納豆ゴーヤオクラジュース

「お前……ひょっとして、声が出ねえのか?」


 驚きのあまり口をパクパクとさせる俺に、竜神が眉間に皺を寄せた。

 こくこく、と頷く。


「馬鹿か! 声も出せねえのに一人でうろちょろすんな! オレが通りがかるのが後一分遅かったらどうするつもりだったんだ! 助けも呼べなかっただろうが!」


 う。

 ド正論で怒られて息を呑んでしまった。


 しょんぼりと項垂れてしまう。

 でもやっぱり、こいつ、噂と全然違う。だって純粋に心配してくれてる。女に無理やり援助交際させるような人間じゃない。


「……。怒鳴って悪かった。とにかく親に連絡しろ。オレが話すからさ」

 差し出されたスマホを受け取って――――しばしの硬直。


「まさか……携帯番号覚えてねえのか……」


 竜神の言葉にギクリと体が強張った。覚えてますよ! でも自宅の番号だけどな! でもでも今母ちゃんは病院にいるはずでして、はい。兄ちゃんも病院にいるはずでして、はい。

 兄ちゃんも母ちゃんも10年単位で携帯番号変えてないから090で始まることは間違いないんだけど、その先、なんだっけ。


 だらだらと冷や汗を流す俺から竜神がスマホを奪い取った。


「もういい。警察に連絡する」

 それはやめて!!


 病院脱走した挙句警察の厄介になったら母ちゃんにぶっ殺されちゃうよ!!


 必死に腕にしがみついて口をパクパクしながらお願いすると、殺人鬼を狩る殺人鬼みたいな物騒な顔が歪んだ。


 怒ってる!? ――ち、ちがう、な、困ってる……のかな……?


「じゃあ……、お前が入院してた病院はどこだ?」


 続いて差し出されたのは検索画面だった。

 これならさすがに判る!


『桜花大病院』


「あぁ、あのでっかい病院か。ほら」

 竜神が俺の前にしゃがみ込む。


「背負ってやるから乗れ」

「…………」

 ちょっと戸惑ったけど、ありがたく乗っからせて貰った。


 うわ、背中ひろ!

 竜神の首に腕を回し、なんとか声を振り絞る。


「ぁ…り…、……ぅ」

 ありがとう。


「無理しなくていいよ」


 ……声が優しい。

 やっぱこいつ、噂で聞くのと全然違う。よかった、竜神が通りかかってくれて本当によかった。

 安堵に今更ながらに体が震える。

 竜神の背中に頬を押し付けて震えを止めようと体に力を入れるけど全然ダメだった。

 怖かった。


「……これやるよ」

 俺を片手で支えつつ、竜神がポケットから取り出したジュースを差し出してくる。

 納豆ゴーヤオクラジュース。

 なんだこれ。こんなのが好きなの?

 震えるぐらい怖かったはずなのに、一気に緊張がゆるんで笑ってしまった。

 笑った気配を感じたらしい竜神が拗ねたみたいに言う。


「スポドリ買ったらそれが出てきたんだよ」

 今度こそ本気で爆笑してしまった。スポドリ買って納豆ゴーヤジュースだなんてどれだけ運が悪いんだよ!


「未来……!!!」


 あ! 母ちゃんだ!

 母ちゃんは俺の病室に泊まり込みしてる。着替える暇も惜しかったのか、パジャマのままだった。


「こおのバカ娘が――勝手に病院を抜け出して――!!!」

 母ちゃんが掌を振り上げる。何十回も食らった必殺技の強烈ビンタだ。

「!!」

 思わず身構えるんだけど。


「待ってください!」


 咄嗟に体の向きを変えた竜神が母ちゃんのビンタから俺を守った。代わりに引き締まった竜神の頬にバチーンといい一撃が入ってしまう。

 ひいい、母ちゃん、何してんだ!!


 竜神がいくら善人だったからっていっても、殴られて怒らないはずない。

 さっき男に繰り出したみたいな蹴りが母ちゃんに炸裂したらどうしよう……!!!

 ざあっと全身から血が引くけど、竜神は緊迫感なく「いててて」と言っただけだった。


「あああ、ごめんなさいね、大丈夫だった?」

 慌てて謝るかーちゃん。


「オレは平気です、その、お嬢さんも後悔してますので、暴力はやめてあげてください」

「あら。この子は体に叩きこむぐらいで丁度いいのよ」

「こんなに華奢だと壊れそうで見てる方が怖いんで……」


 怖い? 俺が暴力振るわれるのを見るのが怖いの? やっぱりこいつ噂と全然違う。普通の男子高校生よりずっと善人だ。


 竜神は病院までの道中、ずっと俺を背負って歩いてくれた。

 口の利けない俺の代わりに、母ちゃんに男に絡まれたことなどを説明してくれる。


 俺が話せないことを母ちゃんは最初驚いてたけど「あんたはほんと弱いわねえ」の一言で流してしまった。もっと心配して! かーちゃん!!


 竜神の背中で口パクで母ちゃんと喧嘩しながら、病院に到着する。

 薄暗いリノリウムの床に立つ。


 助けてくれてありがとう。

 口パクで竜神にお礼を言う。

 伝わったのか、竜神は優しく笑って頷いた。


「本当にありがとうね強志君。あんたが通りがかってくれて良かったわ」

 母ちゃんが深々と竜神に頭を下げた。

「いいえ、当たり前のことをしただけですんで。……じゃあな。二度と夜に一人で出歩くなよ。お母さんに心配かけんな」


 前半は母ちゃんに、後半は俺に告げられた言葉だ。うん。こくんと頷く。


「今は気にならないかもしれないけど……お前の腕、痣になるぞ。ちゃんと冷やせよ」

 また、こくんと頷いた。


「失礼します」

 ぺこりと母ちゃんに頭を下げ、竜神は病院から出て行った。


 人の噂って……人の噂って………………あてにならないんだな………………。

 見た目で悪人だと誤解して悪かったよ竜神君……。

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