第2話 ツンツンお嬢様

 4時間ほどの睡眠を経て再び起床すると、一旦家を出て1階へと降りていく。

秋人の住んでいる寮――『鳴橋なるはし寮』は食事つきなため、朝晩は寮母が作った料理を食べることができる。

料理ができない秋人にとって寮のご飯は格別で、寮母のおかげで彼の健康が成り立っていると言っても過言ではない。

 朝食に舌鼓したつづみを打ちながらテレビを見ていると、やがてニュースに切り替わった。


『続いてのニュースです。先月から度々起きている連続バラバラ殺人事件について、警視庁の発表によりますと、犯人の情報は未だ掴めず――――』


――この事件の犯人まだ捕まってなかったの?

――確か、被害者の1人がこの近くに住んでたんでしょ?

――うっそ! じゃあ、犯人はこの周辺に来たってこと!? 怖いぃ……


 秋人の近くで食べている寮生たちがそんな事をいいながら、テレビを見ていた。こちらに気が付くと、さっと視線をらされる。もう慣れたもので、これしきのことでは動じない。

 

「ズズズ……バラバラ殺人事件ねぇ」

 

 味噌汁を飲みながら、秋人はなんとなくだが後継者が1枚噛んでいるのではないかと考えていた。

 後継者絡みであるとするならば、もう普通の人間では太刀打ちできない。彼らの強さは常軌じょうきいっしているからだ。

 

「そのうち誰かが片付けてくれるだろ」


 そう楽観的に考えることにした秋人。

 食事を済ませ、家へと戻ると携帯のランプが光っている事に気が付いた。誰かからメールが来ているようだ。

 確認すれば、ダニエルからだった。そこには依頼の詳細と、柊家の住所が書かれている。どうやらそこに向かえとの事らしい。

 

「柊……咲夜。一体どんな人物か」


 ダニエルや他の後継者ですら手を焼く存在。気にならないわけがなかった。

 時計を確認すれば午前6時ちょうど。柊家のある芦屋あしやまでは最寄りの電車でおよそ10分。7時までに向かえばよいとのことなので余裕だが、念のため早めに行っておくことに。

 電車に揺られ、芦屋あしや駅へとつく。しばらく歩いていくとやがて六麓荘ろくろくそう町という高級住宅街へとたどり着いた。

 ここは数々の有名芸能人や、中小企業の社長といった大御所おおごしょも住んでおり、本来であれば縁のない場所。そんな場所に学生服を着たあきひとが、周囲をうろちょろしている。

 人生とはわからないものである。

辺りには、まだ早朝にもかかわらず警備の人達が周囲に目を光らせていた。中には武装した後継者までいる。十字架の紋章をしていることから、彼が神羅万象の一員であることは見てとれた。

 記された場所へと着くと、まず目についたのは巨大な鉄柵だった。その外側には手入れされた生垣や低木。高さ10メートル近くはある鉄柵は、天に向かうにつれて細く鋭くなり、無断で入ろうとする者を串刺しにするかのごとく拒んでいる。

 

「柵から屋敷までどんだけ距離あるんだよ」


 秋人はその光景に軽く圧倒されていたが、やがてダニエルが姿を見せたことですぐに我に返った。


「予定より30分以上も前に着くとは、見た目によらず真面目なんだな」


「依頼とはいうなれば契約。その契約をかわした以上、遅刻なんていう初歩的なミスは相手の信用にかかわるからな」


 それに、まだ相手がどんな人物かわからないとはいえ、初日から遅刻するのは印象的にもかなり悪い。


「つーか、見た目ってんなら俺よりあんたの方がヤバいじゃねーか」

 

 スキンヘッドに鬼ぞり眉毛。腕には龍のタトゥーが彫られており、血管が浮き彫りになった太い腕は、一般人ならまず間違いなく関わってはいけない人種として敬遠するだろう。


「仕事柄、舐められては困るのでな」


「まぁ、あんたに喧嘩を売ったら大概の奴は血を見そうだ」


「……。では案内しよう」


 あまり無駄口をたたくのは好きではないようだ。

 会話を中断すると、先へと進んでいく。 

 そうしてダニエルと共に柵内へと足を踏み入れると、ほんのり香る花の匂いが鼻をかすめる。そしてまず目についたのは大きな花畑と噴水だった。秋人が歩いている、舗装ほそうされたレンガの道を外れると、草で覆われた広大な芝生が見られる。更に、屋敷の隣には屋外プールまで確認することができた。

