第9話 髑髏神と風之神Ⅱ

「主……? ふーん、そうか……。柊 咲夜には護衛がいないって聞いてたんだけどねぇ」


 どこからそんな情報を聞いたのかは定かではないが、冷静にこう言った。


「残念ながら情報が古いな。ちゃんと頭の中に更新アップデートしておけよ」


「次からはそうするよ」


 けらけらと笑う男子生徒。そんな彼に、秋人は不快感をにじませつつこう告げた。


「次? んなもんお前にはねーよ」


「…………何だって?」


 咲夜を手にかけようとした時点で、秋人の中で、彼に対する慈悲はないと判断していた。

 目の前で対峙する相手はさくやを殺そうとする敵――。ならばただ排除するのみ。

 守りの姿勢から一転――攻撃の姿勢に切り替えた秋人は、男子生徒に向かって走った。


「くひっ! 切り刻まれて死ぬといいよ!!」


 すかさず飛んでくる無数の風の刃。風圧で体ごと持っていかれそうなぐらいな威力。神の力というものがどれだけ絶大か、その身で実感していた。

 しかし、秋人も後継者の1人。そんなことには動じずに、全て切り裂きながら前へ、前へと進んでいく。


『近距離までもっていけば、奴はどうすることもできないだろう。風之神は元々近接戦闘タイプではないからな……』


 それは、男子生徒の持つ小刀を見ても確信していた。あんなにリーチの短い小刀と、秋人の持つ夜叉髑髏やしゃどくろとでは間合いが違いすぎる。

 距離を詰めることができれば、ほぼこちらの勝ちだろう。

 しかし、徐々に激しくなってくる男子生徒の猛攻に、秋人は段々前へと進めなくなっていた。

 避けて前へと進むこともできるが、そうすれば後方で身を守っている咲夜へと当たる可能性がある。

 そうして止むことのない攻撃を受け続けながら、秋人は言った。


「そういえば、ここ最近起きている連続バラバラ殺人事件。犯人はお前か?」


 秋人がそう言ったのには根拠があった。遺体がバラバラに切断されていたという供述。そして、今朝見た目撃者の発言の中に、突風が起きたり、電信柱が真っ二つになるという話があったからである。


「くひひ!! さぁ……どうだろうねぇ」


「…………まぁいい。答える気がないなら、吐かせるまでだ」


 十中八九こいつだろうと秋人は考えていたが、自白させるまではどうとも言えない。


(こいつを野放しにしていたら、被害はもっと拡大するだろうしな)


 ただでさえ後継者に対する世間の風当たりは強い。

 実際に過去、後継者であるというだけで腫れ物扱いされてきた秋人。その苦々しい思い出は、今でこそ受け流せるようにはなったが、当時は辛いものがあった。だからこそ、これ以上後継者の悪名がとどろくような火種を放置して、肩身の狭い思いをするわけにはいかない。

 今回の事件も、もしもこの男が犯人であるとすれば、反発が強まるのも無理はないだろう。その反発をできるだけ抑えるため、ここでこの男を倒す――秋人はそう決心していた。


「四の五の言ってられねえな…………夜叉髑髏やしゃどくろッッ!!」


 秋人の大声に呼応して、夜叉髑髏の黒い神気ディアオーラが増幅した。それと同時に自身にも伝わる鋭い痛みに一瞬顔をしかめる。


「―――――ッ!!」


 瞬間、男子生徒はすくみあがるような恐怖心を覚えた。

 いや、違う。

 彼が握る小刀に封印されている風之神が、目の前にいるであろう髑髏神に対して、恐れをなしていた。

 それが後継者である男子生徒へと伝わり、彼もまた同じような感情を抱いたのである。


「どうしてだ……? もう僕が恐怖なんて気持ちを感じるはずはないのに……」


「何をごちゃごちゃ言ってんだ、よっ!!」


 一瞬動きが止まった男子生徒の隙を見計らい、懐へと潜り込もうとする。

 が、次の瞬間秋人の体を猛烈な暴風が襲った。


「……!?」


 風速50メートルはあろうかと思われるその突風に、思わず態勢を崩しそうになる。その間に男子生徒は秋人と距離を取っていた。

 やはり、そう簡単には距離を詰めさせてくれないようだった。


「すごいね……。僕と戦ってこれだけもったのは君が初めてだよ」


「あん? そりゃこっちの台詞だっての。お前、結構戦い慣れしているな?」


 後継者とはいえ、元々はただの人間である。他人を殺すような一撃は、普通はためらうはずだろう。にもかかわらず的確に、躊躇ちゅうちょなく秋人の急所に向けて攻撃してくる男子生徒をみて、戦闘慣れしていると判断した。そして彼がもう、何人もの人を手にかけている事も。

 しかし、秋人は男子生徒と戦いはじめてからというもの、ある違和感を感じ取っていた。

 それは、彼が時折体をビクつかせるかのように震える瞬間があるのである。そして、普通ならばしないであろう奇妙な笑い。今まで出会った事のある後継者にはみられないものであった。

