おれの彼女になってください

「なんで先輩ここにきたんスか? その体じゃサッカーなんて出来ないでしょ」

「先輩達に挨拶しようと思ってな……。あーあ、サッカーしたかったな……」

 三年生と、一、二年生の試合が始まり、二人でしばらく観戦していた。

「行け」だの「よっしゃあ!」だの我知らず口に出してしまう。達樹はつまらなさそうに膝の上で肘を付いていた。


 ハーフタイムに入り、一息ついて座りなおすと、達樹がいたずらっ子のような表情で覗き込んできた。

 ほんと、ヤンチャ坊主、いたずらっ子って表現がよく似合う男だ。決してブサイクではないどころか、格好良い部類に入るだろうに、表情の作り方がガキくさいんだよな。


「先輩、超可愛いっスよね。お願い、おれの彼女になってください。大事にしますんで!」

 達樹は語尾にハートマークを飛ばし神様にでも祈るみたいに手を組んだ。


「おい、さっきも言ったけど、俺は男なんだぞ」

「でも今はどっからどう見ても女の子じゃねーっスか。いきなり付き合うのに抵抗あるならお友達からどうっスか?」

「お前……」


 呆然と達樹を凝視してしまう。


 俺の胸を触ろうとしたクラスメイトの気持ちはまぁ判らなくもない。(判りたくもないけどな!)

 中身が男だからこそ、本物の女の子より体に触りやすいってのはあると思う。

 でも、彼女にするとなると……格が違うというか……上手く説明できないけどなんかレベルが違う。そこをさらっと乗り越えてくるなんて尋常じゃないぞ。これが中学生の煩悩パワーってやつか?


「可愛ければ中身が男でもいいなんてある意味すっげーな……」

「だから、どこが男かわかんねえって。あんたはただの女じゃん」

「女じゃねーよ」

「だから、どこがですか? こんな小さな手ぇしてんのに」


 達樹が俺の手を握る。

 男に握られた気持ちの悪さに、猫が逆毛を立てるみたいに全身にぶわっと鳥肌が立った。


「気持ちわりーな、離せよ!」

「彼女になってくれるなら離します」

「冗談やめろ」

「冗談じゃねーっスよー」


 力一杯引っ張るんだけど全然振り払えない。拳で達樹の腕を殴っても、「痛いっすー」と泣き真似だけで終わる。


「離せ」

「うんって言ってー」

「嫌だ。離せってば!」

「じゃあお友達から」


 ぐいっと引き寄せられ、急激に近づく制服に包まれた男の胸に体が竦み上がる。

 固まりそうになる体から必死な悲鳴を搾り出した。


「い――嫌だっつってんだろうが、離せ!!」


「そこで何をしているんだ?」


 俺の大声に、監督が気が付いてくれた。

 達樹の手が緩む。ここぞとばかりに振り払って鞄を拾い上げると、達樹の後頭部へ叩き込んだ。横にではない。容赦なく縦にである。


 そして一目散に逃げ出す。

 ふざけんな、誰がただの女だ! そりゃ体は女だけど、中身は完全に男なんだ!

 絶対あいつ、俺の脳が女の体じゃなくて、カメレオンの体とかに移植されてたら、『あんた、ただの爬虫類じゃん』とかいうんだ。中身なんかどうでもいいんだ!


 どかどかとグラウンドを踏みしめていた足が力を失った。

 金網の張られたガラスに、ちっちゃくって可愛い女の子が映って俺を見返していた。


 俺は男で、今でも女の子が好きだ。女の子を可愛いと思う。彼女が欲しいと思う。でも、体は女なんだ。彼女になってくれる女の子なんかいるはずない。結婚だって、できない。


 二人連れの男子生徒が、ズボンからシャツをはみだして、猫背気味で蟹股になりながら前を歩いている。ほんの数週間前は、俺は良太と、そういう風に並んで歩いていたんだ。

 男だった時みたいに蟹股で歩いてみる。


「イテテ」

 骨格が違うからか、太腿の付け根が痛い。歩く姿勢は自然と内股になってしまう。

「何から何まで女になっちゃいそう」


 人間はこんなに不安定な生き物だったのか。


 俺は男としてしか生きれないのに、入れ物が変わっただけで男として認められなくなる。誰も彼もがお前は女なのだという。それが害意を伴ったものであれ、善意の物であれ――。「女の子なんだから」美穂子の声が耳の奥でした。


 仲が良くて、結構相談も受けていた良太の彼女まで俺をライバル視しだすし。

 こんな状態を諸行無常っていうんだろうなぁ。


 でも、あっさり諦めきれるほど、俺は人生を悟ってはいなかった。

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