 

「早速、屋敷周辺の地理の把握か?」


 秋人の前を歩いているにもかかわらず、まるで彼の動向が見えているかのような質問。ダニエルが唯の護衛ではないという事を感じつつ、


「え? あ、ああ……そうだな。いざって時、お嬢様を逃がすためにな」


 単にこう言った景色が珍しいので、好奇心であちこちに視線を送っていただけだったが、違う方向に解釈してくれたらしい。

 ダニエルを見れば、きびきびと歩いている。サングラスをしているため、何を考えているのか表情から読み取ることは不可能だ。

 

「ついたぞ」


 白い大理石の階段を上っていくと、秋人の2倍程の高さもある巨大な扉にたどり着いた。

 ダニエルがカギを使い、更にカードを通すと天井の赤ランプが緑ランプに切り替わる。

 30センチ程の分厚い扉を開け、中に入ると、最初に目についたのは巨大な額縁がくぶちに飾られた絵だった。天井にはきらびやかに装飾されたシャンデリアがあり、室内を明るく照らしている。

 エントランスの広さに感嘆する間もなく、ダニエルが先へと進んでいく。

 赤い絨毯じゅうたんを踏みながら秋人もそれに続いた。一歩間違えば迷いそうなぐらい広いが、迷うことなく歩を進める彼を見て、秋人は、ダニエルがここを務めて長いんだろうなぁ、としみじみ思った。


「ここがお嬢様の部屋だ」


 長い廊下を越え、たどりついた部屋の前でとまると、ダニエルは扉をノックした。


「咲夜お嬢様、宜しいでしょうか」


 しばらく待ってみるものの一向に中から返事がない。

 もう一度ダニエルがノックするものの同じだった。続いてドアノブに手をかけるものの、鍵が掛かっているため中に入れないようだった。


「時間的に寝てるんじゃないか? まだ7時前だし」


「いや、お嬢様は物音に敏感なお方だ。もし寝ていたとしても、これだけノックすれば何らかの反応を起こすはず。それもないということは単に中におられないのだろう。私が探してくるからここで待っていろ」


「わかった」


 ダニエルがその場を後にした。残された秋人は、壁によりかかると腕を組んで2人が戻ってくるのを待った。

 しかし、待てどくらせど一向にやってこない。


「遅いな、何やってんだ?」


 そこから更に時間が過ぎたものの、未だに戻ってこない事にしびれを切らした秋人は、自身も探しに行くことに。とはいえ、そもそも屋敷内の地図を把握はあくしていない以上、どこに何があるのかわからない。なのでとりあえず屋敷内を探索がてら歩くことに。

 赤い絨毯じゅうたんかれた廊下には壺や花瓶、皿などが飾られており、どれも壊せば一生をかけててでも返せるかわからない程高そうな代物しろものだった。

 それらを壊さないように一定の距離をあけながら2つ目の角を曲がったところで、窓から別棟べっとうを確認することができた。


「2つも家もってんのか……流石は大富豪」


 そうして更に進んでいくと、視界の端に半ドアになっている部屋を発見した。

 

(……湯気?)


 気になった秋人は中へと入る。

 すると、部屋の中の湿度が他と比べて明らかに高いということに気が付いた。更に目の前には鏡台のついた洗面台があり、その横には何やら服の入ったかごがある。

 そして、奥のガラス張りになった扉の奥は湯気で包まれていた。秋人が先程確認した湯気はここから漏れ出ていたのである。

 そうした状況を踏まえて察するに、ここは大浴場の更衣室で間違いない。

 服があるという事は、誰か既に入っているという事であった。

 

「でけえ風呂場だな」


 自身の家に備え付けられている、足をのばすことすらできないおんぼろな風呂に比べれば、仰天するぐらいの大きさに思わずつぶやく。

 

