第7話 崩壊


 次の日、眠い目をこすりながら、1回の食堂でご飯を食べていると、興味深いニュースが目に飛び込んできた。


『続いてのニュースです。昨夜、暁市都座区町にある河川敷の下にて、切り刻まれた遺体が発見されました。遺体は鋭利な物で寸断されており損傷が激しい状態なため、身元特定には至っておらず、警視庁は先月からたびたび起きているバラバラ殺人事件との関連性を示唆しさしており――』


「都座区町って……すぐ近くじゃないか」


 快速電車でたった1駅の場所でバラバラ殺人事件……。昨日もその報道がなされたばかりである。きな臭さを感じさせる報道に、秋人は顔をしかめた。その表情は傍から見れば人相が悪く、同じ寮に住む女子達が秋人を怖がってその場を後にした。

 そんな事に気付く様子もない秋人は、テレビを凝視する。

 テレビに映った現場では、リポーターが当時の状況について近くの家に住んでいた住民から話を聞いていた。


『台風が来たわけでもないのに、最近このあたりで突風が吹くことが多くて……。この間も電信柱が突然真っ二つに裂けたせいで停電するし……その矢先にこんな事件でしょ? これは何か災いの前触れじゃないかと思うんですよ』


「電信柱が真っ二つ……?」


 そんなこと普通はありえない。で、あるとするならば考えられる可能性は1つ。後継者しかない。

 もしそうなら護衛も一層引き締めていかないといけないだろう。


 サラダを口に頬張り、食事を終えると秋人は時間に遅れないよう屋敷へと向かう。

 再び電車に揺られ、六麓荘町ろくろくそうちょうへと向かい、咲夜の屋敷を目指す。

 しばらくして門前へと着くと、ダニエルが待っていた。相変わらず筋骨隆々とした大きな体に威圧感を感じさせられる。彼は後継者ではないが、一対一で殴り合えば秋人といえども無傷ではいられないのではないかと思わせるほどだった。


「よう。こんなクソ暑い中ずっと立ってたのか?」


「私がまだボディーガード養成施設にいた頃に比べれば、全然大した暑さじゃない」


「どんだけ暑いんだよ」


 陽炎かげろうが見えるほどの暑さにも関わらず彼の顔には汗一つかいていなかった。思わず汗腺かんせんがあるのか疑ってしまう。


「真夏の道場に集められて、窓を閉じこもった中皆で打ち込みをした時は、全員の熱気で室内の温度が50℃近くにまで上がった。そんな中最低4時間は水分補給もせずに練習だ」


「それ、脱水症状で死ぬだろ」


 その前に酸欠状態になってチアノーゼを引き起こすかもしれない。


「倒れた者はすぐ隣にある総合病院に運ばれて治療を受ける手筈てはずになっていた。恥ずかしい話、私も運ばれたことがあってな。その時は監督から罵倒ばとうという名の説教を半日間聞かされ続けた」


「地獄かよ」


「だからめていく者も多い。入るのは簡単だが、出るのはほんの一握りだ」


 卒業できるのは、数々の地獄の試練を耐えきった精鋭だけ。ダニエルもまたその1人ということになる。


「なら、悔しくはならないのか?」


「……悔しい?」


「それだけ地獄の訓練をしてきたにもかかわらず、俺みたいなただの学生に頼らざるを得ないということがだよ」


「別に悔しくはない。人には適材適所があるというものだ」


 即答だった。その辺りは精神的に卓越しているダニエルだった。


「あんた、大人だな。そういう考え嫌いじゃないぜ」


「…………そうか」


 その後、屋敷の入口で咲夜がやってくるのを待つ。ちなみに朝食は寮で食べれるので、今日から断っておいた。

 しばらくして、寺島と共に咲夜がやってきた。

 昨日は黒のカチューシャを付けていたが、今日は白のカチューシャを付けていた。特に他意はないが、なんとなく目についた。そして相変わらず背が小さい。


「お嬢様、おはようございます」


 ダニエルが咲夜に一礼する。秋人もそれに続いて軽く会釈えしゃくだけした。


「…………あんた、まだいたの? 面倒だったら辞めてもいいのよ」


「らしいぞダニエル」


「そうなのですか?」


「あんたに言ってんの!!」


 こちらに指を差してくる咲夜。

 相変わらずの毒気っぷりだが、からかいながらもうまくかわす秋人。

 咲夜は不機嫌な表情を隠すこともせず、そのまま車に乗り込んだ。


「ダニエルさん。今日も特に異常はありませんでした」


「そうか」

 