 そして今もまた、男子生徒は体をビクつかせた。頭の重心が定まらないのか、横に倒れそうになっている。

 訝し気にその様子を見ていたが、秋人はある事に気が付いた。


「…………お前、?」


「喰われる……? 一体何のことだい……」


「お前も後継者の端くれならば聞いたことぐらいあるだろう。俺達神々の後継者は、現実離れしたありえない力を出せる。しかし、その力は人間が扱うには重すぎるため使えば使うほど後継者に負担をかけ、むし


「それは、神を手懐けることができなかった場合だろう? 僕は風之神に認められてこの力を貰ったんだ。そんな風之神が僕を蝕んでいくことなどあるはずがないッッ!」

 

 そう叫ぶと、男子生徒は小刀を地面へと突き立てた。すると、そこから砂嵐が巻き起こり、やがて巨大な竜巻になったかと思うと、周囲の物を吸い込み始める。


「くっ…………!!」


 巻き上がる砂塵さじんに目を細めながら、秋人は彼の動向をうかがう。

 周囲の物を吸い込んだ竜巻は、秋人めがけて一直線に向かってきた。石や草木をはじめとする様々な瓦礫がれきを含んだ竜巻。あれに巻き込まれればミキサーに入れられるようなものである。

 

「ちったぁ周囲の事も考えろよな!!」


 それが無理と分かっていても、悪態を突かずにはいられなかった。このままでは、いつ人が吸い込まれてもおかしくない。早急に決着をつける必要があったものの、秋人はどう近づいていいか検討がつかなかった。


「おい、髑髏神」


 すると、低く重音な声が脳内に響く。


『…………なんだ』


「あの竜巻、どうすりゃいい」


『そんなもの、自分で考えろ』


「俺の陳腐ちんぷな頭じゃあ打開策を思いつかねえから聞いてんだよ」


『ふん……それでも私の後継者か? 情けない。

 …………だが、そうだな。ならば少しヒントをやろう。あの竜巻は神気を使って周囲の大気を回転させているだけに過ぎない。つまりは、あれを作った本人が操作しているという事だ。あのような巨大な神気を操作するというは、中々の熟練を要する。、操作どころか発動すらできないだろうな』


 ヒントどころか、もろに答えそのものだった。

 

――思考を乱すことができれば、あの竜巻を抑えれる――


 秋人は思考した。男子生徒が思考を乱しそうなもの……。

 そういえば、先程自身が喰われているのか? といった瞬間、いきなり激高し始めた。もしかすると、その線で攻めていけばいいのかもしれない。


「おい、クソ野郎よく聞け! お前はもう風之神に精神を蝕まれている! それ以上力を酷使し続ければ、廃人になるぞ!」


「精神を蝕まれ? は、何を言っているんだい? 僕はこうしてきちんと自我を保っている。そんなことあるはずがない」


躊躇ためらいもなく人を殺せる奴が精神を蝕まれていないわけがないだろうが。思い出してみろ、後継者になった時の事を。お前はどうして後継者になったんだ?」


「後継者になった時のこと――?」


 秋人の言葉を聞き、男子生徒は当時の事を思い出そうとするが、次第にあちこちに視線をさまよわせる。


「後継者になった時? 後継者? えっ?」


 無理やり思い出そうとしているのか、だんだんと息が荒くなり始める。

 そしてついには頭を抱え始めた。


「僕が人を殺す? いや、違う。僕はただ皆に注目されたかっただけだ。え? それならどうして人を殺さないといけないんだ?」


 当時の自分と、今やっている事のギャップに、戸惑いを隠せていないようだった。

 そしてそのおかげで思考を乱すことに成功したのか、徐々に竜巻が弱まっていく。

 しかし、秋人は男子生徒の様子がなにやらおかしい事に気付く。


『まずいぞ』


「まずい?」


『このままだと、暴走する』


 暴走――不穏な単語が髑髏神から発せられ、秋人は警戒する。

 

「くひ、くひゃああはははは!!」


「―――!!」


 突如――男子生徒が不気味な高笑いをしはじめた。

 体を何度もビクつかせる様子を見て、秋人が眉をひそめる。


『早くあいつを仕留めろ。暴走しかかっているぞ』


「ああっ!」


 秋人が言い終えたと同時に、竜巻は完全になくなり、吸い込んでいた物が河川敷の下に重力に為されるがままバラバラと落ちていく。それをい潜りながら、秋人は男子生徒へと一気に距離を詰めた。


「とりあえず沈んでろ!」


 秋人が斬りかかろうとした瞬間――――。


「くひゃはははあははは!!」


 男子生徒は避けるどころか、何故か全く別の方向へと風の刃を飛ばしていた。


「おいおい、お前どこに飛ばして――」


 てっきり、完全に精神がむしばまれておかしくなったのかと思っていた秋人だったが、振り返った先にいた人物をみて目を丸くする。


 

 後方で待機しているとばかりに思っていたはずだが、彼女はなんと河川敷の上にいたのである。

 どうして咲夜がそんな場所にいるかといえば、それは秋人が男子生徒と戦い始めて間もなくの事だった……。






 


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