第3話 前途多難

「お前まさかわかってなかったのか!?」


 冷静なダニエルが衝撃を受ける。


「いや……だって柊 咲夜って俺と同い年なんだろ? けどさ……」


 咲夜の頭の先からつま先まで見た後、こう言った。


「どっからどう見ても小学生じゃねーか!」


 そう。目の前にいる柊咲夜の容姿はあまりにも幼すぎたのだ。事前の情報によると、柊 咲夜は秋人と同じ高校2年生。しかし、目の前にいる少女は小学生と言われても通じてしまう体型だったため、柊 咲夜だとわからなかったのである。


「…………本気で死にたいらしいわね」


 どうやら迂闊うかつに触れてはいけない話題だったようだ。咲夜は拳を握り締め、できる限りの敵意を込めてこちらを睨んでくる。しかし、秋人からすれば、まるで生まれて間もない子犬が威嚇している感じにしか思えなかった。つまり、凄みというものが感じられないのである。

 緊張した糸がほぐれるかのような感情を覚えた秋人は、咲夜に向かって笑みを浮かべつつこう言った。

 

「まあまあ、そう怒るなって。別にいいじゃん、最近はそういう体型も需要じゅようあるみたいだし」


 そう言って、頭をぽんぽんしようとしたがすぐに払いのけられる。


「子供扱いするな! とにかく。護衛は要らないの。今すぐ出て行って」


そう言うと、咲夜は2人を更衣室から追い出し、わざとらしく強く音を立てて扉を閉めた。


「……すまないな。お嬢様は昔からああなのだ」


「いや、気にすんなって。嫌われるのは慣れてるからさ……。ま、柊が何と言おうと護衛の責務は果たすよ」


「頼んだ。…………む、ちょっと失礼する」


 電話がかかって来たのか、すぐに取ると、何度か相槌あいづちを打って切った。


「もうすぐ、お前の相方が来る。そいつにも挨拶しておけ」


「相方?」


「ああ。寺島といってな。以前から咲夜お嬢様の護衛についている男だ。夜はそいつに見張りを任せている」


「そういうことね」


 1人で24時間護衛するというのは限度がある。そのため、2交代制にしているのだろう。聞けば、朝から夕方までは秋人が護衛し、夜のみ寺島が担当する、ということだった。

 とりあえず咲夜との挨拶も済ませたため、一旦エントランスへと戻る。すると、そこに1人の男が中へと入ってきた。


「ダニエルさん。おはようございます」 


 ぴっちりとしたダークスーツに身を包んだ高身長の男は、ダニエルに一礼すると、続いてこちらに向き直ってきた。


「初めまして。僕の名前は寺島 安広。君が今日からお嬢様の護衛につく秋人君だね? 宜しく」


 柔和な笑顔を浮かべながら、握手を求めてくる寺島。それに対し秋人も愛想笑いを浮かべつつ握手を交わす。

 爽やかな笑みが特徴的な金髪のイケメンだった。


「どうやらあんたも後継者そっち側のようだな」


「よくわかったね。そうだよ」


「さて、今から食事だが、我々は別室で済ませることになっている。先に朝食を食べていろ」


 ダニエルが言うと、秋人はお腹をさすりながら、


「朝食はもう食べてきた」


「む、そうなのか? なら、要らないのか?」


 そう言われ、秋人は考える。


(朝飯は軽く食ってきたが……どんな飯が出るか興味があるな)


「ま、あんまり食べてないし少し貰おう」


「そうか」


 別室に入ると、間もなくして使用人が食事を運んできた。

 朝からキャビアという、凡人には考えられない食べ物もあったが、それ以外は鮭の塩焼きに、だし巻き卵、豆腐に味噌汁という、まさに和食そのものであった。咲夜があまり洋食を好まないため、どうやら必然的に和食ばかりに偏ってしまうとの事。

