女の子からのお説教


「み~き~」

「のひゃあああ」

 後ろから美穂子の両手が俺の肩に乗り、耳元で幽霊のような声で囁かれた。

「びび、びびった! 何だよ美穂子!」


「未来ちゃんに話があるの。ちょっといい?」


 み、未来ちゃん?

 手を引っ張られ教室から連れ出されてしまう。


 引っ張られた先は5階へと続く階段の踊り場だ。

 この学校、昔はマンモス校だったらしくてやたらと教室が多い。なので今、最上階である5階の教室は全てが資料室や機材置き場になっており、完全に無人だった。


 階段に座る俺の前を、コツコツと足音を立てて美穂子が往復する。上履きなのに音が怖い。


「未来ちゃんにいくつか注意したいことがあります」

「な、なに? というかなぜいきなりちゃん付けになったの? 呼び捨てでいいんだけど」

「私は10歳以下の女の子にはちゃん付けしてるの」

「お、俺、15歳ですけども!?」


 美穂子と同じ年の高校一年生だよ!?


「スカートをバサバサさせて歩いたり、男の子の目の前で胸を揺らすような子を高校生とは認めません」

「え゜」

「聞いたこと無い声出たね。あのね、未来。未来はまだ女の子になって日が浅いから自覚が薄くても仕方ないんだろうけど、未来は今、すっごい、すっっっっっごい可愛い女の子なの。分かってる?」

「分かってるよ。早苗ちゃん超可愛いし」

「なら、男の子に対して警戒心を持ちなさい!!!」

 ビシイイっと指を突きつけられた。


「え、え……? もってるつもりだったけどな……色々怖い思いしたから」

「ぜんっぜん!! 足りないの!!!」

「え゜」


「まず一つ質問。歩くとき、どうして微妙に跳ねるの? 胸をぽいんぽいんさせるの? スカートをバッサバサさせてパンツぎりぎりアウトラインチェックさせるの? 男の子を誘いたいの? 巨乳とパンツを見せつけて逆ハーレム築きたいの? 築きたいのならば意見はしません。むしろ応援してあげます。未来が竜神君と浅見君と達樹君に囲まれる図はいいと思いますし、バスケ部の結城さんも読モやってる二年生の大萱先輩も、生徒会長も風紀委員も、庶務も査定も会計の先輩も未来が好きだといってましたし」


「え、は、え?」


 思いもよらぬ美穂子の言葉にアホみたいな返事を返してしまう。

 入学して一か月ぐらい。生徒会の人を羅列されても顔も出てこないよ!

 というか、俺が男を誘うわけないだろ!!!!!


「んなわけないです、生徒会の人達なんか顔も知りません! 跳ねてましたか俺!!??」

「跳ねてましたよ」


 美穂子が重く頷く。


 え、う。


「し――身長が急に低くなったから、ちょっとでも高く歩こうと無意識に跳ねてたんだと思います。正直、跳ねてる自覚はありませんでした。パンツ見られるのは怖いと思ってましたし……」

 全然跳ねてる意識がなかったよ! 胸を揺らしてる自覚も無かったよ! パパ、パンツを見せるなんてとんでもない!

「なるほど……ちゃんとした理由があるんだね。その歩き方だと無駄に男の性的欲求を増幅させちゃいますからやめなさいね」

「はい……」

 思わず体を傾け膝の間に手を付き、腕で胸を挟んで固定しまう。

 こ、この邪魔な胸のせいで、余計な物体のせいで……!!


「竜神君が良い人だったから良かったけど、見た目のまんまの怖い人だったらひどい目にあわされてたかも知れないよ」

 う。

 そ、想像したくも無い。ガチで怖いぞ。あいつでっかいから。

 落ち込んで深く項垂れてしまう。


 ん?


 ふらふらと体を揺らしながら、男子生徒が階段を上ってきた。

「…………」

「…………」

 男子生徒は俺よりも深くぐったりと項垂れたまま美穂子の横を通り抜け、俺より一段下に座る。


 浅見虎太郎だった。


「朝っぱらから疲れてんな。浅見……」

「うわ!? びっくりした、未来、居たんだ!」

「私も居るよ」

 美穂子が手を振る。

「く、熊谷さんまで、ごめん、お邪魔しました」

 更に上に逃げようとする浅見を「いいから」と引き留める。

 女子から逃げてきたのかな? こいつ、ひとけの無い場所が好きすぎるだろ。猫か。


 虎太郎が顔を俺達に向ける。

「――!? 顔、どうした!?」「ひどい……!」


 美穂子と一緒に大声を上げてしまった。

 左目の横が浅黒く腫れあがっていた。

「か、壁にぶつかっちゃって」

「ベタベタすぎる! 今時漫画でもそんな言い訳しないぞ! 明らかに誰かに殴られてるじゃねーか! お前みたいな大人しい奴が喧嘩するはず無いし……絡まれたのか!?」

「だ、大丈夫、喧嘩じゃないから」

 浅見は困ったみたいに笑って口を噤んだ。


「とにかく、保健室に行こう。そのままじゃ痕が残っちゃうかもしれないよ。私、保健委員だから付いて行ってあげる」

「え、いいよ。顔に傷が残っても男なんだから構わないし……」

「いいから、ほら」

 美穂子が浅見の腕を引いて連れていく。


「いってらっさーい」

 手を振ってお見送りする。何があったんだろ……。まさかとは思うけど――――。

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