第6話 1日目終了

 その後、特にこれといった異常もなく時間が過ぎていき――放課後になった。

この後は屋敷まで彼女を送り届けた後、夜の護衛を務める寺島にバトンタッチすれば、今日の任務はおしまいである。

 授業が終わったのを見計らってか、校門の前に既に待機させてあった車に乗り込むと2人で帰路を共にした。

 後部座席に秋人と咲夜がすわっている状態だが、会話はない。咲夜から秋人に話しかけることはないので、秋人から話しかけないと会話にならないからである。

 咲夜は、窓の外の景色をじっと見ながら、どこかうれいを帯びた表情をしていた。


「なぁ」


「…………」


「おーい」


「…………」


 この至近距離で話しかけられて聞こえないはずがない。露骨に無視しているのである。

 しかし今日1日である程度彼女の人物像を把握できていた秋人は、特に腹立たしいとかそういった気持ちは湧かなかった。

 どうしてそんなにツンケンしているのか、理由は定かではない。

 ……が、柊家の末娘となると、家の事で色々と問題があるのかもしれない。

 秋人はあくまで彼女の護衛であって、そう言った事内部の事情にまで踏み込む必要はない。

 こうして話しかけることも、本来であれば必要ないのである。

 ならば何故こんなことをしているのか?

 それは単に秋人がお節介を焼きたがる性格ということもあるかもしれない。見た目の風貌ふうぼうからは想像もつきにくいが。


「耳元で叫んでもいいか?」


「…………」


「返事がないってことはいいってことだな。よーし……」


 そう言って息を吸い込もうとしたところで、ようやく咲夜が口を開いた。


「やったら本当に首をねるから」


 既に刀の鯉口に手をかけている状態だった。


「なんだ、聞こえてるんじゃん。無視すんなよ、泣くぞ」


「…………はぁ」


 咲夜は深いため息をつくと、


「あんたみたいにしつこい奴は初めてよ」


「俺は一度狙ったら放さない男だからな」


「やめて、気持ち悪い……」

 

 冗談で言ったつもりだったが本気で嫌がられてしまった。その事にショックを受ける……と思いきや、秋人はむしろ喜んでいた。それは決して彼がドMだからではない。今まではほとんど無視されていたのが、こうして会話をしてくれたからである。


「で、何か用なの?」


 一応話を聞いてくれる気になってくれたらしい。このままずっと話しかけてこられるのも鬱陶うっとうしいので、さっさと要件を聞いて黙ってもらおうという魂胆だろう。

 この際だから秋人は気になっていたことを聞くことに。


「今日見てて思ったけど、お前、友達いないの?」


「はぁ……?」


「いや、だって俺お前が誰かと話してるの見たことねえしさ」


 休憩時間は本を読むか次の予習。咲夜から誰かに話しかけることもなければ、誰かが彼女に話しかけることもない。最初に今朝男子生徒が咲夜に話しかけて以降、誰とも口を聞いていなかったことを秋人は観察していた。


