第10話 髑髏神と風之神Ⅲ
◆◆◆
男子生徒と一進一退の戦いを続ける秋人を見て、咲夜はようやく事の重大さに気が付いていた。
「あれは一体何なの……?」
目の前で起きている、現実離れした光景。
音速に近い風の刃を真っ向から受け止めて切り裂いていく秋人。そして、彼を近づけまいと攻撃を繰り返す男子生徒。
一見、秋人がおしているようにも見えるものの、彼も中々近づけないでいるようだった。
秋人が避けた風の刃は簡単に周囲の障害物を切り裂いていく。硬いコンクリートのブロックが、豆腐でも斬るかのようにザックリと深く斬られていった。あんなのが人に当たりでもすれば、瞬時に胴体と首は真っ二つになってしまうだろう。
そんな自分を想像し、咲夜は身が震えるような思いを感じていた。
「何かできることは……」
周囲を見渡すも、秋人を手助けできそうなものは何もなかった。今、咲夜にできる唯一の事は、後方で待機することに他ならない。割り込めば、待っているのは死なのだから。
――と、その時猛烈な風が咲夜を襲い、体を崩しそうになる。そして、男子生徒の目の前に、高さ数十メートルはあろうかという巨大な竜巻が姿を現した。
「でたらめすぎるわね……」
暴風に煽られた髪が、無差別に
秋人は、既にその体に小さな傷をいくつもつけていた。後継者である彼といえでも、あの風の刃を避けるのは難しいのだろう。
周囲の物を巻き込んだ竜巻は、もはや近づくだけでも凶器と化していた。
2人は何か言い合っているようだが、暴風音で何を言っているのかは聞き取れない。
――と、その時風の刃の余波がこちらにまで飛んできた。幸いにも威力が弱く、速度も大したことがなかったため咲夜は避ける。が、乱雑に放たれた風の刃のうちの一つが、大木に当たってしまい、折れてしまった。大木はベキベキという音を立てながら倒れていく。
「な――」
タイミングの悪いことに、その下には秋人と男子生徒が戦っているのを野次馬しにきた女の子がいた。
切り裂かれたことで完全に重心が崩れてしまった大木は重力に抗う事のできないまま、横薙ぎに折れていく。
「危ないッッ!!」
そう叫ぶものの時すでに遅く、反応に遅れた女の子の足を下敷きにしてしまった。
どうにかして大木をどかそうとする女の子。しかし非力な為、大木はビクとも動かない。
「――!」
どうする? どうする――!?
咲夜は、助けに向かうか向かわないかで
秋人に危険だからその場を動くなといわれているものの、すぐそこで下敷きになっている女の子がいるのだ。
動けば巻き込まれて死ぬかもしれない。けれど見過ごせば彼女の命の保証はない。
「私は……」
他人がどうなろうと知ったことではない――。死んだところで、悲しくともなんともない。私は何とも思わない――。
「…………」
けれど、あの子の両親は?友達は? 彼女を失ってしまえば当然悲しむだろう。また、咲夜のように悲しむ人が増えるのだ。
「やめろ、考えるな……」
目を閉じて全ての雑音から目を背けようとする咲夜。
まるで脳内に鳴り響く
しかし、聞こえてくる女の子の悲痛な声。それは、咲夜の耳にもはっきりと届いていた。
――気が付けば、咲夜は女の子の元へ一直線に走っていた。
脇目も振らずに女の子の元へと駆け寄ると、大木を持ち上げようとする。
しかし、当然ながら彼女の力では大木はビクともしなかった。
「くぅ……やっぱりだめね」
痛い、痛いよぉと泣き叫ぶ女の子に、咲夜は自分にできる最善の事を考える。
こんな時、両親ならどうするだろう。ふと、咲夜は自身が最も敬愛する両親から言われたことを思い出していた。
『いい、咲夜――。もしも自分がどうしようもない困難に陥ってしまった時、その時はもう自分の中で解決しようとなんて思わない事。遠慮なく周囲の人を巻き込みなさい。必ず味方になってくれる人がいるわ。そしてその人達に助けてもらった後、うんとお礼をしてあげなさい。人間というのは、そうやって助け合って生きていくものなのだから――』
「周囲の人を巻き込む……」
咲夜は、周りを見渡す。すると、秋人と男子生徒の戦いの様子を窺っている人達が何人もいた。
ランニングしているスポーツ選手、散歩をしているご老人、ベビーカーを押している夫婦。
そして更にはマンションの窓からも、観ている人達がいた。
「大丈夫……今、助けてあげるから」
女の子を励ますかのようにそう告げると、咲夜は拳を握り締める。
そして大きく息を吸い込むと、できる限りの大声を出してこう言った。
「誰か、誰か来てください! 女の子が木の下敷きになっているんです!」
その声に、周囲が一斉にこちらを振り向いた。
咲夜の大声に呼応したのか、駆け付けてくれる人達。
すぐに状況を察すると、その人達もまた大声で人を呼び寄せる。
人が人を呼ぶというのはまさにこのことだった。
女の子を助けようと、やがて数十名もの人達――下は小学生らしき子供から、上は還暦を迎えたであろう老人まで、皆が必死になって大木を持ち上げようとしている。
「おいっ! もっと力をだせええええ!!」
白い鉢巻をしている土方の作業員のおじさんが、先導をきりつつ、数百キロはある大木を持ち上げようと必死になっている。
手が汚れ、樹皮のささくれが刺さるのも構わず、咲夜も持ち上げようと躍起になる。
すると、一人ではビクともしなかった大木が徐々に持ち上がり始めた。
「あともうちょっとだ!!」
皆が顔をゆでだこのように真っ赤にし、血管を浮き彫りにしながら持ち上げようとしたことで、大木は徐々に徐々に持ち上がっていく。
そして、女の子の足よりも高く持ち上がったところで咲夜が彼女を引き抜いた。
瞬間――大木は再び重力に為されるがまま、地面へと落ちた。
「もう大丈夫よ。すぐに、病院に連れて行ってあげるから……」
痛みに泣きじゃくる女の子。彼女の左足は無残な事になっていたが、あともう少しでうっ血して壊死していたことを考えると、まだ治療の余地はないわけではない。後は、医療人に任せるほかないだろう。
救急車を呼んでくれていた人がいたおかげで、間もなくして河川敷に救急車がやってくるのが見えた。
それを見た周囲の人達も、ほっと胸を撫でおろす。
咲夜もまた、安堵の気持ちでいっぱいだったが、その刹那聞こえて来た金属音に、我に返る。
「そうだ――あいつは!?」
女の子を助けようと夢中になっていたところで、咲夜は今が戦闘中であったことに気が付く。
そうして後方を振り返った瞬間――。
「え――?」
咲夜の目の前に、巨大な風の刃が迫っていた。
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