 寺島の報告に、ダニエルは頷く。

 

「秋人君。


 すれ違いざま寺島はそう言うと屋敷を後にした。秋人が振り返ったときには既に彼の姿はなく、その気配も全く感じられなかった。


「…………ふむ」


 だてに咲夜の護衛をやってるとだけあって、その辺りは完璧なようだった。

 車へ乗り込み、学園への道を走っていく。

 咲夜は鞄から本を取り出すと静かに読んでいた。気付かれないように、本のタイトルを見ると、


「0から始める薬理学……?」


「…………」


「本読んでるのかと思ったら、勉強してたのか」


「悪い?」


「いや、そんなことは。けど薬理学って何だ? 俺の学園にそんな科目はないはずだが」


「そりゃ当然でしょ。大学で習う科目だもの」


「意識高すぎんだろ……」


「あんたが馬鹿すぎるのよ」


「いや、普通高2の時点で大学の勉強してる奴なんかいねぇだろ」


 秋人は、携帯を取り出すと陽介にメールを送信した。内容は、『柊 咲夜って学園ではどのぐらい頭いいんだ?』 というもの。

 数分して、返事が返ってきた。


『ずっと学園トップだよ。この間の全国統一模試でも一位に載って話題になったぐらい』


 それは秋人を驚かせるには十分すぎる内容だった。

 そして、さらに驚いたことに、この時初めて模試の存在を知った秋人であった。






◇◆◇



 車から降りると、周囲の視線がこちらへと向く。学園の中でも、車で登校しているのなんて咲夜ぐらいしかいない。目立つのも当然である。

 と、思っていたがちらちらと秋人の事も気にしているのがみてとれた。


「なんでこっち見てるんだ?」


 まさか、ズボンのチャックでも空いていたのか? もし、そうだとすれば大変なことだ。

 そう思い、下を向くものの特にそういったことはなかった。安堵あんどに胸を撫でおろす。

   

「あんたと私が2人で車から出てきたからでしょ」


「ああ、それでか」


 日本有数の企業である柊家の末娘と、一介の平凡な学生に過ぎない秋人が一緒にいれば当然気にもなるだろう。事実、こちらを見ている男子生徒の視線は鋭かった。話しかけてはこないものの、敵意がありありとみえる。

 そんな視線を気にすることなく教室へと入ると、陽介がやってきた。


「おはようさん」


「おう」


「柊さんもおはよう」


「…………」


 陽介を無視して、咲夜は自分の席に着くとまた本を読み始める。秋人は陽介とくだらない世間話をしていたが、ふと今朝のニュースを思い出す。


「陽介、お前今朝のニュース観たか?」


「バラバラ殺人だろ、観たぜ」


「どう思う?」


 その問いの真意を察している陽介は、軽く目を細めつつこう言った。


「まぁ……十中八九後継者だろうね」


「だよなー」


 自分と考えが一致したことに、秋人は確信を強める。やはり、先月から起きているバラバラ殺人事件は後継者で間違いないだろう。そうでなければ、犯人の手がかりが全く掴めないのはいささかおかしい。

 犯行現場も、この付近から目と鼻の先だということで、警戒する必要があった。

 とはいえ、この街はPECの庇護ひご下にある。そんな中、バレずに犯行を続けられるものなのだろうか?