「友達なんか要らないでしょ」


「どうしてさ。寂しくならねーのか?」


「友達を作らなければ、寂しいと思う事もないじゃない」


「まあそうだけどさ……。でも、やっぱり友人って大切だと思うぜ」


「偉そうに言ってるけどそういうあんたはどうなのよ」


「馬鹿にすんなよ。俺にはちゃんと陽介ってやつが……」


「1人だけじゃない」


「友達ってのは量じゃない。質だ。1人いるのといないのとでは全然違う」


「だとしても、私には必要ない。私は1人でやっていけるから」


 その言葉に虚勢をはっているような雰囲気は感じられなかった。心からそう思っているようだ。


「サバサバしてるのな」


 そうして咲夜が窓の外を見たまま再び無言になったところで。屋敷の門前へと到着した。

 すると既に門前では寺島が待機していた。

 どうやら出迎えてくれたようだ。


「お帰りなさいませ。今日もご無事で何よりです」


 寺島が咲夜に深く一礼する。


「ふん、心にもないことを……」


 寺島にえて聞こえるようにして悪態をついた咲夜。しかし彼はその柔和な笑みを崩すことはなくこう言った。


「お荷物、お持ちいたします」


「結構よ。勝手に触ろうとしないでくれる?」


 鞄に触れようとした寺島の手を払いのけると、咲夜はすたすたと屋敷の中へと入ってしまった。その辺りは本当に徹底しているお嬢様であった。


 寺島はこちらに向き直ると、こう言った。


「後は僕が引き受けるから、君はもう帰っても構わないよ」


「まだ交代まで時間あるし、ついでだから屋敷の中を把握しておこうと思うんだけど」


 時刻はまだ17時を回ったところ。交代の時間は一応18時ということになっているため、まだ1時間猶予がある。その間で屋敷の地理をできるだけ把握しておきたかった。

 しかし、寺島の反応はかんばしくないものだった。


「いや、その必要はないよ。屋敷内部の地図があるからね。欲しければ、明日にでも発行して渡すよ」


「地図も確かに大事だ。けどやっぱり一度この目で見たほうが非常時には円滑に対応できると思うんだが」


「屋敷内は最新のセキュリティーシステムによって守られている。そんなことはまず起こらないから大丈夫だよ」


「いや、だけど万が一ってもんが――」


「秋人君」


 それまで柔和な笑みを浮かべていた寺島から、一瞬表情が消えた。


「くどいよ。それとも、何かやましいことでもあるのかい?」


 いぶかしげな視線で秋人を見る寺島。

 周囲の空気が凍り付くのを感じる。

 寺島は一歩も譲る気はないようだった。用が済んだらさっさと帰れという事らしい。


「………………そうか」


 これ以上踏み込めば、いらぬ疑いをかけられるかもしれないと判断した秋人は仕方なく退くことに。


「じゃあ、柊を頼みます」


「君に言われるまでもないよ。当然の事だ」


 そうして秋人は咲夜の屋敷を後にした。

 数十メートル進んだあたりで、後ろから門が閉められる音が聞こえてくる。


「…………なーんか疎外感」


 帰路を歩きながら、そんなことをぼそりと呟くのだった。





◇◆◇




 秋人が帰ってから数時間後。もうとっくに日は暮れ、ほとんどの人は寝静まった時間帯。

 自室のベッドの中で、咲夜は今日の出来事を思い出していた。


「なんなのよあいつ……。こっちがあからさまに無視しても気にせず話しかけてくるし……」


 うさぎのぬいぐるみを抱きしめながら悪態をつく。

 今まで咲夜が他の人達にも秋人と同様の態度を取った時は、すぐに話しかけてこなくなったが、彼はそうではなかった。一瞬、護衛だから? と考えたこともあった。けれど別に護衛だからと言って、あるじと不必要な会話をかわすこともないはず。実際、秋人より前に勤めていた護衛は、咲夜に私語を話しかけることはなく、業務的な話ですら最小限であった。任期が過ぎた後は別の人と交代し、以後会うこともない。

 しかし、咲夜にとってはそれこそが最善であり、今までずっとそうしてきた。しかし秋人は、隙があれば咲夜が無視しようと話しかけてくる。一体何を考えているのか、咲夜にはわからなかった。


「ダニエルの奴、ほんっと厄介な事してくれたわね……!」


 ダニエルも他の人と同様、あくまで主と護衛であり、お喋りするような踏み込んだ関係ではない。

 しかし彼は咲夜の護衛について最もキャリアの長いベテラン。咲夜の真意・・に気付いている可能性がないとも言い切れない。それで秋人を呼んだのかも……。


「……流石にそれは邪推か」


 テーブルに置いてある写真立てを手に取り、じっと眺める。そこに映っているのは、まだ幼い咲夜とその両親。現在のような不愛想で吊り上がった表情とは程遠い、はじけるような笑みがとても可愛い幼女だった。


「護衛なんていらない。私はもう、誰も必要じゃない……」


 そして、咲夜の視線は両親の隣にいる一人の女性に向けられる。黒いスーツに身を包み、穏やかで静かなたたずまいをした美しい女性だった。


「ね? だってそうでしょ……。あんな思いをするぐらいなら……誰も……」


 そこで、咲夜の意識は完全に途絶えてしまった。


 






 


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