 秋人は物珍しさにキャビアを食べてみたものの、しょっぱすぎて美味しいとは思わなかった。

 食事を済ませると、エントランスにて咲夜が来るのを待つことに。


 そしてしばらくして、咲夜がやってきた。

 しかし明らかに機嫌が悪い。苛立ちを隠し切れないといった感じであった。


「やっと来たか。じゃあ今から学園に――」


 秋人が言葉を終える前に、咲夜はそれを無視して素通りしていく。


「あ、ちょっ待てよ!」


 咲夜を追うようにしてついていくが、


「ついてこないで」


 こちらの方を見向きもせずに、淡々とそう告げる咲夜。

 ダニエルの方を見ると、ただ頷くだけだった。どうやら、頑張れとのことらしい。

 

(ったく、こりゃ厄介なお嬢様ときたもんだ)


 これまで秋人は何度か護衛の依頼は引き受けた事があるものの、皆基本的に協力的だったため、護衛しやすかった。しかし、目の前にいる咲夜は護衛を必要としているどころか毛嫌いしているようだ。一筋縄ではいかないだろう。

 咲夜が車に乗り込んだので、秋人もすかさず乗り込んだ。咲夜は露骨に嫌な顔をしていたが、秋人から顔をそらすと、窓の外を眺めている。

 そんな気まずい空気の中、車を走らせる。

 しばらく無言の状態が続いていたが、やがて秋人がこう言った。


「あ、そうだ。自己紹介を忘れてたわ。俺の名前は吉良 秋人。いやーあやうく初見で斬り殺されそうになるところだったぜ」


「…………」


「そういや柊ってどこの学園に行ってるんだ? やっぱ鬼蝶ヶ崎きちょうがさき学園か? あそこは金持ちの中でも一握りしかいけないって有名だからな」

 

「…………」


「ちなみに俺は有栖川学園に行ってるんだ。つっても、ここ3週間ぐらいは行ってねえけどな」


「…………」


「まあでも別にさぼってるわけじゃないぜ? 俺は単に仕事が――」


「ねえ、ちょっとうるさいから黙ってくれない? 朝からほんと目障めざわりなんだけど」


 咲夜の冷たい言葉が秋人に突き刺さるも、彼は対して気にした様子もなく、


「お、やっと喋ってくれたか。てっきり無視されてるのかと思ったぜ」


「あんた頭大丈夫?」


「初見で斬りかかる奴よりはな」


「いきなり浴室に入ってくるからよ!」


「あれは事故っつーか……。というか別にいいじゃねえか裸ぐらい。減るもんじゃないしさ。それに、別にお前の体型なんか見ても興奮しな――――」


 その時、カチャ……という音が聞こえてきた。


「あの、柊さん? 刀を抜こうとするのやめてくれません?」


 まさに刀の鯉口を切ろうとしている咲夜を見て、冷や汗をかきつつ落ち着かせようとなだめる秋人。どうしてただの高校生が帯刀しているかについては触れないでおく。


「なら、これ以上余計な口を聞かない事ね。次何か喋ったら今度こそ斬るから」


「わーったよ……」


 これ以上話し続けると本当に斬られかねないと判断した秋人は、言いつけ通り黙ることに。

 その後車を30分程走らせたところで、学園へと着いた。

 どこかで見覚えのある学園と思っていたら、それは秋人の通う有栖川学園だった。


「って、俺と同じ学園じゃねーかよ!」


 そう叫ぶ秋人を無視し、咲夜は中へと入っていく。

 秋人もそれに続こうとすると、下駄箱で教員に止められた。自身を担任と言っていたことから、秋人が在籍するクラスの担任であるという事はわかった。が、言ってこなければ彼が担任かどうかもわからなかっただろう。ほとんど学園に行っていない秋人は、担任の顔と名前すら覚えていないからだ。

 担任と共に職員室へと入ると、衝撃的な言葉を告げられた。


「吉良君。今日から君のクラスはC組からA組になった」


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