3年生からの呼び出し

 その場に立ってスカートを一回折る。

「こんなモン?」

「足りない」

 もう一回折る。

「これでいい?」

「まだ」

「…………」


 足がスースー……というか内股がスースーする……。

 これ、ちょっと動いただけでパンツが出そう。

 怖くてこれ以上は折れないぞ。

 なぜ女子は平気なんだ。パンツが出ない系の防御呪文でも唱えているの?


「教室の真ん中で何やってんの未来ー。エロ光線出しまくらないで」

 岩元塔子が後ろから抱き着いてきて俺の太腿を撫でた。


「はひ――――――!!」

 息を強く飲みすぎて悲鳴も出せないまま、机という机をなぎ倒すかのごとき勢いで竜神の後ろに逃げ込んだ。


「未来……女に触られたぐらいでそこまでビビるなよ……」

 ぶるぶる震えつつ背中にしがみつく俺を振り返りもしないままに、苦い声でたしなめられる。


「ほっといてくれ! 怖いものは怖いんだもん。俺のビビリを舐めんな!」

「威張るなよ」

「もーやだやだやだ女子は距離が近すぎるうう……」


「……――ん?」

 竜神が何かに気が付いて顔を上げた。

 眼鏡を掛けた小柄な男子が真っ青な顔をしてドアに立ち尽くしていた。確か、寺戸君だったかな?

 竜神と視線が合うと真っ青になって一歩下がる。


「オレに何か用か? 何もしないからビクビクすんのやめてくれ」

 竜神が促すと、意を決して教室に入ってきた。

 少しでも竜神を刺激したら殴られるとでも思っているのか、忍び歩きで恐る恐ると距離を詰める。


「あ、そ、その、り、竜神君じゃなく、て、日向さんに、お願い、が」

 聞き取れるギリギリの声量で寺戸が言う。

「俺に?」

「さ、3年の、結城さんが、今から、だ、男子バスケ部に来て欲しいって、」

「何の用? 俺、結城さんって人と話したことも無いと思うんだけど」

「そ、それは、ぼくには、」

「んぅ、行きたくないよ。悪いけど断ってくれないかな」


 部室って別の校舎にあるんだもん。純粋にめんどくさい。

「え、日向さん、断っちゃうの?」

 教室の後ろで固まって話してた女子達が一斉に口を開く。


「結城さんって超カッコいいバスケ部のキャプテンだよ。断るのもったいない」

「行くだけ行ってみれば?」

 矢継ぎ早に言われるけど。


「1ミリも1アンペアも1バイトも1ドットも興味ない」

 どんだけカッコよかろうがマジでガチで興味ない。俺は無駄にキリっと表情を引き締め、はしゃぐ女子達に答えた。


「そ、そこまで興味ないの?」

 無いのです。


「で、でも、だけど」

 寺戸は完全に涙目で口をもごもごさせた。どうしたんだ――と聞きかけて、思い当たる。

「ひょっとして、寺戸君はバスケ部なの?」

「……ぅん」

 あー。先輩の命令じゃあしょうがないか。下手したら上に睨まれる羽目になっちゃうし。

「分かった、行くよ」

 俺も元運動部として上下関係の厳しさは身に染みている。ここまで困ってる寺戸を見殺しにすることはできない。


「待て、オレが話してくる」

 前に出ようとする俺の肩を押して竜神が立ち上がった。

「え」

「バスケ部はどこにあるんだ」

 竜神が益々真っ青になる寺戸と一緒に教室を出て行った。


 だ、大丈夫かな。寺戸。竜神を怖がる余り途中で失神しちゃわないかな。

 無人になった竜神の机に座って帰りを待つ。

 俺の心配はどうやら杞憂だったようで、10分もせずに二人は連れ立って戻ってきた。さっきまで真っ青だったのが嘘だったみたいに、寺戸の表情はリラックスしていた。


「お帰りー」

 椅子を斜めに傾け、両手で机をパタパタ叩きながら迎える。

「ただいま」

 ごく自然に竜神から挨拶が返ってきた。

 俺がお帰りと言ったことを面白がってるみたいな穏やかな笑い顔で。


 え。

 どき、と心臓が鳴った。

 あれ? 今の何だ?

 一人混乱する俺に気が付きもせずに、竜神は寺戸に言った。


「もし結城に何かされたらオレに言え。もういっぺん話に行くから」

「う、うん……ありがとうございます……」

「何で敬語なんだよ」

 寺戸に向かって竜神が「はは」と笑う。


 えええ! 竜神が声を上げて笑った!!

 どうしてかわかんないけど、めちゃくちゃ悔しかった。

 寺戸に対して物凄いライバル心が湧いた。

 俺、いっぺんも竜神の笑い声聞いたこと無いのに……!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る