第4話 久しい学園

「は?」


 担任からいきなりそんなことを告げられ、思わず条件反射で返事をしてしまう。


「事情は既に聞いている。最近学園に来ないから何事かと思っていたが……柊家の護衛とはすごいではないか。既に机を移動させてあるから、A組に戻ってなさい」


「あ、はい」


 ダニエル辺りが色々根回ししてくれていたのだろう。普通ならクラスの変更などという事が許されるはずもないが、それが起きてしまうということは、この学園は柊家の息がかかっているに違いない。

 柊家の凄さを改めて知った気分だった。

 そうして、秋人はA組へと足を運ぶ。

中へと入ると、早速クラスメイト達が不審そうな目でこちらを見てきた。無理もない、秋人は元々Cクラスの生徒なのだから。

 用意された席へと腰かける。皆話しかけてはこないものの、ちらちらとこちらを見てきているのはすぐにわかった。まるで腫物扱いである。中には敵意や侮蔑の混じったものすらあったが、それらは全て無視。

 窓際の席に腰かけた咲夜はそんな秋人の事を気にかける様子もなく、本を取り出すと静かに読み始めた。それがまるでいつもの日常と言わんばかりに。

 

「え……? あれ、秋人じゃん!」


「ん?」


 その声に振り向くと、そこにいたのは1人のチャラそうな金髪の男。非常に整った端正な顔立ちをしており、少しはだけた胸元が、高校生にもかかわらず色気を感じさせていた。

 事実、彼の事を熱い眼差しで見ている女子が数名いたぐらいである。


「陽介か」


 早乙女 陽介。この学園で唯一の友人といっても過言ではない。ここから少し離れた繁華街にあるホストクラブに勤めており、入ってからたった1ヶ月でその店でNo1に昇りつめるほどの実力者。その見た目から、敬遠するものも少なくない(主に男子)が、話してみれば気さくで良い奴である。

 秋人とは今から半年前、

 女子の大半は彼に惚れているという噂があり、陽介自身は否定しているものの真偽は定かでない。


「お前、こんなところで何してるんだ?」


「今日からA組になったんだよ」


「は?」


 秋人は簡単に事情を説明した。クラスを変えるという普通ならありえない所業に驚くも、柊家の名前を出すと、あ~と言って納得したようだった。


「へぇ……なるほどな。お前も大変なことになってるんだな」


 陽介は咲夜を見ると、


「でも、よりにもよって柊家か~。秋人、責任重大だな」


「んーそうだな……」


 少なくとも秋人の命と彼女の命とでは価値に雲泥の差があるだろう。

 今をひしめく柊財閥の末娘と、一介の学生で、とりわけで何かがあるわけでない秋人。

 失敗すれば地獄行きだ。


「で、柊さんとはうまくやってるのか?」


「そう見えるか?」


 そう言う秋人に、陽介は一度咲夜と秋人を見た後にこう言った。


「……まぁ、そんなはずないだろうな。けど心配すんな。彼女、秋人だけじゃなくて皆に対してあんな感じだから」


「そうなのか?」


 てっきり、護衛を毛嫌いしているものだと思っていた秋人は、意外な事実に驚く。


「ああ。彼女、誰も寄せ付けないんだよ。話しかけてもすごい素っ気無いしさ……。俺も以前話しかけただけで睨まれたよ」


「へぇ……」


 そう言うと2人して咲夜を眺める。

 背筋をぴんと伸ばし、読書をしている様子は非常に様になっており、育ちの良さがひしひしと伝わってくる。ただ、性格は別として。

 しかし、椅子から地面にかかとが届いていない様子を見ると、彼女の身長がいかに低いかというのも感じさせられる。


「まあでも」


「ん?」


「それでもめげずにアタックする奴もいるんだけどな」


 陽介があごで教室の外を示したので、秋人もそれに続いて見れば数名の男子生徒が入口でそわそわしながら立っていた。


――あぁ、柊さん可愛いな……。

――ほら、いけよ早く。

――お、おう! 今日こそ彼女に思いを伝えてやるぜ!


 何やらぼそぼそと皆で話していたが、やがてそのうち1人の男子生徒が教室内へと入ってきた。ゆっくりと咲夜の方へと向かうと、彼女の席の前へと立つ。


「あ、あの……柊さん!」


「…………?」


 咲夜は黙ったまま顔を上げる。男子生徒は頬を掻き、顔を赤らめながら大きな声でこう告げた。


「ま、前から貴方の事が好きでした! 俺と付き合ってくださいっ!」


 そう言って手を差し出す。クラスの人達が一斉に男子生徒の方を向いた。


――懲りずに柊さんに告白する勇者がまだいたか。

――まぁ、結果はわかりきってるけどね~

――でも、あの人確かバスケ部のキャプテンじゃない? 去年国体準優勝の。

――え、うっそ! じゃあもしかするともしかしたり?


