迷子の迷子の――さん(1)
どれだけ理解不能な出来事の後だとしても、時が経てば朝は来る。朝が来れば、社会人として家を出なければならない。
あの後、
重い
痛む関節をいくつか鳴らし、体を伸ばすと床に置いたスマートフォンからアラームが鳴り始めた。出勤時間が近い。アラームを止め、ゆっくりと立ち上がる。洗面所で顔を洗い、続いてスーツに着替える。が、深く切った指と
『朝食作っといた
起きたら連絡して
扉が閉まる瞬間、ベッドの上の茉奈に向かい、祈るように呟いた。
「さっさと起きろよ……」
恐らく起きていたとしても届かない小さな声を閉じ込め、部屋の鍵をかける。腕時計の針が示す時間は七時二十三分。バス停へと足を進めると、バスが到着せんとするところだった。時間的にも距離的にも、急ぐ必要は全くないのだが、つい早足になってしまうのは何故だろうか。
車内は割と空いていた。普段からこうなのか、今日たまたまなのかは分からないが、普段からなのであればこれを機に生活習慣を見直すのもいいかもしれない。前寄りの座席に腰かけるとバスが走り出した。乗客の多くはスマートフォンかタブレット端末をいじっている。俺も他の乗客にならい、鞄からスマートフォンを取り出した。
『今起きた』
余分なものをそぎ落とした簡潔な文章。受信時刻は七時二十五分。部屋を出てすぐだ。案外、鍵をかける頃には起きていたのかもしれない。何にせよ、目を覚ましてくれてよかった。胸のつかえが無くなった気分だ。だが、まだ安心はできない。体調を訊ねるメッセージを送る。
『よかった
気分が悪かったり、痛むところはないか?』
『気分は悪くないし、痛むところもない』
「早っ」
送信と同時に返ってきたメッセージに、思わず呟いてしまう。とはいえ、ノータイムにもほどがあるのでたまたま送信のタイミングが被ってしまったのだろうと解釈する。なんにせよ、これで懸念はなくなった。無論、茉奈がやせ我慢している可能性も考えられるが、それは心配しても仕方がない。ここは文面通り素直に受け取っておこう。
『そうか
だったら、シャワー浴びたら学校行けよ』
返信は無い。シャワーを浴びに行ったか、朝食だろう。ポケットにスマートフォンをしまいかけて、茉奈の上着の事を思い出した。
『家出る前に、上着に血が付いてないか脱いで確認しといて』
もしついていたらクリーニングに出さないといけない。幸い季節的にはそろそろ夏服への移行期間の筈だ。時期としても申し分ないし、上着を脱いで登校しても問題は無いだろう。
メッセージアプリを閉じたところで、ふと見覚えのないアイコンがあることに気が付いた。
“
翼のついた楯の描かれたアイコンには、そう名前が付けられていた。インストールした覚えはないが、OSのアップデートかなにかで追加された新しい常駐アプリかなにかだろうか。それにしても“
普段なら利用しないアプリは放置しておく俺だが、“Angel.exe”に関してはやはり気になった。ウィルスチェックにも引っかかっていないようだし、一度立ち上げてみるか。
「先輩も入れてるんですね、それ」
「!」
Angel.exe 葉月 弐斗一 @haduki_2to1
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