?』
「ああ、その点は問題ない」
咲夜の頭からつま先まで見て、怪我が無いことを確認するとそう告げた。
『わかった。なら、すぐに人を寄こさせよう。そいつが逃げないよう見張っておけ』
そう言うと、電話が切れた。秋人は男子生徒の目の前に立つと、見下ろすような形でこう言った。
「もうすぐお迎えが来る。後はそいつらが裁いてくれるだろう」
お迎えとは即ちPECの事である。警察ではない。彼らだと後継者には対抗できないからである。神羅万象は後継者達を取り締まる組織であると同時に、警察との連携を深めることにより、こういった事後処理を行っている。
「くひひ……こんなことして後で――がはッッ!!」
未だに気丈に振るおうとする男子生徒の腹部に蹴りを入れた。
「ちょ、ちょっと……やりすぎじゃ……」
いつの間にか近くに来ていた咲夜が、血を流して倒れている男子生徒に眉をひそめながら言った。
「やりすぎ? これを見てもか」
男子生徒の腕を掴み上げると、その
「いででで!!」
後少し反応が遅れていたら、反撃されるところだった。それを見抜いていた秋人は、最後の抵抗を阻止するために蹴りをいれ、戦意を失わせたのだ。決して必要以上に痛めつけようだとか、そういった事ではなかったのである。
「で、でも……」
人を痛めつけるという事に抵抗があるのか、あまり良い感情は抱いていないようだった。それを見た秋人が諭すようにこう言った。
「ふぅ。あのな柊。こいつはお前を殺そうとしてたんだぞ? それでもいいのか?」
秋人がそう言うと、咲夜は一瞬戸惑う様子を見せたが、やがて、
「……いいのよ別に。結果的に私は死ななかったんだし」
「…………そうか。ま、柊がそう言うなら」
そう言って、男子生徒から離れた時――――。
ベットリと血を付着させた口元を吊り上げ、ニタリとした笑みを浮かべると、男子生徒は咲夜の方へと顔を向けてこう言った。
「く、くひ、くひひ!! 僕みたいなクズを庇おうとするだなんて、やっぱり柊さんは甘いねぇ!!」
「……え?」
その言葉と共に、聞こえてくる猛烈な風の音。いつの間にか圧縮されていたその空気の刃は、咲夜の胸元目掛けて直進していった。
男子生徒の最後の悪あがきだった。
「ちぃっ、まだそんな力が残ってたのか!」
不意打ちに一瞬反応が遅れた秋人。即座に夜叉髑髏で風の刃の進路を逸らすも、彼女の肩を少し
「大丈夫か!?」
肩を抑える咲夜に、秋人が駆け寄る。
「ええ。けれど、ちょっと斬られてしまったわ」
「見せてみろ」
彼女の肩に
秋人は拳を握り締め、男子生徒の胸倉を掴み上げると殺気を込めて睨みつける。
「てめえよくもやってくれたな?」
だが、そんな秋人にも動じずに、男子生徒は笑んだ表情を見せながらこう告げた。
「くひひ……僕は柊さんに、無責任な慈悲は身を滅ぼすことを伝えたかっただけだよ……」
そう言うと男の意識は消失した。恐らくさっきの攻撃で一気に力を使ったのだろう。
人間が神の力を扱う以上、体力の消耗は非常に激しい。秋人も今でこそ
男の意識が完全に失った事を確認し地面に降ろすと、咲夜へと顔を向ける。
「病院に行くぞ」
「別にこのぐらい大丈夫よ」
痛いはずだが、強がる咲夜に秋人は
「馬鹿野郎。傷口が化膿したらどうするんだよ」
「な、誰が馬鹿野郎って? 私は野郎じゃなくて女――」
「あーはいはい。とにかく病院に連れて行くから」
「え?あっ、ちょ、こら引っ張るなーー!!」
怪我していない方の手を引っ張り、咲夜を病院へと連れて行こうとした時。
一台の黒い大型車が河川敷の上へ止まった。
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