 周囲がわかりやすくざわつき始めた。聞いてる限り、これが初めてではないようだった。

 皆が注目する中、咲夜の出した結論は――――。


「ごめんなさい。私、貴方に興味ないから」


 瞬間、周囲からため息が漏れる。

 興味も削がれたようで、皆再び談笑し始めた。

 しかし、男子生徒はめげなかった。


「な、なら一度お試し期間という事で、付き合うのはどうかな? それで君が必ず俺に興味持てるように頑張るから……!」


「…………はぁ」


 咲夜は一度ため息をつくと、両手でパタリと本を閉じる。

 そして男子生徒を冷ややかな視線で見つつこう言った。


「そもそもお試し期間って言うのなら友達からが先じゃないの? 私、あんたと喋ったこともないんだけど。それをいきなり通り越して付き合う? はっ。気持ち悪いにも程があるわ。いい?興味ないって言ったのは、あんたのわずかな自尊心を傷つけないために建前として言っただけであって、本当は関わってほしくないの。わかったなら今すぐ消えて」


 鋭い言葉の槍が矢継ぎ早に飛んできたためか、男子生徒は顔を引きつらせながらたじろいだ。


「おーあいつ、胸を抑えて苦しんでるぞ。多分よっぽどきつかったんだろうな」


 頬杖を突きつつその様子を見ていた秋人は、思わず男子生徒に同情してしまう。あんな風に言われれば確実にトラウマ決定だろう。


「まだあれはましな方だよ」


「え?」


 男子生徒はそのまま無言で走り去った。一緒についてきていた男子生徒は彼の肩を叩いて励ましながらその後を追っていく。

 まさに当たって砕け散った瞬間であった。

 咲夜は周囲の視線に全く気にすることなく、やがて何事もなかったかのように再び読書を始めた。


「彼女、また1人屍を積み上げてったな……」


「さっきこれはまだましな方って言ってたみたいだが……。もしかして、今までにもあったのか?」


「おいおい秋人……お前、ほんとうに学園の事知らなさすぎだろ。柊さんの告白5人斬りは学園でも有名だぞ」


「5人……斬り?」


「5人一度に告白して、全部振ったってこと。中には、モデルとして活躍してる元安先輩もいたぐらいだ。もう卒業したけどね」


「やべえな」


 咲夜の横面を眺める。

 くっきりとした瞳に長いまつげ。

 張りのある肌に、まだ幼さをありありと感じさせる顔。高校生どころか、中学生と言われても十分に通じてしまう程の童顔さ。

 プラチナブロンドの艶やかな長髪に、可愛らしい黒のカチューシャ。

 ただ読書をしているというだけなのに、絵画でも見ているような気分になる。

 確かに、彼女は可愛い。後もう少し身長が伸び、かつ小ぶりな胸が育てばもう敵なしだろう。無双状態だ。

 

「陽介はどうなんだ? 柊のこと好きなのか?」


 秋人がそう言うと、陽介は顎に手を当てながら、


「ん? まー、そうだな。可愛いとは思う。けど、秋人が狙うってんなら協力するよ。護衛なんだから、他の奴らよりは接触機会も多いだろうし、案外いけるかもだぜ?」


「アホか……。俺もさっきの奴みたいに有象無象と変わらないって」


「ふーん。ま、そう言う事にしておく」


「本当に違うから。狙ってないからな?」


 ニヤニヤしながら言ってくる陽介に、完全にからかわれている秋人。


「おーい、お前ら席につけよー」


 そこで予鈴がなり、教師が中へと入ってきたため2人の会話は中断された。

 ホームルームが始まり、ついでといった感じで秋人のクラス替えについての話になる。


「えーC組にいた吉良 秋人君は今日からA組に編入することになった。皆、仲良くするように」


 特に理由を伝えることもせず、その一言で紹介を終えてしまったためか皆がそわそわし始める。

 が、教師が一喝いっかつするとそれもすぐに止んだ。

 その後、何事もなく授業が始まった。

 当然だが、3週間以上休んでいた秋人は授業の内容など1ミリも理解できなかった……。



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