女になって、初めての登校
――――☆
担任の先生と一緒に教壇に立つ。
「――――というわけで、日向未来が男ではなく女としてクラスメイトになった。皆もいろいろと戸惑うだろうが、一番戸惑っているのは本人のはずだ。フォローをしてあげてくれよ」
俺の隣で先生が自分こそ戸惑っているような声でクラスに俺を紹介した。俺は両手を前にしてぺこりとお辞儀をする。
「よろしくお願いします」
頭を下げると必要以上にでかい胸が揺れた。前の体にはこんなものはついてなかったから、無茶苦茶気になる。
だいたい、このスカートって奴は頼りない事この上ないな。布面積でいったら短パンの方が少ないだろうに、ちょっと動いたらヒラヒラ捲れるし風が通るしさ。パンツ一丁で外歩いてる気分になる。
目を覚ましてから約二週間。ようやく学校へ通うのを許された。世界で始めての脳移植成功だとかで、リポーターに、記者に、カメラマンに追い回され、ちっとも息つく暇の無い二週間だった。寝たきりだった体はちょこっと動くだけで辛くて、すぐ筋肉痛になっちゃうから、朝から晩までリハビリさせられたし。
ちなみに、俺の失声症は二日で治りました。早い。自分自身のことながらメンタルヘルスの上がり下がりに愕然としてしまう。俺、なんでこうなの? もっとしっかりして俺。
それはさておき、ようやく戻る日常に、あれほど嫌だった学校が嬉しくて堪らなかった。
見舞いにきてくれた友達も、俺の部屋にたどり着く前にリポーターたちの質問攻めにあって、閉口してすぐさま逃げ帰ってしまったので、相当久しぶりに会ったような気がする。
「おー、すげぇ可愛くなったな!」
「マジありえないほど可愛くねぇ?」
男達の賛美の声が飛びまくる。確かになぁ。早苗ちゃんって桁が違う可愛い子なんだよな。お辞儀をした拍子に流れた髪が肩に引っかかる。
ストレートで肩より下まである髪は、学校を出ようとした時に母ちゃんに引き止められ、頭の両側の少しの髪だけをリボンで結んだツーサイドアップにされた。小学生みたいな髪型なんだけど、これがまた似合ってる。
正直長い髪なんて邪魔くさいから切りたいんだけど……。
できるだけ、「上田早苗」ちゃんの生前の姿を残しておきたい。面倒でも我慢だな。体を使わせてもらってるんだからそれぐらい配慮しなきゃ。
この女子の制服も、着ているのは俺じゃなくて早苗ちゃんなので、スカートにも抵抗は少なかった。早苗ちゃんの体で男子制服を着るなんてとんでもないからな。この子に恥をかかせるわけには行かない。
冷やかしの声を四方八方から浴びつつ、懐かしの俺の席に座る。
「お帰り、未ッ来ちぁーん。すっかり女の子になっちゃったわね」
「うるせえ!」
斜め後ろの席の佐野良太がにやけて口の横に掌を立ててはやし立てる。小学校の頃からずっと同じクラスだなんて腐れ縁が続いている幼馴染だ。
隣の席の熊谷美穂子がじっと俺を見た。
ウェーブの髪をした目の大きい、クラスで一番……いや、学校で一番可愛い子だ。
美人は三日で飽きるって言葉もあるが、何日経ったって飽きない、愛くるしい魅力を持っている。
でも…………、俺の方が可愛いな。
比べてみれば、丸くクリクリした目はやや垂れ気味だし、口は大きすぎる。って何考えてんだ俺は! 勝ったって全然嬉しくないんだよ!
「うーん、お見舞いにいったときも思ったんだけど、未来随分可愛くなっちゃったね。私じゃ全然叶わないなぁ」
本人もあっさりと敗退を認めたが、クラス一の美女といわれたって、学年一といわれたって嬉しくない。
「やめてくれ、へこむから」
竜神は登校していなかった。まだ机は名前順のままなので、りから始まる竜神強志君の席は窓際の一番後ろの席だ。
やっと会えると思ったのに、その席はぽっかりと空席だった。喋れるようになったから、ちゃんとお礼を言いたかったんだけどな。
学校生活は想像していた以上に大変だった。体育で着替えるのに、女子と一緒に着替えようとすれば嫌がられるし、男子の方で着替えるわけにはいかないし。仕方なく体育館裏のひとけの無いトイレ(女性用)で着替える羽目になってしまった。
「飯食いに行こうか」
昼飯時、良太が弁当を持って立った。昼飯は、良太とその彼女、美羽ちゃんと一緒にオープンスペースで食べている。良太の誘いは当たり前のようで、俺も当たり前で弁当を持った。
「げ、お前、それで足りるの?」
良太が目をむいた。俺が抱えあげた弁当箱は、掌に治まるんじゃねえの?ってぐらいちっちゃい。これまで使ってた弁当箱の四分の一程度しかなかった。
「不思議な事に足りるんだよな……」
「脳みそは一緒でも胃袋の容量が違うってことか。ほんと、女の子になっちまったんだな」
良太は弁当と俺をしげしげと見比べて顎を摩る。
「自分のことだけど今だに実感がないけどな。風呂とかトイレとか入るたびに驚くし」
「未来ちゃんのエッチ! 女の子の裸を毎日見てるなんて」
「お前に俺の苦労が判るか? 無駄に胸がでかいから肩こりがするし、髪を洗った後トリートメントまでしないと女の子の繊細な髪はすぐに痛むとかいって、母ちゃんに無理やりやらされてるし、風呂上りの肌の手入れまで――」
「お前の苦労はわかったから落ち着け」
「りょーた」
窓からひょっこりと良太の彼女の美羽ちゃんが顔を出した。
飛びぬけて可愛いってわけじゃないけど、中学生の頃からずっと良太と付き合ってるラブラブカップルだ。
「それ、未来?」
「それって酷くね?」
「ごめん。だって、良太から聞いてたより可愛いんだもん」
美羽ちゃんの目つきが、敵でも見るかのように尖っていく。
よいしょ、とか言いながら、窓から教室に入ってくると、俺と良太の間に割り込んだ。
「良太に近付き過ぎ」
「はぁ?」
「ごめん、一人でお弁当食べて。ほら行くよ、良太」
美羽ちゃんが良太の腕を引いた。片手を挙げて「悪ぃな」とかいいつつも、良太は素直に引きずられていってしまう。
「嘘だろ」
ひょっとして俺、美羽ちゃんにヤキモチ焼かれた?
そりゃないよ。俺が良太に何するっていうんだよ。誘惑するとでもいいたいのか?
良太の薄情者! 死の縁から戻ってきた親友を、彼女に嫌がられたからってあっさり置いていくんじゃねえよ。喚こうとすれども、二人はとっくに消えていた。
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