 そうして秋人が部屋を出ようとした次の瞬間。


 ガラガラガラ――――という音と共に、不意に大浴場の扉が開かれた。


「…………え?」


「ん?」


 すると、そこにいたのはプラチナブロンドの長髪が特徴的な少女だった。完全に予想外だったのか、生まれたままの姿をこちらにさらけ出したまま硬直している。

 少女の背後に見えるのは巨大な浴場。


「な、な、な、な……!」


 少女は顔を真っ赤にし体をぶるぶると震わせている。

 それに対し、秋人は至って冷静だった。


「……悪い。道に迷って適当に入ったらここに出た」


 苦しい言い訳であることは承知の上だが、とりあえずはこの場から逃げねばならない。秋人の本能が警鐘を鳴らしていた。

 そう言って、くるりときびすを返してその場から立ち去ろうとした時、ガシッと肩を掴まれた。


「いっ!?」


「ちょっと……待ちなさい」


 引きはがそうとするも、その力の強さに動けない。

 冷や汗をきつつも、秋人はこういった。


「放してくれ。こっちは今、護衛するお嬢様探しで忙しいんだよ」


「護衛……? ねぇ、一つ聞きたいんだけどその護衛するお嬢様というのは柊 咲夜のこと?」


「そうそう! よく知ってるなお前! そいつが今どこにいるか教えてくれないか?」


「ええ、いいわ。ただし生きていたら、の話だけどね」


「え?」


 肩にかかっていた手の力が強められたかと思うと、いきなり秋人の視界が反転した。

 投げ飛ばされたのだと理解した秋人は、とっさに受け身を取ると少女と対峙する。

 その隙にバスタオルを身に着け、こちらを睨んでくる少女に対し、こう言った。


「いきなり投げ飛ばすなんてひどいじゃん」


「黙りなさいこの変態! いきなり浴室に入ってくるなんて何考えてるの!? 警察に通報してやるんだからッッ」


「ちょ、まてそれはシャレになら――」


 そう言い切るよりも早く、少女が動いたのが先だった。いつの間にか持っていた刀を抜刀すると、斬りかかってくる。


「おわっ!? 危ねぇな! ……当たったらどうするんだよっ」


 少女の髪が揺れ動いた際に、水滴が秋人の顔へとかかった。それを拭いつつも少女の攻撃をかわしていく。


「当たらないと意味がないでしょ? だって死ぬんだから」


「そりゃ物騒だなッ……!」


 躊躇ためらいもなく刀を振りかざしてくるあたり、かなり肝が据わっているとみえる。しかし、あまり洗練された一撃ではなく、かわすことは容易だった。

 少女の放った一撃は、そのままタオルの入ったかごへと当たり、切り裂かれた。

 目の前にいる少女、不意打ちでこの程度の速度だ。ねじ伏せるのは容易たやすいだろう。しかし、女性を手荒にするのもよくはない。

 どうにか穏便に済ませる方法は……。


「お嬢様! 何をなさっているんですか……」


「お?」


 そこへ現れたダニエル。

 ナイスタイミングと言ったところだ。

 息を切らしていたことから急いできたことが窺える。

 

「あんた、どこ行ってたんだよ。遅すぎたから探したじゃないか」


「ちょっと急用でな……。それで戻ってきてみれば、お前がいないから急いで探し回っていた。……で、これは一体どういうことだ?」


「ダニエル。聞きたいのは私の方よ。金輪際護衛は要らないって言ったわよね?」


 咲夜は秋人を指さすと、ものすごい剣幕でダニエルをにらみながら言った。


「申し訳ありません。ですがこれ以上護衛を減らせばいざという時お嬢様を護る者がいなくなります」


「だから別に要らないって言ってるの。自分の身は自分で守るから」


「そう言われましても……源蔵様の命令ですので」

 

 ダニエルの言葉に、咲夜が舌打ちをしたかと思うとこう言った。


「…………ふんっ。お爺様の犬め、私の意志は関係ないってことみたいね。反吐へどが出るわ」


 咲夜の悪態にも、ダニエルは涼しげな顔をしていた。恐らく、言われなれているのだろう。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 ダニエルと咲夜の間に割り込むようにして入った秋人。


「さっきから聞いてる感じ、もしかしてお前が柊咲夜なのか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る