 

「そっちには何か情報は入ってないのか?」


「残念ながら。今のところお手上げだ」


 何故そんなことを陽介に聞いたのかといえば、陽介がその手の情報に詳しいからである。ホストクラブNo1である彼は、その性格も相極まって、大御所の娘やアナウンサー、芸能人といった人達に気に入られていることから人脈が太く、中には警察の知り合いもいるとのことで裏の情報に詳しい。武力の面では秋人が圧勝するものの、こと知力の面においては陽介に軍配が上がる。そのため咲夜の護衛をする以前から、秋人は彼を頼りにすることがあった。


「もし情報が入ったらどうするんだ?」


 陽介の問いに、秋人はしばし考えたのち、こう言った。


「そうだな……。今は柊の護衛第一だからどうもしない。けど仕事が終わったら、事と次第によっては動くかも」


「そうか。まぁ、秋人が動くよりも早くPECが動くと思うけどな」


「俺としては早くなんとかしろって感じだが……」


「よせよ。どこで聞いてるかわからないぜ?」


「あー大丈夫大丈夫」


 いくら超人的な能力を持つ精鋭集団といえど、この膨大な人がいる街で、1人1人監視していることなどないだろうという秋人の安直な考えだった。

 


――ねえ、あの人誰?

――さあ。あんな人、学園に居たっけ?

――でも結構かっこよくない?


「ん……?」


 突然騒がしくなり始めた教室に、秋人と陽介も話を中断し、皆が見つめる方向に顔を向ける。

 するとそこには廊下の外に1人の男子生徒が立っていた。

 中性的な顔立ちをしたその男子は、廊下の外から教室内をぐるりと見渡すと、ある人物の前で視線を止めた。むろん、咲夜である。

 

「また新たな告白者か?」


「その可能性が高そうだな」


 2人でその様子を見ていると、男子生徒は静かに本を読んでいる咲夜の元へと向かった。


「柊さん」


「…………」


 本は閉じずに、視線だけ男子生徒に向けた咲夜。読書を邪魔されたせいかその眼はとても不機嫌そうだった。

 

「話があるんだ。少しでいいから来てくれないかな」


 2人の予感は的中していた。と、いうよりはクラスにいる誰もがそう思っていたことだろう。しかし、今までの男子生徒とは違い、どうやら別の場所で告白したいようだ。

 男子生徒の言葉に、咲夜は静かにこう告げた。


「…………いま私、とっても機嫌が悪いの。どうしてだと思う?」


「え……?」


 突如そんな事を言い出した咲夜に、少し動揺する男子生徒。


(いつも機嫌悪いだろ……)


 そんなことを思う秋人をよそに、咲夜は続ける。


「それは明日、出たくもないパーティに行かないといけないからよ。だからこうして気分を落ち着けるために、本を読んでいたの。でも、たった今それが邪魔されたわ。どうしてだと思う?」


「………………」


 男子生徒は答えない。いや、答えられないのだろう。つまり咲夜はこの男子生徒が話しかけてきたことで至福の時間を邪魔されたといきどおっているのである。

 そんな訳で彼女が男子生徒の要望に応じるはずもなく、ぴしゃりと拒絶の言葉を放つ。

 

「わかったのなら、今すぐ私の視界から失せて」


 そう言うと咲夜は再び本を読み始めた。

 

「そっか、無理か……」


 男子生徒は落胆した。

 その瞬間、張り詰めていた糸のような空気がやわらぎ、クラス内に活気が戻る。

 今日もまた1人、屍を積み上げていったのである。周囲の人達も興味を無くし、再び談笑に講じ始めた。



 いつもの日常――。

 誰もがそう思っていた時。



「く……」


「ん?」


「くく…………くひ…………くひひ」


「な……なに……?」


 突如、奇妙な笑い声を上げ始めた男子生徒に、いぶかし気な視線を送る咲夜。

 気が付けば、下を向いていた男子生徒は体を小刻みに震わせていた。それは単に恐怖といった感じではなく、まるで薬をキメている廃人がイカれた状態になったのと酷似こくじしていた。


「そっか……やっぱ無理かぁ………………」

 

 尚も体を震わせている男子生徒は、顔を上げると屈託くったくのない笑みを浮かべながらこう言った。


「………………じゃあ、?」


 その時、日常という名の平穏が崩れる音を聞いた。|

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